3話 某都内某所某ビル某階某室にて某県某市某動物園某エリアについての報告

【某都内某所某ビルにて】

 長く円を描くようにして広がっているテーブルに10名足らずの男たちが座っていた。年齢はみな中年以降。若者は一人もおらず、誰もが全国各地にある支社社員たちを束ねる役員のさらに上、本部の中でも滅多に表に顔を出さない企業の中枢にいる者たちであった。

 彼らがいなければ会社は回らない。そうなれば日本経済すら回らない。そう政府関係者から言わせるほどの男たちが一様に輝いた目をして座っていた。


「して、結果はどうだったのかね?」


「資料は用意できているのだろうな!映像は記録されているのだろうな!」


 人は40歳を過ぎると大声を上げるような事柄は一体いくつあるのだろうか。

 少なくともその一つがこれのようだ。

 一人の男がそれを宥めるように言う。


「もう少しお待ちください。最後の一人、私どものトップである我咲会長がまだ御出でではないのですから」


 その時、重々しい扉がゆっくりと開かれ、一人の男が部屋へと入ってきた。

 少し汗をかきながら、おそらくは小走りで来たのであろうその男こそが我先(がさき)我(が)優(ゆう)。ブラックホワイトカンパニーを立ち上げた男である。


「待たせてすまぬな。挨拶は良い。さっそく報告を聞くとしよう」


 一同が立ち上がるのを手で制し、そのまま上座へと我先は座る。


「錺君……だったかな?今回の実験についての概要は説明しなくともいい。我々はそれを聞いたからこそ、この場に来たのだからね。それよりも初日の、昨日の闘いについて教えてくれたまえ。君も今日行われている闘いを見たいのだろう?ならばすぐにでも始めて明日の資料作りにいそしみたまえ」


「はい。手短に、ですが濃い内容をお届けすることをお約束いたします」


 入り口に一番近い席に座っていた眼鏡をかけているくらいしか特徴のない男――錺は立ち上がると数枚の資料を配り、PCと繋がれたモニターを起動させる。


「これが初日の……私の推していたゴリラが初日にして敗れるだと⁉」


 一人の男が叫ぶ。この男は大のゴリラ好き、ひいては筋肉好きである。ゴリラの腕力や握力に絶対の信頼を置いており、この会議が始まるまでは周りの者たちにゴリラの生態系や特徴、闘いが始まればどのように闘うかを話していた。


「ええ。残念ながらゴリラは一匹目の犠牲となりました。まずはそちらから映像を流します」


 モニターに写されたのは一人の大男と一人の少女の闘い。わずか一撃で決着は着いてしまったが、それでも男たちの興奮は冷めるどころか更に熱を増していった。


「なるほど!このようになっているのか。それにしてもこの可憐な少女が元はヒツジだとは……。私は今からこの少女を応援することにするぞ!」


 先ほどまでゴリラを推していた男はあっさりとドリーに鞍替えすることを決意した。

 推していた動物がいなくなったのだからそれも当然であるが、一切の躊躇いがないことに錺は内心移り気なその正確に舌を巻いていた。


「……(こういう決断の速さがこの企業で生き残れる秘訣なんでしょうかね)」


 そこからは他数戦の闘いの映像が流れる。

 残念ながらと言うべきか、昨日行われた闘いではウッホ含め5匹の動物しか死体は出なかった。決着がつかずに時間となったもの、見事に逃げ切ったものなど闘い自体はいくつもあったが、完全に決着が着いたのはこの5匹の死体を生んだ5つの闘いのみであった。


