14話 考えるな 後編

 角が縦横無尽に伸びる。いくつもに枝分かれした鋭利な先端が阻むもの全てを刺し貫き進んでいく。どれだけ太い巨木であろうとも幹は穴だらけになり倒れ、葉は散り散りに千切れ、立っているものを破壊していく。

 この場に唯一立っているものは角の持ち主であるバゼール。彼の禿頭から生える二本の角はそれぞれがそれぞれで動き、走り回る。

 死角となるもの全てが倒され、やがて彼の視界には穴だらけになり倒れた残骸のような木々、そしていくつかの死体であった。


「……いったい何匹の動物を殺し、キープしていたのだ。モモンガ以外にもまだ数匹俺の角で刺し貫いたようだが、肝心のトラは……」


 しかし周りに転がっているのはどれも小柄な死体ばかり。あの見上げるような大男はどこにもいなかった。

 角によって原形がなくなるまで四方から貫かれぐちゃぐちゃになったものもあるが、存在感だけでバゼールを優に圧倒したあの怪物のような男はきっと死してなおこのような有象無象と区別ない死体にはならないだろう。


「誰を探してる?」


 バゼールが辺りを見まわしトラを探していると頭上から声がかけられた。

 慌ててバゼールが頭上に向け角を伸ばすがすでにそこには何の気配もなくなっていた。

 頭上を見るとそこには一本の蔦がぶら下がっていた。


「あの巨体でなんて身のこなしだ……」


 トラよりも小柄なバゼールでさえ蔦に体重をかけて自分の身体を完全に地面から浮かせるのは至難の業であろう。少しでもバランスを崩せば蔦は千切れ地面へと落下するに違いない。

 蔦から蔦へと伝って地面へとフワリと着地したトラはこちらを見ると歯を見せ笑う。


「少し齧ったがその角も中々だ。さて、お前の名を俺は知らないし、俺の名をお前は知らぬのだろ? 俺は朱抹。お前の名は何と言うんだ?」


「……バゼール」


「そうかバゼール。お前の能力は見事なものだ。俺の闘ってきた相手の中じゃあ一番強いかもな。角を生やす能力か。俺もそんな目立つ能力欲しかったぜ」


 嘘を言うな。そうバゼールは思った。

 あの角の乱舞を躱しきったのはおそらく能力を使ったからであろう。それならばその能力は自分の能力を破りうる可能性がある。

 朱抹の能力が自分の能力よりも強いものであれば欲しがることはあり得ない。


「俺の能力はすでに見せた。お前の能力は硬化かそこらだろう。俺の角で貫けないのは見事なものだが、それもいつまで持つか。俺の角は何時まででも伸び続けられる。お前の限界が来るまで貫きまくってやるよ!」


 バゼールはせめてもの虚勢を張る。バゼールの角も伸ばせる限界はある。

 およそ13㎞。それが一日に伸ばせるバゼールの角の長さの限界だ。


「硬化、ねえ。いやいや、俺の能力は違えよ? 俺がお前の角を受け止めたと思ったらそちゃ多大なる勘違いだ。いくら無敵の俺でもお前のその角じゃ俺の身体に穴は開いちまうし、運が悪ければ死んじまうかもしれない。俺のやったことはほれ、こうだ」


 朱抹は一度しゃがむとそこから跳躍してみせた。

 天井すれすれまで飛ぶとそこにあった一本の蔦に捕まりぶら下がる。

 しばらくそこでぶら下がっていたが、飽きたのか手を離し落下する。


「ネコ科の跳躍力と高所からの着地術を舐めるなよ。少しばかり能力で底上げしたが着地は元々の俺に備わった身体能力だけの技術だ」


 そうして朱抹は自分の足を指さす。


「俺の能力、『タイガー’ズハート』は溜めておいた力の解放。食えば食うだけ、休めば休むだけ俺の中には力が温存されていく。それは何時までも消えねえし、際限なく溜められる。今のはほんの1分ほど寝ころだときに溜めた力だ」


 それなら一体どれだけの力を溜めているのか。それがこの闘いの鍵を握るだろう。

 


「いやあ、俺のは溜めておいた力が尽きれば素の身体能力だけで闘わなくちゃいけないんだが……お前のは無限に伸ばせるんだろ? 羨ましいこった」


 それは本心から言っているのか分からない言葉であった。

 こちらの角の長さに限界があることを知っているのか、それとも純粋にバゼールの能力を羨ましがっているのか……どちらにせよ朱抹は負けるなど思っていないのだろう。


「じゃあ力を使い果たして死んでくれよ!」


 バゼールは角を伸ばす。

 朱抹がいる場所を包囲するかのように上下左右から覆うようにして枝分かれしたいくつもの角が朱抹目掛け伸びていく。





「あいつと同じことはやりたくなかったが……仕方ない。思考を完全に捨てよう。理性も品格も知性も何もかも考えることはやめよう。そんなものは――」


 バゼールの目から赤い液体が落ちる。

 それは誰の目にも分かる明らかな無茶をしている証。


「闘いにはいらない!!」


 バゼールの血涙に反応するかのように角が赤く染まる。それは周りにあった死体の血ではなく、バゼールから供給された血であった。


「うおっと!?」


 角がいくつもに分かれそれがさらに分かれ鼠算式に増えていく。

 それらは伸び、増え、伸び、増えを繰り返し朱抹の棲み処ともいえる密林を汚していく。


「だが、まあこんなの避けりゃあいいんだがな。お前、さっきもそうだがこれ全てを操り切れてなかったろ?」


 朱抹の言う通り、バゼールの操れる角の限界数は2本だ。元から生えている角の数であり、枝分かれした角の先は伸びるのに任せたままであった。


「どうせ2本しか来ないのが分かっているならこのまま突っ込むだけさ!」


 朱抹がバゼール目掛け走る。線上に現れた角は全てため込んだ力の一部を使って強化した爪で薙ぎ払っていく。まるでそこらの枝葉を掻き分けるかのように悠々と角をへし折っていくその姿はバゼールにとって悪魔そのものであっただろう――彼に意識があったらの話だが。


