25話 アンナマリーの休日(中編)

「さ、どっちだい」

「こっちです。あ、ちょっと待ってください」


 私は道の脇に置いておいた砂糖の袋を持ち直した。こんなことになるなら先に置いてくれば良かったわ。


「重そうだね」


 若いその男性はひょいっと私から荷物を取り上げると、自分で抱え込んだ。


「あの、悪いです」

「いやいや、案内賃だと思ってくれ。レディーに重い荷物を持たせたまま道案内なんてさせられないよ」

「レ、レディー……!」


 私が突然の事態にあわあわしていると、彼はなんだか楽しそうに微笑んだ。


「若、馬車は……」

「ホーク! お前たちは後ろから着いてきてくれ」


 ホークと呼ばれた使用人はそう言われて渋々といった感じで馬車に乗り込んだ。てくてくと歩く私たちの後ろを馬車がのろのろと着いてくる。


「あの、失礼ですがお名前を伺っても……」

「ん? ああ、フィリップ・エインズワース子爵だ。君は?」

「あ、アンナマリーです。アンナマリー・ヘザー」

「そうか、ところで君は私たちをどこに案内するつもりなんだい?」


 あら、私ったら動転して行き先を説明してなかった。


「私の勤め先で、教会の司祭館です。そこなら客間もありますから。司祭様はとてもお優しい方ですからきっと泊めてくれると思います」

「司祭様か。なら安心だ。……おっと」


 話しながら歩いていると、砂糖と小物の入った袋が手からずり落ちそうになった。


「失礼。……一体何を買ったんだい」


 エインズワース子爵はそう言うと袋の中をのぞき込んだ。


「砂糖と手鏡と……飴か」


 うう、子供っぽいと思われたかしら。キャンディーはお腹が空いたから買ったんじゃなくてその缶が気に入ったのよ。


「女の子はやっぱりこういうのが好きなのかな」

「ええまぁ……」

「ふうん」


 この子爵様は何を考えてるんだろう。村娘の買い物袋の中身を覗いたりして。私はそのまだ少年からやっと抜け出したような若い貴族様の横顔をじっと見た。


「何かついてるかい?」

「え!? いいえ、何も。ああ、もう着きますよ。ほらあの屋敷です」

「ほう、あれか」


 気がつけば司祭館はもう目の前だった。エインズワース子爵が目を細めて屋敷の方角を見る。


「私、旦那様に話を通してきます」


 私は教会の方の執務室に向かった。この時間はジェラルド司祭は仕事中だろう。


「旦那様! ジェラルド司祭!!」

「おや……アンナマリー、今日は休みじゃなかったのかい?」

「いや、お休みなんですけど、お願いがあって……あの、そこで今日の宿にお困りの方がいらしたんで連れてきたんです」

「ほう。そういったことも教会の仕事のうちだよ。アンナマリー、ありがとう」


 予想どおり、ジェラルド司祭はにこやかに客人を家に泊めることを了承してくれた。


「今、屋敷の表で待って戴いてます」

「わかった、すぐ行こう」


 私とジェラルド司祭は屋敷の入り口へと向かった。そこには私の買い物袋を持ったままのエインズワース子爵が馬車とともに待っていた。


「わぁっ、荷物ありがとうございましたっ!」


 私はその手から慌てて荷物をもぎ取った。エインズワース子爵は一瞬ぽかんとした顔をしていたが、すぐに私の後ろのジェラルド司祭に気づいて軽く会釈した。


「こちらが客人かな?」

「どうも、私はフィリップ・エインズワース子爵と申します」

「私はジェラルド・ハートフィールド。この村の司祭をしております。事情は少しお伺いしました。どうぞ中へ」

「それはありがたい……っと、失礼、連れを紹介するのを忘れていた。エメライン、馬車から降りといで!」


 あれ、もう一人いたの? 馬車の扉が開くと、エインズワーズ子爵によく似た艶のある黒髪の色白の少女が現れた。私よりちょっと年下くらいかしら。


「エメラインと申します」


 そう言ってふせたまつげの長いこと! マッチ棒何本乗るのかしら。つけまつげで盛大に顔を盛っていた過去を思い出して私は小さくため息を吐いた。


「妹のエメラインです。この村の屋敷に滞在するはずだったのですがどういう訳か家財道具より前に我々が着いてしまったようで」


 居間に移動した一行にセシリーがお茶を出しに行った。


「さぁ、あんたたちも疲れたろ」


 厨房のテーブルには少々ぐったりした従者のホークと御者のおじさんが座っている。ケリーさんがその二人にお茶を勧めた。


「いやぁ、若様の無茶には参った、参った」


 ホークはお茶を一口飲んで一息着くと愚痴りはじめた。


「いくら軍人あがりだからって家財道具がくるまで雑魚寝でかまわんとか言い出すし。お嬢様も居るってのに」

「軍人? あんなに若いのに?」


 見たところエインズワーズ子爵は二十歳にいったかいかないかって感じだ。戦時はそれこそ少年だったんじゃないの? 頭の中に疑問がいっぱいの私の顔を見て御者のおじさんが口を開いた。


「お嬢ちゃん、戦争時はな、後方に貴族の子弟が配置されたのよ」

「ええ……わざわざ……」

「戦争に協力しましたよっていう箔付けの為さ。俺たちにはバカバカしく思えるけどな。坊ちゃんはあれでも公爵家の三男なんだ」


 そんな……後方って言ってもそれなりに危険でしょうに。


「俺にはそれでやんちゃに拍車がかかった気がするがね」

「ホーク、それは言うな」


 エインズワース子爵はこの人たちにとってはやんちゃなのね……私にはすごく紳士的だったけど。


「なんでこの村にやって来たんですか?」

「……エメラインお嬢様の療養さ。体が弱いんだ」

「あら」


 私はそれを聞いて思わず立ち上がった。これは私の出番じゃない? そう思った瞬間にセシリーが私を呼びに来た。


「アンナマリー、ジェラルド司祭がお呼びよ」

「はいはーい」


 私に任せて! ちゃっちゃー、と治してあげるからねー。私は意気揚々と居間へと向かった。

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