23話 本当に聖女?

「嵐みたいでしたねぇ……。小田さんっていつもああなんですか?」

「今はね。それは良いことなんだろうけど」


 私がちょっと呆れながらそう言うと、ジェラルド司祭は含みのある答え方をした。


「前は違ったんですか?」

「……彼の持つ聖剣が放つ波動は小隊を吹き飛ばす勢いだった。ハヤト自体が何よりも強力な兵器そのものだったよ」

「そうなんですか……」

「だからこそ、ハヤトは今はある程度自由にさせて貰ってるっていうのもあるんだけどね。この国に留まって貰うために」


 ジェラルド司祭はそう言って少し寂しそうに微笑んだ。


「私のこの国の人間だ。ハヤトが居てくれないと困るのも事実なんだ」

「それなら私も困ります」


 急に転移させられた小田さんと違って私はこの国で生まれて育ってきた。家族も友人もこちらにある。こんな田舎で王政のどうたらなんて全然分からないけれど。


「……元の世界に戻りたいという気持ちはないのかい」

「まったく無いとは言い切れませんけど……私の場合、多分もう死んじゃってるし」


 キウイですっころんでね……。私がそう答えると、ジェラルド司祭は私の肩に優しく手を置いた。


「そうか……。今回君が見つかったという事でハヤトはかなり動いたんだ。君の希望を叶えるのにね」

「見ず知らずの私にそこまで……いい人なんですね」

「自分を重ね合わせているところもあるんじゃないかな」

「そっか……」


 自分の掌を私は見つめた。この力。本当は戦場で発揮するはずだったのに、結局は無駄になってしまった。


「私、ここにいて良いんでしょうかね」

「アンナマリー? どうしたんだい」

「だって本当は沢山の人を救うためにこの力はあるのにって思ったら……」

「いいんだよ。そもそもの始まりは我々の身勝手からはじまったことだ」

「……」


 今の生活に特に不満はない。雇用主にも、同僚にも恵まれているし。お給金だってそんなに悪くない。ただ、ちょっとね。同じ様な境遇にあった小田さんの背負ってしまったものを考えると気分が重くなる。


「アンナマリー、教会に行こうか」

「教会へ?」

「ああ。『聖女』についてもう一度ちゃんと説明しておこう」


 ジェラルド司祭は私の手を引くと、教会へと向かった。きゃーっ。手を繋いでる! 冷静になれ自分。端から見たらジェラルド司祭は子供の手を引いてるだけだ。


「えーっと……」

「ごっふ……今度、ここのお掃除にも参りますね」


 教会の執務室は沢山の本やら書類だかが積まれ、ほこりにまみれていた。ジェラルド司祭は案外整理整頓が得意ではないらしい。


「あった、あった。いやね、君が見つかった時に引っ張り出したっきりにしていて……」

「それどれだけ前なんですか」


 ああ、やっぱり定期的にお掃除に入らなきゃだめだ。ジェラルド司祭は一冊の本を山の中から引き出すと、付箋のあるところを開いた。


「これが『勇者』と『聖女』の伝承だ」

「むむ……難しいです……」


 私はその本を覗きこんだが、みみずののたくったような字で読めそうで読めない。


「そうか、古語だからね。いいかい……国の危うきに降臨した『勇者』は国の剣と盾となり、『聖女』は癒やしと浄化を与える」

「大体聞いたのと一緒ですけど」

「国の危うきに、という所が大事だと私は思うんだ。だから、アンナマリー。いつか来るかもしれないその日まで、君は自由でいていいんだよ」

「……ありがとうございます。そんな日がこなきゃいいですけど」

「そうだね」


 私が頷くと、ジェラルド司祭はようやくいつもの微笑みを浮かべた。ジェラルド司祭には慰めて貰ってばっかりだ。


「ジェラルド司祭は古語も読めるんですねぇ。私には何がなんだかさっぱり……これが『聖女』って読むんですか?」

「そう、そして『癒やし』に『浄化』」

「ふーん……『癒やし』と『浄化』。……ん?」


 ちょっと待て。今、なんか引っ掛かったわよ。


「どうしたんだい、アンナマリー?」

「私……浄化とかできません……」


 というかやってみようとしたことがない。ジェラルド司祭をみると驚いた顔をしている。


「しかし……あの回復魔法は確かに聖女にしか与えられない『癒やしの手』だ」

「私……本当に聖女なんですか?」

「古い伝承だ。多少違っていても不思議はないよ」

「でも小田さんは伝承どおりだったんですよね」

「確かにそうだが……」


 ジェラルド司祭は考え込んでしまった。……私は余計に不安になってしまった。これまで私が聖女ということでジェラルド司祭も小田さんも動いてくれてたんだもの。面目丸つぶれじゃない。


「確かめる方法はなくはない」

「本当ですか!?」

「ただちょっと……危険を伴う……モニカには内密に。心配をかけたくない」

「ええ」


 思案の末にジェラルド司祭はある実験を私に申し出た。私に浄化の能力があるかどうかがそれで分かるという。


「本当は軍の許可も必要なんだが、小規模だし」

「ええ~っ。大丈夫なんですかそれ……」


 ジェラルド司祭はフラスコを用意するといくつかの触媒と魔方陣を用意した。


「瘴気弾というのを知っているかい」

「いいえ」

「戦争中に使われた兵器の一つだ。触れたものの肉体と精神を損壊する『瘴気』をこめたおぞましい兵器だ。その中身の『瘴気』をここに発生させる」

「げぇっ……」

「大丈夫、アンナマリーが浄化できなければ私がやるから」


 ジェラルド司祭の顔に緊張の色が浮かぶ。私はハラハラしながらそれを見つめるしかなかった。


「……あれ?」

「どうしたんです、ジェラルド司祭」

「もう一回……おかしいな……」


 ジェラルド司祭はブツブツいいながら、フラスコの中身をいじくり回している。しばらくの後、彼は触媒をすくっていた手を止めた。


「やっぱりだ。『瘴気』自体が発生しない」

「どういうことです?」

「浄化されてるってことじゃないかな、作るはしから。ちなみに私は何もしてないし、手順もあってる」


 ジェラルド司祭は私をまじまじと見た。そ、そんなに見つめられると照れちゃうな。


「アンナマリー、君が浄化してるとしか思えない」

「私、なんにもしてませんよ」

「それが聖女の能力なんじゃないかな……うん、ちょっと確かめたいことがある」


 そう言って、ジェラルド司祭は私を屋敷に帰した。ああ、お掃除は当分先になりそう。


「やっぱりだ。アンナマリー、君の産まれた時期と国内の魔物被害の減少がぴったり一致したよ」


 夕食時、にこにこで帰ってきたジェラルド司祭は私にそう言った。


「つまり、君は赤ん坊ながら国内を守っていたことになる」

「この国を……守って……」

「そうだ。ありがとう、アンナマリー」


 そうかぁ……私、無駄死にじゃなかったんだ。浄化の力は無自覚に垂れ流されてたのね。うーん、浄化の力ねー。あ、そうだ!!


「えい、えい、えい……おかしいなぁ」

「アンナマリー、とっととお皿洗い終わらせないと帰れないわよ」

「分かってるわよ、セシリー……なぜ出来ないっ!!」


 出来たら便利だと思ったが、『浄化』の力ではお皿の汚れは落ちなかった。まったく使いどころがわかんないわぁ……。

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