「……さてはお前。能力に吞まれたな」


 時折だが能力が強大すぎるがゆえに理性を飛ばさなければ扱いきれないものがあると言う。バゼールの能力もそれに漏れず、彼の伸びる角の真骨頂はこれからであった。


「ちぃっ」


 朱抹を襲ってきたのは2本どころではなく、枝分かれし伸びた角全てであった。

 まるで朱抹の居場所を角自体がレーダーのように探っているかのごとく四方から襲い来る。


「動く物に反応している……わけじゃなさそうだな」


 朱抹が走りながら拾った木の枝をいくつか宙に放ってみるが角は全く反応せずに朱抹へと向かう。何とかそれらを爪でへし折るが、ジリ貧であることに間違いない。


「という事は生き物に反応でもしてんのかね。そこらの死体も無視してるようだし。あーあ、めんどくせ。ああいうゾンビみたいなの俺の趣味じゃないだが、まあいいか」


 朱抹はへし折った角全てを口の中に放り込んだ。


「全て食べるだけだしな」


 休んだ分だけ力を溜める。

 食べた分だけ力を溜める。

 それが『タイガー’ズハート』の能力である。

 闘いの中でも食事をすることで力を増し、溜め込んで消費した分を取り戻す。


「さあ食事の時間だ。お前の全てを食らいつくしてやるよ!」





 増殖する能力と喰らい尽くす能力。二匹の能力がぶつかり合い、拮抗する。角が伸びては爪でへし折られ、牙で嚙み砕かれ、咀嚼されていく。次から次へと伸ばされていく角を次から次へと口の中へと放り込んで己への力と変えているが、角は止まらないため朱抹は攻勢に出ることができない。だが、バゼールの角も朱抹に対して傷を負わせることはない。喰らうことで得た力により角を躱し折ることは容易であるからだ。

 角が伸び続ける限りバゼールに意思は宿らず、まるで角に意思が移ったかのように角は四方から分かれて、朱抹へ刺し貫こうと伸びる。それらを喰らい続ける朱抹。

 一見、拮抗している状況であったが、限界は突如訪れた。

 ピタリ、と片方の動きが止まる。


「……なんだ、もう終わりか」


 バゼールの頭部から伸びる角。それは永遠に続くものでなく、一日に13㎞までという制約がある。それは通常であれば多すぎるような長さであるが、いくら伸ばしても喰らわれるという相手を想定してはいなかった。

 彼の角が途切れたことは一度だけ。かつて闘ったグラスリッパーのみ。しかし、彼の能力によって生み出された分身は全て彼の角により殺されていた。お互いの力を出し尽くしての引き分けであった。

 だが、朱抹の力が途絶えることはない。バゼールの角が伸ばされ続ける限り、彼の力は減るどころか増え続ける。増殖する角をもとにして力を増殖させる。


「相手が悪かったというわけか」


 角が伸びなくなった代わりにバゼールは意識を取り戻した。彼にもはや残された力はない。角は1㎜たりとも伸びることはない。

 闘うための力は彼にはない。だがここで逃げることは無理だろう。逃げ切れるとは思えない。ならば……


「借りるぜグラスリッパー。お前の闘い方を」


 バゼールの手足が硬化していく、と同時に手足の形も変わっていく。彼の本来持つ正しい形へと。蹄を用いて闘うために。グラスリッパーほどの脚力も蹄の硬さもバゼールにはない。そして、グラスリッパーのようにバゼールは動物の姿に戻ることはできない。そのため、蹄があろうとも、闘い慣れない人間の姿で彼は蹄をもってして闘わなければならない。


「いくぞぉぉぉぉぉ」


 だが、それでもバゼールは四つん這いになり駆ける。まるで鹿の姿に戻ったかのように。


「いいぞ! 角より何倍もいい! お前の力を見せてみろ!」


 朱抹は腕を開き、爪を煌かせ迎え撃つ。

 両者の蹄と爪がぶつかり合った。先ほどの能力と能力のぶつかり合いではない。正真正銘の肉体のぶつかり合いであった。





「ごちそうさん、っと」


 カラン、と骨だけになったバゼールの腕であったものを朱抹は投げ捨てる。朱抹にとってもはやバゼールは闘う相手ではなく、己の血肉となる食事そのもの。いうなれば食事相手であった。


「角はそんなに栄養なかったが、本体は力のつくやつじゃねえか。これであいつとの闘いに臨めるな」


 朱抹はいつか闘うことになるであろう強敵を思い浮かべる。

 バゼールにとってグラスリッパーがライバルであったように朱抹にもライバルと呼べる相手はいる。そう、朱抹にとってバゼールは敵であっても強敵ではなかった。


「今回は温存できたしな。またこのくらい楽ならいいんだけどよ」


 そう言うと朱抹は食事を再開する。倒された木々を眺めながら、これで奇襲してくるめんどいやつも減るだろうと思いながら。


 こうして馬鹿こと馬のグラスリッパー、鹿のバゼール両名は闘いによって命を落とした。馬鹿のように相手の力量が分からず闘いを挑んだ結果として。そして両名の共通点は己の種族を誇りに持っていたこと、力に慢心していたこと以外にもまだあった。最後には相手に捕食されたこと。無謀にも肉食動物へと挑んだ結果がこれであった。あの世で己の愚かさ、馬鹿さ加減に悔やんでいるであろう。

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