15話 闘争のない逃走
モイラヘビであるスナックは逃げ回るしかないなと決意した。
ヘビとして持つ能力として大きくあげるとすればピット器官、それと毒であろう。熱を探知し、敵の居場所を探ることができる。
しかし、それでは闘えない。攻撃にも防御にも使えない。攻撃をするタイミングは図れるだろう。相手の接近を知ることもできるだろう。だが、あくまでも戦闘のサポートであって直接的に関わるものではない。敵と相対したときにはもう使うことはない。
スナックとてヘビだ。当然毒を持っている。相手に噛み付けば牙から毒を注入させられる。しかし、その毒性は弱く死なせることはできない。せいぜいが数分、動けなくさせられる程度であろう。
敵感知能力、それに弱毒。これらで闘うことができるかと問われれば、当然無理だとスナックは答える。
加えてスナックの人としての身体は決して筋肉質なそれではない。手足は細くしなやかではあるが、それは力に影響するものではない。
目つきが悪いことは威圧的な意味では良いことではあるが、戦闘時にどれほどの助けになってくれるだろうか。
攻撃が駄目なら防御や速度はどうだろうか。攻撃防御速度、何かしらに優れているから様々な動物は生存競争という生命誕生からの長い闘いを生き抜いてこれた。まだ、何かしらの生きる術、闘う技能を持っていれば生き残る確率は上がる。
そして、それでいうならスナックは打撃系での攻撃でなら多少は耐えられ、速度はそこそこというものであった。
しなやかな身体は打撃を吸収し身体全体でダメージを分散し弱める。爪や牙でのダメージは免れないが、それでも他の動物に比べればこのメリットは大きい。だが、決してダメージの全てを消せるわけではなく、大きすぎるダメージはやはり致命傷となってスナックの命を奪いに来る。
速度に関しては速さというよりは素早さであり、細い身体を生かした逃走はそれなりのものだろう。細い隙間や小さい穴に潜り込むことはお手の物。這いつくばって移動することで視線からの死角になり逃げることも可能である。
攻撃性はなく、防御と速度に秀でたスナックにできることはやはり逃走しかなく、闘争はできないのであった。
彼は1人では闘えない。強いていうのであれば他の動物--それこそ闘うためだけの能力を持つ者と組めばスナックの能力は最大限に活きるのであるが、今そのような者と出会っても殺されるだけだ。
だからこそ、彼が今置かれている状況はどうしようもなかった。四方を4匹の動物達に囲まれている状況は死を覚悟するほかなかった。
スナックは一カ所にいることは死を意味すると思っていた。檻の中にいるのはよほどの馬鹿か、よほど強い者しかいない。
彼は己の弱さを知っているからこそ、檻の中から出て、敵がいなくても逃げ続けた。
逃げ続けた先に知らず知らずのうちに敵に囲まれていた。
「……は?」
地面に這いつくばり、匍匐運動をするかのように移動していたスナックは前方に熱を感知したため止まっていた。このまま進めば何かしらの生き物とかち合うところだったと胸を撫で下ろして右へ曲がろうとした。
曲がろうとしたところでその先にも熱を感知した。
1ヶ月あるうちのまだ初日。動物達はかなりの数いるだろうとは思っていた。そのため、こんなこともあるのだろうと、今日は運が悪かったなと思い、ならば逆の方へと向いたところで、またも熱の反応が。
なんだこんなにいるんだと思い、スナックは今いる場所を思い出した。
「まずい、ここは……」
動物の檻が最も多い密集地帯にスナックはいつの間にかいた。しかもよりによってここは肉食動物の檻しか見当たらない。
ほとんどの能力が殺すための能力である。今日、園内を見ているだけでも肉食動物達の能力の特徴は分かっていた。
スナックはいもしない敵から逃げているうちに敵の懐へと潜り込んでしまっていた。
「引き返すしか……無理、か」
後ろを見るとすでに別の熱源がある。今最も安全な場所はスナックのいる中央だろう。しかし、ここに何時までもいるわけにはいかない。
もし、4匹でなくとも2匹、3匹がここにやってきてでもしたら真っ先にスナックは殺されてしまうだろうから。
「腹をくくるしかない、か」
スナックは覚悟を決めるしかなかった。
死ぬ覚悟ではない。生きるための――逃げ切る覚悟だ。
スナックは熱だけではなく、その熱の形から相手の大きさや姿、姿勢を見ることができる。
正面の敵は油断なく辺りをキョロキョロと見回している。大きさはスナックと同じくらいだが、横幅は倍ほど。
「こいつは駄目だな」
油断のない相手に奇襲をかけるのは難しい。そのため正面の敵は却下だ
次に右を見てみる。
そこでは寝そべった姿があった。だが、その大きさはスナックを優に超えている。
「寝ているのは理想的なのだが……大きいな」
大きければ必ずしも強いわけではないが、その可能性があるだけでも避けたい。
そして左を向く。
そこにいたのはスナックから見ても線の細い姿。ともすれば自分でも倒せるのではないかとすら思えてしまう。
「一応、候補に入れておこう」
まだ後ろの敵がいる。
戻るという選択肢もスナックには取れるのである。
最後の敵は特に大きいわけでも細いわけでもなかった。横幅もそこまででもない。だが、腕を組んでいるらしいその威風堂々たる姿は畏敬の念さえ覚えさせられた。
なぜ、熱という輪郭からそれを覚えさせられたのか、スナックには分からなかった。
「恐らくこいつは……強い」
さて、とスナックは考える。
4人の敵の情報は取れるだけ取れた。推測できるだけ推測した。
ここから導き出される答えは……
「決めた。あいつしかいない」
そう言い残しスナックは音もなく駆け出し……否、這いずり始めた。
「よし、このタイミングだ」
限界まで近づき、相手が横を向いた瞬間、その逆の方をスナックは通り抜けた。
「!?」
スナックの突然の登場に相手が驚いている隙に、スナックはそのまま相手の背後へと回り込む。
「……ほお?」
敵は――スナックの背後にいた敵は少し大柄の男であった。声は低く威圧的で、驚きながらも感心するような声の持ち主はこの状況でもスナックへと振り向くことはない。
「悪いがな、闘わせる気はない。時間もないしな」
「この、ライオンたる俺を闘わせずに勝つと? そう言いたいと言うのか?
