4話 予想できないのがイレギュラー

「さて、今日はどんな結果が待ってるんですかねえ」


 一日が終わり、錺は報告書を見て、カメラで記録された映像を見る。

 毎日少なからずの死体が増え、少なからずの動物が減っていく。

 死体はできる限り回収され、粉砕した建物や檻はできる限り改修されていく。

 だがそれでも限界がある。細切れとなった肉片は拾いきれず、血は洗っても流しきれない。丸ごと壊され倒壊した建物は瓦礫を片付けるのみであるし、檻は死んだ動物のものを使うという代用品である。

 完全に元通りにならない当たりにここが地獄であり、整備がされているという実感が出てくる。

 報告書を読む限りは今日は大きな修繕は必要なさそうだ。

 闘いはあったが、どれも小規模なものや一瞬で決着が着いたものなど、被害は少ない。……死体が出ているくせに被害が少ないというのもどうなのであろうか。


「やはり今回も『見えない暗殺者達』が大成果を上げましたか」


 『見えない暗殺者達』はそれぞれ標的とする動物に傾向がある。

 一匹は鳥類を主に標的としており、狙われた動物たちは能力を使われると混乱したまま一撃の元に死を迎える。

 もう一匹は大型の、動きが鈍い動物が狩られている。本体に特別な身体能力がないのか、正面から闘おうとせず、油断した動物の喉元を切り裂いて殺していく。

 二匹は示し合わせていないであろうに標的とする動物が違う。そのためまだ両者が出会ったことはない。

 

 どんどんと報告書を進めていく。読み、調べ、纏め、上に提出するための簡易的な報告書へと仕上げていく。具体的な情報は上は求めていない。どのような闘いがあったか、どのような能力があったか、どのような動物が勝ち、負けたのか。それさえ書き上げれば何の問題もない。


「た、大変です!」


 これで問題ないだろう、書き上げた報告書を満足げに眺めていた錺の元へ一人の黒服が走り寄ってきた。


「何ですか?問題があったらまずは私ではなくあなたたちで解決しなさいと……」


 黒服は外部の人間ではない。れっきとした安心安全薬品の社員である。最も、働く部門は秘中の秘である非話術解決特殊研究開発部門であるが。話し合いで解決できないような事柄を、上層部が開発した機械・兵器でもって実験台として処理することで解決するという部門。無論、そこにいる者たちは武闘派ぞろいではあるが、それしか能の無いものと言ってもいい。

 今回の実験では現地での実習と上の指示無しでも動けるようにと連れて来られたのだが……。


「これは、錺さんにしか解決できそうにないんです!」


 黒服の焦りからして、何かの動物が暴れ始めたのだろうか。黒服たちには無暗に動物を殺してはいけないと言ってある。

 なるべく、無力化して檻の中へと戻すようにと。まあ、黒服たちに抵抗しようものならすぐさま首輪から電流が流れるようにはなっているのだが。


「黒服が3人死んでいました。現在、映像を取り寄せていますが、傷跡から重火器類や刃物ではないと思われます」


 重火器や刃物以外……ならば動物の仕業という線が濃厚か。


「しかし、首輪があるはずなんですがねえ。脱走した形跡はありますか?」


「いいえ。それについては心配ないようです。センサーも、見張りも何もなかったと報告がありますので」


 動物園の出入り口にはセンサーを取り付けてあり、首輪に反応すると塞ぐように弾丸の嵐がばらまかれる。それでも、当たらないようにはなっているのだが、それを無視して脱走しようとすれば間違いなく全身に穴が空くことになるだろう。

 さらには24時間交代で黒服たちが見張りを行っている。体力のある者や集中力のある者を選んでいるので間違いはないだろう。


「……今映像が届きました!こちらです」


 黒服が差し出してくるタブレットを覗き込むとそこには一人の老人の姿が映りこんでいた。老人は黒服に近づくや否や胸に手刀を入れる。黒服はなす術もなくそのまま倒れ落ちた。


「……電流は流れているはずなんですけどねえ」


 よく見れば首には電流が流れている印となる光がついていた。

 それならば、電流が流れる中、この老人は黒服を殺していたことになるが……。


「電気に強い動物ってここにいましたっけ?」


 錺の知る限りでは電気が流れる中動けるような動物はいないはずだ。電気鰻ですら脂肪組織が絶縁体の役割を果たしているからこそ痺れないわけで、この老人にはそんな絶縁体の役割がありそうなものはない。


「ええっと……ここに動物の一覧がありましたねぇ」


 この動物園で飼育されていた動物を見れば分かるかもしれない。

 錺はペラペラとページをめくっていくが該当するような動物は見つからない。

 陸上動物を見終わり、水生生物のページを進めていくうちにある箇所で手を止める。


「……ああ、ここではこんなのも飼っていたんですか。いや、だとすると能力の由来は……そういうことですか」


 その動物の特徴、生態系を思い出し、錺はなぜ電気に平然としていたのかを理解する。


「老人の姿なのも、関係あるんですかねえ」


「あの……一体なにが?」


 黒服は訳が分からず錺に尋ねる。


「いえ。まああの動物は近づかなければ大丈夫でしょう。今のところ逃げる気配もなさそうですし。他の人たちには檻にいないときに餌を放り込んでおくように指示して後は一切近づかないように言っておいてください。後は自己責任です」


「は、はあ……」


 何の説明もないまま錺は話をそこで終わらせ、帰り支度を始める。


「では、私はもう帰ります。後はよろしくお願いします」


「今日はずいぶん早いですね」


 錺は普段よりも仕事に熱を入れ、報告書もいつもならこの時間から作り上げるのに2時間前には作成を開始し、終わらせていた。現在は午後の五時。昨日は7時までは動物の様子を楽しんでいたというのに。

 動物の死を楽しんでいた彼の口から出た言葉は到底、黒服には理解できるものではなかった。


「ええ。今日は娘の誕生日なんですよ。早くケーキを買って帰らなければなりませんからね」


 娘が誕生したときはそれは嬉しいものでしたよ。あの喜びは何時までも忘れられませんね。

 そう言い残し今度こそ錺は部屋から出ていった。

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