26話 アンナマリーの休日(後編)

 私が仕度して居間に登場すると、エインズワース子爵が立ち上がった。お待たせしました。私が来たからにはお嬢様を元気いっぱいにして見せるからね。


「アンナマリー、君が回復魔法が使えるって本当かい?」

「ええ」

「そう、そうか……」


 あら、もっと喜んでくれると思ったのに。私の魔法に不安があるのかしら。そんじょそこらの回復魔法と比べて貰っちゃ困るわよ。ジェラルド司祭は立ち上がり、エメラインお嬢様を私の前まで連れてきた。


「アンナマリー。こちらのお嬢さんは療養でこちらに来たそうだよ」

「お嬢様のご病気なら私が治して差し上げますよ」

「そうしてくれると助かるよ」

「エメラインお嬢様、失礼いたします」


 任せて! 私は不安そうにうつむいているエメラインお嬢様に用意していた軟膏を塗りつける。もちろんこれはフェイクだ。お手々がすべすべになるくらいで本当は意味はない。この人たちには聖女のことは明かせないもんね。


「いきますよー。力抜いてください」


 私は繋いだ両の手から魔力を流した。何処が悪いのかな。慢性的に体調が悪いってなると消化器? それとも心臓? 私は魔力を流しながら彼女の体の悪いところを探っていく。ところが……。


「……あれ? あれ?」

「どうしたんだいアンナマリー?」


 戸惑う私をジェラルド司祭が心配そうに覗きこんだ。これは……私の思い違いでなければ。私がじっとエメラインお嬢様を見つめるとお嬢様はフイ、と目をそらした。それで私の中の疑問は確信に変わった。


「あの、多分エメラインお嬢様は健康体です」

「ええ……?」


 驚いたジェラルド司祭がエインズワース子爵を見つめる。見ると彼は気まずそうに立っていた。


「やっぱり分かりますか……」

「これは一体どういう事です? あなた方は療養に来たのでは?」


 エインズワース子爵は降参とでも言うように両手を挙げた。


「おっしゃるとおり、エメラインは病気でもなんでもない」

「どういう事です?」

「……療養というのはただの方便です」


 彼はさっきまでの快活な様子は何処へやら、うつむきながらそう答えた。


「我々はしばらくこの土地にいるつもりです。この際、司祭様には知っておいて貰った方がいいかもしれない」

「何でしょう。口外しないと誓いますよ」

「このルズベリー村に来たのは妹を……エメラインを屋敷から、家族から離す必要があったのです」

「ご家族から? それは一体……」


 あれー、私どさくさに紛れているけどこれ聞いちゃっていいのかな……。でも下がれって言われてないし内容も気になるし……。そんな風に迷っている間にエインズワース子爵は語りはじめてしまった。


「エメラインと私の母は違うのです。この子の母は元使用人ですがもう亡くなってまして」

「庶子……という事ですか?」

「父は周りに反対されながらも婚姻関係を結びましたので、嫡子ではあります。ただ、私の母とエメラインの母はずっと折り合いが悪く、年々母親に似てくるエメラインに随分辛くあたりました」


 私はちらりとエメラインお嬢様を見た。きっとこのお嬢様の母上は相当な美人だったんだろうな。調べた結果、健康体だった訳だけど、肌は抜けるように白くて唇は紅を塗ったように紅い。


「それで、お兄様の貴方が引き離しに動いたと」

「ええ、私は三男である程度自由も利きますしね。体調を崩していたのもまったくの嘘ではありません。……私の母がエメラインの食事に混ぜ物をしていまして」

「ええ!」


 あーっとしまった声が出た。そこではじめて二人は私がそこに居た事に気づいたようだ。ジェラルド司祭が唇に指をあてて言った。


「アンナマリー……内緒にしといてくれよ」

「はい、旦那様」


 私はコクコクと頷いた。さすがにこれはおいそれと噂話もしにくいわぁ。事情が重い。聞かなきゃよかった。リアル白雪姫。こわやこわや。


「じゃあ、アンナマリー。休みのところ悪いが彼らを客間に案内してくれ」

「はい! かしこまりました」


 元々は私が連れて来たんですもの、それくらいわね。私は二人を連れて二階の客間に案内した。


「こちらのお部屋をお使いください。寝室はこちらです」

「……アンナマリー」


 そのまま私が退室しようとすると、エインズワース子爵が私を引き留めた。


「なんでしょう、エインズワース子爵」

「……フィリップでいい」

「フィリップ……様」


 さすがに貴族様に呼び捨てはねぇ……。でも名前呼びはちょっと恥ずかしいな。


「あらためて、ありがとう。あの司祭様もご立派な方のようだし、安心してこの村に滞在できるよ」

「いえ、お役に立てたようでなによりです。フィリップ様」

「それからエメラインの事だが……」

「他言はいたしませんのでご安心ください」


 私は一礼すると、今度こそ部屋から退室した。ふう、こんな事になるとはね。




「どうだったんだい、お嬢様の具合は?」


 下に戻るとケリーさんがそう聞いてきた。ああしまった、なんて言ったらいいんだろう。お嬢様はまるっきり健康体だったわけで。


「あ、うん。だいぶ良くなったみたいです」

「お嬢ちゃんは腕利きなんだなぁ」

「そ、そうですか? えへへ……」


 なんとなく言葉を濁しながら、私はようやく帰宅の途についた。空はもう暗くなりかけてる。


「アンナマリー、買い物にどれだけ時間かけているの!」

「あー、ちょっと色々あってね」


 帰宅するとお母さんからお目玉を貰った。ずいぶん遅くなったもんね。いやぁ、ほんとにちょっと買い物に出ただけのつもりだったのに。迷子の貴族さんからのお家騒動暴露まで目白押しだったわよ。


「せっかくの休日だったのに、なんか疲れた……」


 のんびりリフレッシュするつもりだったのになぁ……どうしてこうなったんだろう。私は首を傾げた。

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