11話 馬鹿

 馬と鹿は己の種族に誇りを持っていた。

 

 馬力と言われるほどの力を持ち、さらには戦にも重宝されるほど人間に有用されてきた馬。大型では1トンを超えるほどの体重から繰り出される蹴りは人間を絶命させるには十分であろう。時速は最大で70㎞に迫り、知能も高い。


「俺の体重と速度が合わさればすべて吹き飛ばせるぜ!」


 牛などのツノ科の動物と違い彼ら鹿の角は生え変わる。その角は生き物の肉を貫くには十分すぎる硬度を持つ。体重は1トン弱ほどのものもあるが、山で暮らす彼らはそれに加え身軽な動きも可能である。


「俺の角に貫かれて生きている動物なんているわけがねえ!」


 種族的にも優秀であろう彼らには一つ、我慢できないことがあった。

 それが「馬鹿」である。なぜ我らのような優秀な生き物を示す言葉が貶すような意味を持つのだ。例えその言葉の由来がどのようなものであっても我らには我慢できない。



「今こそ俺の優秀さを示すときだ」


「俺が他の動物を殺しまくればその動物よりは優秀ってことだな」


 一か月を生き残るよりも己の優秀さを示すために彼らはこの闘いに参戦した。





「俺はお前のことが気に食わねえ。一か月後、必ず決着をつけるからな!」


「元より貴様を倒すのは俺と決めていた。貴様は俺が殺してやるよ」


 「馬鹿」という言葉の片割れ、その動物がいるから自分たちは「馬鹿」の片割れになったに違いない。彼らはそう思うようになっていた。だが、実力はほぼ拮抗している。今戦うのは得策ではない。いずれ、この闘いが終わってからでも良いだろう。どの道、自分と同程度の強さならば易々と遅れをとるはずはないのだから。


「俺はあっちの道をいく」


「じゃあ俺はこっちだな」


 互いに嫌い合い、実力を知っているからその強さだけは信用している。

 互いに強いことだけは知っているから今日も生きて会えることを確信している。


 彼らは今日も他の動物を殺しに向かう。少なくとも殺した動物よりは優秀であることは明白であるから。





「今日はこいつでいいか」


 馬のグラスリッパーは生まれて最高のコンディションを感じていた。

 それに伴い己の能力も使いこなせると確信していた。

 グラスリッパーの能力はおよそ使いこなすには強大すぎるもの。ここ数日は能力に振り回されて、なおも強大すぎるがゆえに勝利してきた。

 だが今日は違う。今なら使いこなした上で勝利できるに違いないと。


「……鈍間で愚鈍な生き物。生きていて恥ずかしくないのか?」


 グラスリッパーの目の前にいるのは一人の寝ころんだ男。

 敵であるグラスリッパーが目の前に現れてもなおその態勢は崩さない。

 無精ひげは伸ばしっぱなし、髪もボサボサ。服は薄汚れているところからかなり怠惰な者であると推測できる。


「よお。アンタは馬とか言ったか?まあゆっくりしてけや」


 対するは地上で最も動かない動物、ナマケモノである。

 彼の名をスロール。未だこの檻からは出たことがない、闘ったこともない、能力すら使ったことがないという怠けっぷり。


「……イライラすんだよ。お前みたいなやつを見てるとよ!」


 グラスリッパーにとって生きることは働くことであった。

 動物園に住む者ならば人間に姿を見せろ。人間に生きる姿を見せよ。人間にその生態系を示せ。生きる意味を示せ。

 「馬車馬のように働く」。グラスリッパーはこの言葉が好きであった。馬という生き物が働き者であることを示す最高の誉め言葉ではないか。


「何で生きるために働かなければならないんだ。俺たち生き物は生きているから生きているんだろう?」


 ナマケモノは何もしない。木の枝に棲み、地上には降りてこない。一日に全くといってもいいほど餌を食べず、動かないために、猛禽類に捕食される。

 捕食をせずに捕食をされる。それを良しとしているのかは分からないが、彼らは抗うことをしなかった。それが自然界の掟だとでも言うかのように。


「働け」


 グラスリッパーはそれを生きることを諦めているように見えた。

 なぜ諦めたくせに生きているんだ?働かないくせに、生きることを諦めているくせに、死を受け入れているくせになんで死なないんだ?

 まだ生きているならなぜ働かない?


「働け」


 馬車馬のように働け。


「働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け働け!『ホース’ズハート』!」


 グラスリッパーを中心として空間が新たに生成される。それはグラスリッパー、スロールを飲み込むとまた縮まっていく。


「お?」


 スロールは動じていない。まるで自分がどうなってもいいと思っているかのごとく。

 それを見てさらにグラスリッパーは苛立つ。


「その態度、いつまで持つかな!」


 空間が縮まった頃には……そこに二匹はいなかった。

 ただ檻にかかった「ナマケモノ」と書かれた札が揺れるのみ。







 鹿のバゼールは貫きがいのある生き物を探していた。柔らかい生き物でもいい。硬い生き物でもいい。貫いたという感触を味わいたかった。


「今頃は馬のやつもあの厄介な能力を使っているんだろうな」


 グラスリッパーの能力は本当に強く、それでいて直接的なものではない。

 自分の能力が物理的なものであるならば、あれば特殊なものだ。


「俺の能力なら何とか対応できるってところか。……さて、こいつでも貫こうか」


 バゼールの目の前には一つの檻。

 普通ならば絶対に選ばないであろう檻をバゼールは選ぶ。

 それは蛮勇か。それとも無知ゆえか。

 馬と鹿が対をなしているならば、その動物に対になるのはライオンくらいであろう。


「虎とか貫きがいがありそうだぜ」


 暗い檻の中に光る二つの赤い瞳を目指しバゼールは進む。

 その先は決して生の道ではないと知らないがゆえに。

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