24話 アンナマリーの休日

 天井のきらめくシャンデリアは煌々と輝き、公爵家の舞踏会は盛大に執り行われていた。私は扇で顔を隠しつつ、退屈さに辟易としていた。


「アンナマリー、次のワルツは私と」

「いえ、次こそは私めと」

「少し疲れましたの」


 言い寄る貴公子たちのダンスの誘いを私はすげなく断りながら、どこかに私をワクワクさせてくれるような殿方は居ないものかと考えていた。

 そう、ここにいる貴公子のように毛並みのいい殿方ではなく……ワイルドで逞しい、そんな荒馬のような……。


「アンナマリー、私とダンスを踊って戴けますか」


 人混みをすり抜けて、私の目の前に現れた男性に私の目は釘付けになった。艶めく黒髪、ぴったりとした衣装の上からでも分かる逞しい胸板。


「アンナマリー?」

「あの……私……」

「アンナマリー!!!!」

「ふあっ!?」


 目を覚ますとそこは自宅の居間の揺り椅子の上だった。目の前には呆れた顔のマークが居る。


「あ~あ~……夢かぁ……いいところだったのに」

「なに言ってんだよ。ほら、本落っことすぞ」


 私は揺り椅子の上で読書中に寝落ちしていたらしい。マークから本を受け取って、立ち上がる。


「ふあぁぁぁぁぁ」

「口ん中丸見えだぞ、おい」


 今日は久々の休日だ。そんな訳で読みかけの本を一気に読んでしまおうと思ったんだけど。


「頭がぼーっとする……散歩にでも出ようかな」

「あ、それなら砂糖を買って来てくれよ。俺、お母さんから頼まれたけどまだ行けてなくてさ」

「良いわよ。じゃあついでに私もなんか買おう」


 私は一旦自室に戻ると小遣いの入った財布をバッグに放り込んだ。今日の予定はショッピングに変更!

 って言っても村にあるのは小さな雑貨店だけなんだけどね。そうだなぁ、おやつでも買おうかな。


「アンナマリー、一枚羽織っていった方がいいぞ」

「ほんとだ、ちょっと肌寒い」


 夏も終わり、涼しい風が吹き始めた。そろそろ秋かぁ……。私は村の道をプラプラと歩きだした。

 秋の花が咲き始めた道をゆっくりと進んでいくと、商店が見えてくる。


「あら……あれ行商人だわ」

「いらっしゃい、お嬢さん」


 ラッキー。今日は行商人のおじさんと出会えた。ってことは念願の手鏡とリボンが買える。


「おじさん、商品見せて」

「あいよ」


 手鏡はデザイン違いで三つあった。うーん、どれにしようかな。百合と薔薇と、これは鈴蘭だ。どれも似たようなものか。


「これおいくらですか?」


 おじさんに値段を聞くと鈴蘭の手鏡がちょっとだけ安かった。これにするか。私、鈴蘭好きだし。


「あとはー……」

「お嬢さん、これなんかどうだい。王都のお菓子だよ」


 行商人のおじさんが差し出したのは綺麗な缶に入ったキャンディだった。


「中身は……ほうら」

「うわぁー、綺麗」


 缶の中には赤、青、黄……色とりどりのキャンディが詰まっている。元日本人の自分はかつてはしょっちゅうそんなものは目にしていたというのに目が吸い寄せられてしまう。なによりこの缶がかわいい。小物入れに出来るんじゃないかしら。


「でも高そう……私リボンも欲しいのに」

「リボンならお嬢ちゃん、素敵なのをしてるじゃないか」


 あ、そうか。奥様からリボンを戴いたんだっけ。じゃあこれ買ってもいいかな。私は手鏡とキャンディーの缶をおじさんから買った。うーん、思い通りにいかない。でもまぁ、ショッピングはそんなもんか。

 忘れず隣の商店で、お砂糖も買って来た道を引き返す。


「思ったより重たい……」


 袋に入ったお砂糖は結構な重さだった。安請け合いしなきゃ良かった……。ちょっと後悔しながら歩いていると見慣れた小道にさしかかる。


「……」


 ここを左へ曲がるとオルディス卿の元屋敷がある。ほんの僅かの間だったけど、思い出深い場所だ。


「ちょっとだけ、見に行こうかな」


 私は手元の砂糖の重さも忘れて道を曲がった。


「あらっ?」


 曲がった先にあったのは、見慣れぬ屋敷だった。いや、良く見ればたしかにあのオルディス卿の屋敷なのだ。だけど随分と印象が変わっていた。

 枯れ果てた庭の草花は植え替えられ、屋敷を覆った蔦も取り払われている。


「……一体、誰がこんな手入れを?」


 オルディス卿の親類だろうか。でも随分強突く張りだと聞いた。こんな田舎の屋敷の手入れをわざわざするか疑問だ。


「うちに何か?」


 私が一人首を傾げていると、突然後ろから声をかけられた。


「ひゃっ」

「ああ、すまない。びっくりさせてしまったかな」


 おそるおそる振り向くと、そこには一人の若い青年が居た。艶めく黒髪、ぴったりとした衣装の上からでも分かる逞しい胸板。……さっきの夢の中の人みたい。


「大丈夫かい?」

「あ、はいっ」


 整った顔がずいっと私の顔を覗き混んだ。その目の色は深い青色。ジェラルド司祭とは違った男っぽいハンサムだった。


「こ、こ、この家にちょっとの間お世話になっていたものですから……」


 ああ、もう噛んだ。イケメンはジェラルド司祭で慣れてるでしょうに。


「そうなのか……君この辺の子?」

「ええ、そうですけど」

「そうかい、それじゃ聞くけどこの辺に宿屋は?」

「宿ですか? この村にはありません。街道をずっと戻った所にならありますけど……」


 そう言って私はその男性の身なりを見た。綺麗な服装だ。お貴族様かな……。だとしたら街道の宿はあんまりお勧めできない。


「若様!」


 止まっていた馬車から出てきた使用人がこの男の人を呼んだ。やっぱり貴族か。


「私、見ておりましたが街道沿いの宿屋は大変なボロ屋でしたぞ」

「そうか……困ったな……」


 この村で貴族を泊めることが出来るのは……ジェラルド司祭のところしかない。旦那様のことだ。困った人を無碍にはしないだろう。


「あの……私、泊まるところなら心あたりがあります」

「本当かい?」


 そんな訳で私は、休日だというのに司祭館に向かってその男性と共に向かうことになった。

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