18話 食らう者

「ちっ、強えじゃねえか。何なんだあの爺さんは本当に」


 ミガテは離れた位置から自分の死体を見ながらそう呟いた。

 まだ自分の死体のそばにはアヌーラがいる。できれば死体を回収したいのだがアヌーラは自分を倒したと思い込んでいる。今姿を現すわけにはいかない。


「残るは3回か。本当に使い勝手の悪い能力だぜ」


 ミガテは自分の能力が不便でどうしようもなく使いこなすのに苦労するものだと思っていた。


「生き返るっつっても強くならねえんじゃ大したことねえな」


 生き返る。それが今ミガテが能力を使って行ったことだ。

 生き返ると言っても、ただの蘇生ではない。死体は死体として残り、新たな肉体が形成される。死ぬと別の場所に新たな肉体で生き返り、相手はその姿を見失う。死体が残っているため相手は殺したと思い込み油断し、そこを強襲する。一度につくれる死体の数は9体、つまりは9回生き返ることができ、それ以上は死体を回収することによってストックが戻っていくというわけだ。死体がもし欠けてでもしたらつくれる死体の数は減っていく。勝つためでなく生きるための能力。まさにこの動物園での生き残りゲームに相応しい能力でるとも言えた。


 これがミガテの能力により奪い取った能力の概要である。

 いついかなる時もハイエナは他人の物を横取りする。獲物であっても、縄張りであっても、能力であってもだ。

 ミガテの能力発動条件はただ1つ。対象となる動物を全て喰らうこと。たった1つであるが、それを満たすことは難しい。それも今使った能力はなおさらであった。


 そもそもでミガテとフェルが争うきっかけとなったのはミガテが死体を食べていたからであるが、それが今使った生き返るの能力の本当の持ち主であるネコをミガテが食していたのを見られたことから始まった。

 全てを食べることでミガテの能力は完成する。例えば体の半分を食べれば能力は不完全に半分しか能力を発揮せず、腕や足など一部だけ食べ残してしまえば少し欠けた能力となって発動する。

 そして能力ゆえに、死体が9つつくれるネコの能力であるが、ネコの死体は最終的に10となり、その全てを食べなければネコの能力は完全には奪えたことにはならない。死体を全て食べなければいけないがゆえに死体を増やされると手間も増えてしまうのがミガテの能力の不便たるゆえでもある。

 

 フェルの邪魔により食べられたネコの死体は4つ。死体は4つ作れるのであるが、今1つ作ってしまったため最高でも後3回しか作れない。


「……まだまだ食らった死体はあるが、どれも使えるようなものは少ねえな。こんな序盤で死んでいるようなやつらの能力だしな。それで言うと、ネコはそこそこの部類に入るんだろうが」


 肉食動物であれば殺した動物の死体は食べることが多いが、草食動物であればその限りではない。死体置き場に積まれた死体を食べ続けることでミガテは強化されていく。

 食べきれなければ十全に発揮されないが、他の動物を喰らい続けることで様々な能力を得ていく。決して自分では倒さず、他の動物が殺した動物を喰らっていくその能力はハイエナに相応しいものであった。


 死体を回収しなければ不完全なネコの能力はさらに不完全さを増してしまう。

 そう、落ちていた死体を食べながらミガテは思った。


「んー。何で焼け焦げてたのかは知らんが、この死体は実に美味え! ウェルダンに焼いた死体は香ばしいものだ。……そして、この死体の能力、実に使えそうだ」


 落ちていた死体を文字通り骨までぺろりと平らげたミガテは立ち上がる。

 今、新たに得た能力を使えばあの邪魔な老人を倒せるのではないかと確信しながら。


「『鬣犬ハイエナ’ズハート』」





 アヌーラは未だミガテの死体のそばに立ち尽くしていた。

 理由はただ1つ。フェルが気絶から目覚めないためだ。


「こやつには余り死んでほしくないからのう。死を軽んじないその気概は儂にも敬意を抱かせた。なればこそ気絶させた張本人である儂がしばし見守るのが道理」


 あくまで平和的にアヌーラは物事を考える。

 その思考が暴力的に変化するのは悪事を見逃さないためだ。


「しかし、こやつ打たれ弱いのう。打撃力もそこまでなかったし、強くはないんじゃな。まあその強さでその思考で生き続けるのであればそれこそこやつの強みになるのじゃろう」


 アヌーラはフェルからミガテの死体へと視線を移す。


「……悪意のあったやつではあったが、死んでしまうとはな。恐らく限りない悪意の持ち主であったのであろうが、能力も見せずに死んでしまったか。今となってはどれほど恐ろしいものであったのか知りようもないが、それで良いのじゃな。犠牲を最小限に抑えることこそ平和。儂の拳骨は悪意であれば確実に殺す、平和のために」


 ミガテの悪意がどれだけであったのか。アヌーラの能力による拳骨のダメージは悪意がなければ気絶程度。子悪党であれば死こそ免れるが再起不能状態。

 そして、死ぬほどのダメージになるのであれば……


「ヒャハ、油断したときこそ俺の勝機! そのまま朽ち果ててろやジジイが!」


 バッとアヌーラの視界が闇に包まれた。

 停電ではない。ここは屋外。光はもとよりある。

 日が落ちたわけではない。突然暗闇に落ちるほどの場所ではないし、そもそもで今は日中である。

 視界が暗い。つまりこれは何らかの能力により視界を奪われたと考えた方が良い。そうアヌーラは即座に判断した。


 アヌーラが視界を塞がれたのはミガテがバッターというコウモリの死体を食べ、その能力を得たせいである。

 自分と相手の両方の視界を塞ぐというバッターにしか使いこなせないような能力であるが、別にミガテは使いこなす気などなかった。


「視界が闇に包まれようと、位置を覚えておきゃあ問題ねえのさ。何てったって、死体は動かねえからな」


 視覚が欠如したことにより立ち尽くしているアヌーラを通り過ぎ、ミガテは己の死体に触れようとした……瞬間、


「阿呆が、ゾウの聴力を舐めるでないわ! 『エレファント’ズハート』」


 視覚を塞がれてなお、アヌーラはミガテの脳天へと正確に拳骨を振り下ろした。

 悪意がそのままダメージと比例し、拳骨の威力は上がっていく。ミガテの頭部は再び粉砕され、2つ目の死体を残した。

 ミガテが死んだことにより能力は解除され、視界が戻っていく。


「儂らゾウは足の裏から地面の振動を感じとる。そう走ってこられたら嫌でも位置が分かるわい」


 アヌーラは今殺した死体を見る。

 頭部はなくなってしまったため、誰かは判別できないが、この場にあるもう一つの死体と酷似している。

 おまけに持っている武器は鎌。


「ふむ……これはどういうことじゃろうな」


 視界を塞ぐ能力と死体を増やす?能力。少なくとも敵は二つの能力を持っている。


「しばらくここを動かんほうが良いじゃろ。こやつが目を覚ましたところで勝てる見込みもなさそうじゃしの」


 敵の目的が分からない。恐らくは殺しに来ているのだろうが、自分がここを去ってついてきてくれるのであれば僥倖だが、フェルを狙ってしまえば意味がない。


「決めたぞ。儂はこやつを守ることにした。執拗に殺しにくるということは相当な悪。それは平和にはとてもじゃないがいらない存在。儂はこの敵を滅するとしよう」


 そう、アヌーラは頭部の粉砕された死体を見つめながら決意した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る