そいつは楽しみなものだ」
スナックはこのまま逃げるつもりでいた。敵が闘う気であればそこにはスナックの死が待ち受ける。
だから、敵に闘わせるまでもなく、この闘いを始めさせるわけでもなく、一方的なたった一回のスナックによる攻撃で終わらせるつもりであった。
「よりにもよってライオンか。だが、俺はお前のようなやつだと分かっているからこそ、こうして俺の攻撃を黙って受けてくれそうだからこそお前を選んだんだ。この俺の能力ならどんな相手にも俺の力は通用する」
「ほう? ではやってみせよ。最恐たる俺はお前の言うとおりここでこうして立っていよう。ただし、一度までだ。お前が攻撃したら次は俺が攻撃する。順は守ってもらうぞ?」
スナックの方へと首だけをライオンは回すと睨み付けるような笑顔を見せる。
「悪いがお前の順などない。……『
スナックはわずが一センチほどの牙を見せるとライオンの首筋に突き刺した。
「む? おお、そうか! お前は毒を使うのか! 最恐たる俺の身体に毒は効かぬ。それを証明してみせよ!」
毒を注入し終えたスナックはライオンから牙を引き抜くとそのまま離れた。
「さあ、どれだけ凶悪な毒なのだ? 致命的な毒でも最恐たる俺の身体はたちまちに治してみせよう」
「……そこまで強いものではない。せいぜいが数分、動けなくなる程度の毒だ」
それを聞くとライオンはつまらなさそうな顔をした。
「なんだ。その程度か。その程度であれば最恐たる俺には効かぬ。数分どころか数秒もせずに……?」
スナックが支えていたかのように、スナックが離れた途端にライオンは地に倒れた。
「これが俺の能力だ。数分程度しか動きを止められない毒。だがな、逆にこう考えてみろ。俺の毒は能力によって数分程度なら絶対に動きを止められる毒となった。どんなに毒に耐性があろうとも、どんな解毒薬を使おうともお前は数分程度は動けない」
スナックがそう言い切ると、ライオンは高らかに笑い出す。
「よくやった、と褒めておいてやろう。それで、どうするのだ? 最恐たる俺の身体はお前の攻撃程度では傷つかないぞ。数分が過ぎ、再び俺が起き上がったとき、そのときは同じ数だけお前に攻撃を返そうではないか」
地に伏したライオンはそれでも威丈高に叫ぶ。
その声を聞きながらスナックはくるりとライオンに背を向けた。
「待て、お前どこへ行く!?」
まさか自分をここまで追い詰めた相手が立ち去るなど考えてもいなかったのだろう。
ライオンは焦ったような声を出す。
「お前も自分で言っていただろう。俺の攻撃はお前には通じない。だから俺はこのまま逃げさせてもらう。もとより闘う気はなかったからな」
「逃げる……だ、と?」
「ああ、逃げるんだよ」
スナックはそう言い残して逃げ出した。
恐かったから。怖かったから。
「逃げるしかないんだよ。俺とお前のやり取りでやつらが来ちまってるんだからな」
スナックが逃げ出した直後、ライオンの下へは3匹の肉食動物がやって来ていた。
1匹は油断も隙もなさそうな者が。
1匹はとてつもなく大きな者が。
1匹はやせ細った者が。
「そいつらの相手は頼むぜ、最恐のライオンさんよ」
「かっかっか! 中々面白いやつであったな! まさか最恐たる俺から逃げ切るとは……まあ、狩りは俺の領分ではない。それはあいつの仕事だ」
ライオンは倒れる自分の周りに群がる3匹を見回す。
どれも強敵。どれも生半可な相手ではない。
「ここで俺が死ぬとあいつが追いつかれるかもしれんな。仕方ない、最恐たる俺の能力を以てしてここは食い止めておいてやろう。『
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