「……うん?この者たちは何をしているのだね?」


 5つの闘いのうち、最初の三戦は見ているだけで理解はできた

 ウッホは攻撃そのものを反射され、己の力の餌食となった。

 2戦目、3戦目も同様に牙や爪で急所を割かれて決着となった。

 だが、後ろ2戦は一方的に、何もできずに一方が攻撃をして終わった。まるで相手が何をしているのか見えないかのごとく。


「ああ、それですね」


 錺は待ってましたとばかりに言う。

 そのために映像を流す順を最後にしたのだから。

 しかも、何もできずにいた動物たちはそれぞれ生き残る候補にいた動物たち。

 ゴリラもそうだがこれで三匹の有力候補が死んだことになる。当初よりも予想が着かない結果となってきた。


「その二匹の能力は極めて特異的。私は『見えない暗殺者達』と名付けました。どうです?能力を明かすのは死んだ動物のみ。それまでは純粋に闘いを楽しみ予想しようではありませんか」


 錺の言葉に男たちは頷く。

 その方が楽しめると思ったからである。

 我先も頷くのを確認した後に、


「では本日はここまでとします。私は本日行われている闘いを見に戻りますので」






【エボリュー動物園にて】


 初日からワシのイグルーは一匹の動物を仕留めていた。

 イグルーの能力である『イーグル’ズハート』は視角補正だ。単純な視力、動体視力、視野の広さは他の動物の追随を許さない。それどころか、暗視も、普通であれば視えない赤外線や紫外線など、イグルーに視えないものなどなかった。

 

 唯一気がかりであったのはタカの存在である。

 同系統の能力を得たタカのホミーはイグルーに同盟関係を結んできた。

 どのような意図があったのかは分からない。一か月が経ち、油断したところを後ろから刺すつもりだったのかもしれない。

 ならばこそ。同盟を受け入れ、こちらに背を向けた瞬間、イグルーはホミーの首を後ろから爪を使い掻っ切った。


「……よくも」


 同盟を申し込んだときの明るい眼はどこかにやり、濁った眼をこちらに向けてホミーは息絶えた。


 それからは園内をうろつき始めたが、まだ警戒しているのか他の動物の姿は見かけない。

 『イーグル’ズハート』は常時発動されているため、360°ある視野で不意打ちされる心配はない。ただ、正面以外は視力自体の補正が効かないため、人間以上の視力が後ろや真上にも発揮されている程度だ。


 そしてその程度の視力が一つの動物を捕らえた。


「うん?」


 うっかりすれば見落としそうな木の陰に隠れていたその動物であるが、体温さえも視えてしまうイグルーには意味がなかった。

 その動物から特徴を見出し、特定しようとした瞬間、イグルーの視界は闇に落とされた。


「な、なぜ診えないんだ!」


 視覚に特化したはずのイグルーはそのまま何も見えずに、訳が分からないまま生すらも闇に落ちていった。







 サイのアルミュールは己の能力に絶対的なものを感じていた。

 『ライノセロス’ズハート』は額に生える角と身に纏う鎧の強化だ。

 角は絶対に折れず、鎧は絶対に折れず曲がらず貫かれない。もちろん、鎧の隙間を突かれれば傷を負うことは免れないだろうが、こうして縮こまっていればそれも有り得ない。

 そもそもで、身体強化以外の能力を持った動物はどれだけいるのだろうか。

 アルミュールは自分に与えられた能力が角と鎧、二つに関する能力であることにそれだけで優越感に浸っていた。

 

「おい、俺と手を組まないか?」


 縮こまっていると何やら一匹の動物がやってきた。


「……」


 とりあえず無視しておく。


「おいったら!」

 

 しつこい。ふと顔を上げるとその動物は見た目からは何か分からなかった。

 特徴が無さすぎる。これ、といった特徴がないため、例え違う動物の名前を言われようとも信じてしまえるくらいに。

 再び顔を下げると、声はいつの間にか無くなり、見ると姿は消えていた。

 ようやくいなくなってくれたか。


「しかし、この体勢は痛くなるなあ」


 周りに誰もいないことを確認するとアルミュールは背伸びをし、そして喉を斬られ絶命した。

 アルミュールには最後まで誰が何をしたのか分からなかった。

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