34話 事件発生
数日後、早朝。私とセシリーは籠を抱えて裏庭に立っていた。――そう、スライム狩りである。大量に効果の高い解毒薬を作るにはこれが一番効率的だという結論に至ったのだ。
「本当にやるの……?」
「ええ。ここで怯んではいられないわ」
私はすでに尻込みをしているセシリーの背中を叩いた。こんなの序の口よ。
「行くわよ」
「はーい」
二人がかりで茂みに顔をつっこみスライムを籠に放り込んでいく。
「アンナマリー! これじゃちっちゃいー?」
「なんでも良いわよ。量を取ってちょうだい」
籠いっぱいのスライムを教会に運び込み今度は解体だ。中身をつるっと取り出すあれだ。
「ぎゃああああ」
「セシリー、もう諦めて」
盛大に悲鳴を上げるセシリーを尻目に、私は黙々とスライムの皮を取り除いていた。最初こそ衝撃だったけどもう慣れちゃったわ、悲しいかな……。
「それにしてもひっどい匂いねぇ……」
「大量の薬草が運び込まれてるからね。ちょっとなら厨房で作業するんだけど」
鼻をつまみながらセシリーがぼやいた。今回、解毒薬の作成は屋敷ではなく、教会の一角を借りて行う事になった。屋敷でこれを広げたら薬臭くてかなわないものね。
「アンナマリー、セシリー進んでる?」
「モニカ奥様。今の所上々です。それで見つかったんですか?」
「あったわよー、倉庫の一番奥。今ジェラルドが村の皆さんの手を借りて教会の前に設置してるわ」
モニカ奥様が探していたのは大きな鍋だ。この大量の薬草を煮込むのに教会の炊き出し用の鍋がどこにあるのか探していたのだ。
「村中に匂いが立ちそうですね……」
「ホントにね。今日一日じゃ終わらないだろうし……」
結局二日間かけて村の人たちの強力も得て300個近い解毒薬を作った。作られた解毒薬は近隣の村に配られていった。
「これで一安心でしょうか?」
「どうだろう、犯人も捕まっていないし……数も万全とは言えない」
領主様が薬草を買い集めたが、そう考えるのはどこも同じみたいで価格高騰の為これ以上の材料を揃えることができなかった。それでもうちはモニカ奥様のレシピと私の能力で数倍の数を確保できたはずだ。これを使う事のないうちに犯人が捕まればいいのだけど……。
「まったく物騒よねぇ……どうやって村の中に入り込んでいるんだか」
「早朝に事件が起きているらしいわ」
「じゃあ夜中か……」
しばらくすると、村の出入り口に衛兵が立つようになった。野菜の出荷に出た荷馬車まで調べられているのを見かけた。
「ごくろうさまです、これ良かったら。ケーキなんですけど……」
「すまない。気持ちは嬉しいけど戴くわけにはいかないんだ。決まりでね」
一度差し入れに行って見たが、そう断られた。そうか、そうよね。もしも私が犯人の一味だとしたらほいほい口にする訳にもいかないわよね。これなら大丈夫だろう、そんな風に思っていた矢先だった。
早朝ドンドン、と激しく家の扉が叩かれた。寝ぼけ眼で私が顔を出すと切羽詰まった表情のジェラルド司祭が立っていた。
「アンナマリー、こんな早くにすまない。私と一緒に来てくれ」
「えっ?」
「隣村の井戸に毒が入れられたらしい」
隣村! 隣村には大伯母さんと兄のアントニーがいる。私は寝間着のまま外に飛び出した。
「あっ、馬を借りてこないと」
「必要ない。いいかい、しっかり掴まっていてくれ」
ジェラルド司祭は私を抱き上げると、目を閉じた。途端に風が巻き起こり私達の身体がふわっと浮き上がった。
「この方が早い。いくぞ」
「はっ、はい!」
風を切りながら、隣村へと急ぐ。隣村の教会に降り立つとすぐにジェラルド司祭はノックもせずに教会の中に入った。
「司祭、犯人は……」
「残念だが、逃した。すぐに井戸は封鎖したが村人が……」
「治療師を連れて来た。具合の悪い人間から連れてきてくれ」
そこから私は一口解毒剤を飲ませるふりをしながら村人達の治療にあたった。対処が早かった分、被害者も限られているようだ。徐々に自力で歩ける病人に変わって行った頃、見知った顔をそこに見た。
「アンナマリー、治療師ってお前だったのか」
息を荒くしながら話すアントニー兄さんに回復魔法をすぐにかけてやる。
「ああ、アントニー兄さん。兄さんの家は大丈夫だったの」
「ああ、食らったのは俺だけで良かったよ」
不幸中の幸いだわ。さっきから夢中で治療中だったのだけれども、そこに現れた身内の顔には改めて心底ぞっとした。
「アンナマリー、もうこの辺で大丈夫だよ」
ジェラルド司祭がそう声をかけてくれて顔をあげると、気が付けば日も高くなっており、私も久々に能力を盛大に使った所為で全身に汗をかいていた。
「これ、お兄さんが着替えって」
「あ、すみません……」
教会の一室を借りてお義姉のものだろうワンピースにそでを通した。やっぱり大きいわ。くるくると袖をまくって部屋を出た。
「おかげで、死人も出なくて済んだよ」
「こんな近くで起こるなんて……」
「怖かったね、よく頑張った」
ジェラルド司祭の大きな手が私の頭を撫でるとようやく肩の力が抜けた。
「じゃあ、ルズベリー村に帰ろう」
「はい」
ジェラルド司祭の首にしがみつくと、来た時と同じ様に風が私達を包み混む。おお……さっきは必死すぎて気にしてる場合じゃなかったけどこの格好って結構恥ずかしい……。
「うわっ、わーっ」
「アンナマリー、行きは平気だったじゃないか」
「そうは言われましても……!」
もぞもぞする私のせいでへろへろと飛行しながら私とジェラルド司祭は村へと向かうのだった。むむむ……犯人め……早く捕まってくれ……。
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