8話 可愛い
「うーん」
今日も錺は報告書をまとめながらその日にあった出来事を知っていく。どの動物が闘ったか、どの動物が能力を使ったか、どのような能力であったか、勝ったか負けたか生きたか死んだか……。
仕事の上でも、役職上でも錺は全てを知っておかなければならない。
だが、知れば知るほど頭が痛くなるものがある。
それは……。
「しかし、あれですねえ。この動物園に金が無くなったのって、何も客数が減っただけじゃないんですよ」
独り言なのか同じ部屋で作業をする黒服に語っているのか、まあ前者でも返事をしても錺の性格上、問題はないだろう。
「園長がギャンブルに嵌まったからでは?」
確か、この動物園が実験場に選ばれるほど金に困ったのにはギャンブルが止めとなったと聞く。
「いえいえ、違いますよ。それの大元。ギャンブルは最後の止めです。では、最初に金に困ることになった理由。それもまあ実験場に選ばれた理由ですが、君分かりますか?」
錺の言い方からして答えはあるのだろうが、黒服はあくまで武力的な支援として派遣されたわけで実験そのものに関わってはいない。
「ええと……敷地が広い、とか?」
それでも無い知恵を振り絞り答えを出す。
それも答えの一つであったかのように錺は満足したかのように笑顔で返す。
「そうですね。広い敷地、それに多種多様な動物がいることです。この動物園は経営が下手なのか、なぜか一つの種につき最低一匹は残っています。しかも売れば高価な動物まで」
確かに、見てみれば一匹当たりの値段が高い動物がこの動物園には当たり前のようにいる。
「唸っていたのは何でそんな風にしたのか分からなかったからですか?」
「いえ、それはここの園長のよく分からない信念とかなのでしょう。私が悩んでいたのはもっと庶民的なものですよ」
庶民?この男、自分を普通の人間だとでも?そう黒服は思うが口には出さない。
「いやね、私たちの予想では最後まで生き残るのは1、2匹なんですよ。それでこの値段を見たらなるべく高価な動物に生き残ってほしいなって」
錺は色々とおかしいところはあるが、金銭感覚は一般人と同じである。この男がおかしいのは会社のことだけ。家庭はあるし、妻と二人の娘がいるのだ。
「……もし、犬や猫が生き残ってしまったら?」
数百万、数千万もする動物がそこらにでもいる動物に負ける。損害はいくらになるだろうか。
「それでも構わないんですけどね。それで生き残った犬や猫には数千万を越える価値があるってことなんですから」
そもそもで会社の金ですしね。錺はそう言って報告書の纏め作業に戻っていった。
【エボリュー動物にて】
私は可愛い。誰が何と言おうと……いえ、誰もが私を見て可愛いと言うわ。私が動物でいるときに覚えた言葉は唯一、可愛いだけ。余りに言われすぎて覚えちゃったわ。
私が寝てても可愛いと言う。
私がそっぽを向いて背中しか見せなくても可愛いと言う。
私が食べても遊んでも転んでも何をしても可愛いと言う。
けれどそれは、人間しか言ってくれない。他の動物は会ったことがないから当然なのだけれど……。
でも今は違うわ!こうして人の姿になってしまったけれども私の可愛さは変わっていない。
こうして他の動物を見るとやっぱり可愛くはないわね。みんな私より一段も二段も劣る。雄なんて論外よ。
私の能力はこの可愛さから来ている。
雄も雌も関係ない。生物であれば、感情があればこの能力は必ず効くわ。
能力が効いたら最後、私に大人しく殺され……可愛い言い方はないかしらね。
「私の可愛さの糧になりなさい!」
これを私の決めセリフにしようかな。
可愛ければ何をしても許される。正に私にぴったりの能力ね。
今日は良い天気ね。見晴らしもいいし、私の可愛さが目立つわ。
「あら?」
あちらで闘っている動物がいるわね。私が出て行くと私の可愛さで余所見をしてしまうかしら。
終わるまで待ってあげましょ。
……何かしら、あの女。全然可愛くないわね。醜い。
確かに強そうなのは認めるわ。相手のよく分からない男の攻撃にも全く傷を負わずに勝っているんですもの。
何だか最強とか言っているけど……ふうん、最強ね。
最強っていうのは可愛さよりも強いのかしら?
「あら?私よりも醜い女性がいますわね。醜いのに何で生きてるのかしら?昨日までに殺した3匹のように私がその醜さから解放してあげますわ」
余りの可愛くなささに、醜さにうっかりと後ろから手を出してしまったけど……可愛いから許してくれるわよね?
あら、名乗るのを忘れてたわ。
私はパンダのメイメイ。私の生まれた国では幼くて可愛いって意味らしいわよ!
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