9話 可愛くても最強でない 最強でも可愛くはない
およそ闘いとは程遠い場所にいるはずの動物であるパンダ。絶滅を恐れられ保護され、売買は禁止され動物園間では貸し出しという扱いで他の動物園へと運ばれる。
出産率も低く、世界中に見てもパンダの数は少ないであろう。
それがこのような場所で、殺し合いをさせられていると公に知られたら……日本中から、世界中からの非難の嵐を受けるであろう。
だが、当人のパンダは
「別に、私の可愛さは戦地であろうとも檻の中であろうとも変わらないわ。どこにいようと可愛いなら私はどこでもいいのよ」
闘いになろうとも構わない。己の可愛さが武器となり、それが必殺となるのだから。
ライオンは言わずと知れた百獣の王。
この動物園には元々雄と雌が一匹ずついた。だが、雌ライオンのリオナは早々に檻を出て、他の動物を狩り始めた。雄はリオナに任せると言ってそのまま寝始め…夜になってリオナが戻った頃には冷たくなっていた。
初日にして最強である自分たちライオンの雄が殺された。リオナは怒り狂い次の日から雄ライオンを殺した動物を探し始めた。
敵討ちに燃えていたわけではない。だが、リオナのパートナーが殺されたとなってはリオナの誇りに関わる。
数日が経とうとも犯人は見つからない。元より手掛かりなど無い上に、犯人もいつ殺されているか分からない状況だ。
諦めたわけではない。だが、冷静にはなった。
雄ライオンを殺すからには相当の強者。ならば最強である自分とはいずれ渡り合うに違いない。
それまでは爪を研ぎ、牙を鋭くし、いずれ来るであろう闘いに備えようと。
現在現れたのはその候補であるパンダ。背後から殴られた衝撃からしてそれなりの力を持っていることが分かる。
「さあ、闘おうじゃないか。アタシに勝てたら最強の名をやるよ」
「私の可愛さの糧となりなさい!」
【リオナ視点】
アタシがいくら最強であろうとも負けないわけではないし、死なないわけではない。
アタシが負けたり死ぬとしたらその敗因は……搦め手を使われたり、さすがに心臓や脳を破壊されたり、毒を使われたら死ぬ。
「見せてあげるわね!私の可愛すぎる能力、『
「いいぜ。どんな攻撃でも受けてやるよ。受け止めた上でそれ以上の攻撃で返す。それが最強のアタシの勝ち方だ」
『
パンダが手を振る。攻撃、と言うわけではないだろう。アタシには一つの傷もないし、何の体調の変化もない。
「……てめえ、何がしたいんだ?」
何もないなら殺す、そう思った時だ。
急にこの女を大事にしなければならない、という気持ちが沸いてきた。……駄目だ、殺す気にはとてもじゃないがなれない。
「……何をした?」
間違いなくこいつの能力だろう。アタシが殺意ならともかく、愛などという気持ちが芽生えるなんて……雄ライオンならともかく。
「ようやく効いてきたみたいね。私の能力は強制的な保護欲の発現。あなた、私を攻撃できないでしょ?」
『
アタシが守らなければすぐにでも死んでしまう存在。攻撃どころか、アタシが外敵から守らなければ、と思ってしまう。
「あなたは私に攻撃できない。でも、私からは別よ」
パンダが鋭い爪が生えた手を見せる。
「私はメイメイ。あなたの名前を教えてくれる?」
名前を知り、それが止めとばかりに攻撃を避けることすら身体も心も忌避し始めた。
「……リオナ、だ。種族はライオン」
「あら?ライオンだったの。ごめんなさいね、本当なら私があなたに狩られる立場なのにね」
メイメイは爪でアタシを引っ掻くように掌で叩く。
叩くと言っても、その威力は凄まじいもので、顔から、身体から嫌な音がする。同時に爪による傷で出血が生じる。
だけど、それよりも恐ろしいのがな、
「爪、傷ついてないか?」
攻撃されているアタシの身体よりも、攻撃しているメイメイの身体を心配するんだ、他ならぬアタシが。
「ふふっ。私の能力は十分に効いているみたいね」
アタシの意識は薄れ、このまま死ぬ態勢へと向かっていた。
可愛い、か。確かに可愛いは正義と言うしな。このまま正義に殺されるならいいか。
「あなた、さっき自分のことを最強とか言ってたみていだけど、これなら私のほうが最強ね。何てったって自称最強を倒すのだから!」
パチリ、と死にかけて閉じていたアタシの目が開く。最強だと?
「……おい」
最強という言葉はな、アタシだけのもんだ。
「アタシ以外が最強とか言うんじゃねえ!」
メイメイの手をアタシの手で相殺して受け止める。アタシの手は爪が刺さり、大出血だが、そんなの構わねえ。
むしろ、目がよけいに覚めたぜ。身体中が冷めていくぜ、この愛によ。
覚めて冷めたおかげで一つの言葉を思い出したぜ。人の姿になったときに得た知識だけどな。
「獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすっつー言葉を知ってるか?」
「……知らないわよ。それが何?」
「いや、つまりよ。どんなに愛おしくても躾るときは厳しくしろって意味らしい」
今にぴったりの言葉じゃねえか。
アタシは今もこいつの能力でこいつの事を家族みたいに感じる。
家族みたいに……つまりは、我が子のように。
「さあ、甘やかされる時間はお終いだ。親に対するその態度、躾が必要だよなあ?」
アタシは手に力を入れる。アタシの手を串刺しにしているメイメイの爪を折るために。
「ふんっ。私は確かに可愛さを武器にしているけど、それだけじゃないわ。熊の腕力を味わいなさい!」
メイメイの手に力が入る。アタシの手の方が折れそうだ。
そうか、この力は熊か。
「なあ、お前はアタシ以外のライオンと闘ったことはあるか?」
そうそう、この質問をするのを忘れてたぜ。
このままじゃこいつを殺しちまうからな。
「命乞いはしないのね。可愛くないものだわ、やっぱり。ライオンを見たのはあなたが初めて、これでいい?」
ああ、十分だ。
これでもう殺すだけだ。
「いいか?アタシは最強だ。最強たるアタシが今更熊ごときの力に負けるはずはない。一昨日アタシが殺したのは……日本熊だ」
アタシの手がメイメイの手を押し返す。
そのまま一気に力を込めると、爪ごとメイメイの手首が折れる。
「……っ!?」
悲鳴は上げないか。良いことだ。
「さあ、命乞いをしてみろよ。アタシが命乞いをしなかったのは可愛くないと言っていたな?お前はしないのか?」
「……命乞いなんかしないわ。私は可愛い。可愛いまま死ぬのよ。ここで死んでも私の可愛さは変わらない」
そうかい。その意気に免じてさっきの醜いとかいう言葉は許してやるよ。
一撃で死にな。
パンダの爪よりもはるかに鋭いアタシの牙がメイメイの喉に食らいつく。
「……あなた、やっぱり可愛くはないわね。……でも、格好良いわよ」
「ありがとうよ」
それがパンダの……メイメイの最後の言葉だった。
可愛さが武器か。アタシも危うかったぜ。
さて、今日は傷を癒すために後1、2回しか闘えねえかな。あー、水浴びしてえなー。
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