33話 前職はメイドです

「ただいま戻ったよ」

「リオンは無事だった? ちゃんとご飯食べたかしら? ちゃんと眠れたかしら」

「夜中にちょっとぐずりましたけど、ご飯もしっかり食べましたよ」

「ああ、リオン。ごめんね、ごめんね」


 ジェラルド司祭と奥様が帰宅した。モニカ奥様は帰るなり弾丸のようにリオン坊ちゃまの様子を聞いてきた。一泊とはいえリオン坊ちゃまが産まれてから離れるのがはじめてだったので随分不安だったようだ。


「旦那様もご無事でお帰りでなによりです」

「ああ、すぐそこだしね。あと、ついでにお客さんだ」

「よっ、アンナマリー」

「あ、小田さん」


 ジェラルド司祭の後ろからひょいっと顔を出したのは小田さんだった。


「俺もここの領主に呼ばれてたんだ」

「アンナマリー、お茶の用意を頼むよ」

「はい、かしこまりました」


 厨房でお茶の用意をして居間に向かうと、まだジェラルド司祭は自室にいるのかぽつんと小田さんだけがソファに座っていた。


「こないだは、お騒がせしたな」


 そういやお嫁さんが乗り込んできて、小田さんは強制送還されてたっけ。


「結局どうなったんですか?」

「……結婚した……。あっ、でもみんな仲良くやってるから」

「ふう……ホントですかぁ?」


 私が疑わしげな視線を小田さんに向けると、小田さんは大きく手を振りながら否定した。


「ホントだって。そもそも青春まっさかりの高校生でこっちに呼ばれてこき使われたんだぜ。ちょっとくらい大目に見てくれよ」

「高校生からだったんですか」

「おう、卓球部だった」

「微妙ですね」

「卓球なめんな!」


 ふふふ、なんか変なの。ここで日本の事が話せるなんて。ちなみに私は漫画研究部という名のただ漫画を見てだべっている部活でした。えへん。


「そう言えばアンナマリーはいくつの時に召喚されたんだ?」

「27歳です」

「えっ、それはすみませんでした」

「急に敬語にならないでください。今は13歳ですから!」


 そこで態度を改められちゃうと、周りがなんだと思っちゃうでしょ。確かに小田さんは二十代後半くらいで私は前世と合わせると……合わせると40歳……ううん、あんまり深く考えないようにしよう。


「じゃあ社会人だったんだな」

「まぁ、フリーターというか……」

「へー。なんのバイトしてたの?」


 うっ、それ聞いちゃいます? でもこういう時にぴったりの言い訳を私は持っている。


「カフェ店員です」

「嘘だな」

「うっ、嘘じゃないもん!」

「仮にも『勇者』に向かって嘘をつくならもっと慎重にしないとな。……でホントはなんだ」


 ええ? 何かの特殊能力発動でもしてる訳? 私に向かって無駄遣いしないでよ。私が焦っている間も小田さんは笑顔で答えを待っている。


「……メイドカフェ……」

「まじか!?」


 何よ笑いたければ笑えばいいじゃない。そうよ27歳でメイド服着てお給仕してましたわよ。


「すっげぇ!」

「……へ?」


 からかわれるのを覚悟していた私の上に振ってきたのは意外な言葉だった。見ると、小田さんはキラキラした目でこちらを見ている。


「一回行って見たかったんだー」

「小田さんはご帰宅した事は無かったんですか?」

「だって高校生だぜ。ああいう所ってけっこうするだろ」

「ああ、まぁ」


 普通の喫茶店よりはお高いわね。あと色々オプションつけたりしたくなるし。


「アンナマリー」


 急に小田さんが真剣な声を出した。


「『アレ』をやってくれないか」

「『アレ』……!」


 小田さんの視線はテーブルの上のお茶とクッキーに注がれている。はい、確定。アレって『アレ』の事よね。


「ほら、今私メイド服でもないですし」

「今着ているのはなんだ!」

「これは仕事服っていうか……全然違う物ですって」


 抵抗する私を前に、小田さんはぎゅっとズボンを掴み天を仰いだ。


「ええやんか……ええやん……ピッチピチの高校生で異世界に飛ばされたんやで……ちょっとくらい夢見させてくれてもええやん……?」


 そのエセ関西弁は何? このままだと小田さんが駄々をこねてる最中にジェラルド司祭がやって来てしまいそうだ。しかたない、ちゃちゃっと終わらせよう。


「それじゃ、いきますよー」

「はっ、はい!」

「おいしくなーれ、萌え萌えきゅん。はいご一緒に」

「おいしくなーれ、萌え萌えきゅん♡」


 やってしまった……もう二度とやることはないと思っていたのに……こんなところで。


「すごい、声まで違った」

「そうですか……」

「今のは何だい」

「おいしくなるおまじないです……ってジェラルド司祭!!」


 振り返ると真後ろにジェラルド司祭が立っていた。いつの間に……まったく気づかなかったわ。私はぽかんとしているジェラルド司祭に向かって怖々と問いかけた。


「どこから聞いてました」

「アンナマリーがかけ声かけてるあたりから」

「ああ……」

「じゃあ、私の分もおまじないして貰おうかな」


 本気ですかああ、小田さんが余計な事を言うから……いや私が抵抗せずとっととおまじないをしていれば良かったのか? 考えるうちに冷や汗がダラダラと流れてくる。


「ははは、冗談だよアンナマリー」

「あ、ですよね……」

「で、ここからは冗談じゃないんだが、アンナマリーも聞いてくれるかい?」

「私もですか?」

「ああ、これを見て欲しい」


 羞恥プレイから解放されたのもつかの間、真面目な顔でジェラルド司祭は新聞の切り抜きを取りだした。どれどれ……とその記事を読んで私は嫌な予感がしてジェラルド司祭を見つめた。


「これって……」

「ああ、国内各地で井戸の水を飲んだ住民が亡くなったり、体調を崩したりする事件が相次いでいる」


 記事見た限り、5カ所の村の井戸に毒が投げ込まれたと書いてあった。


「犯人は見つかっていない。位置も村と村の間は離れているし、愉快犯とも考えにくい」

「アンナマリー、犯人は俺も巡回して探す事になった。軍も動く。今回はそういう話もあって集まっていたんだ」

「小田さん……あんまり無理しないでくださいね」


 でもなんでそんな話を私に? ふと疑問が湧いてジェラルド司祭を見つめると小さく頷いて口を開いた。


「アンナマリー、君ににお願いしたいのは備蓄用の薬の量産だ」

「薬……」

「ああ、方々の村にもしもの時の為に配布をするんだ。できるかい?」


 おお、聖女としての初仕事って訳かしら。大勢の人の役に立てるのね。


「はい! 私やります」

「頼むよ。アンナマリーの作る薬は効き目抜群だからね」


 ジェラルド司祭はそう言うと、私の肩に手を置いた。よーし、がんばるぞ!

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