21話 ハッピーバースディ!

「……セシリー。セシリー!!」

「あっ、なぁに?」

「手が止まってるわよ。どうしたのセシリーらしくないわよ」

「そっか……」


 皿洗い中にぼんやりしているセシリーを私は肘で突っついた。お皿でも割ったら危ないわよ。以前に盛大に割った私が言えた義理じゃないけど。


「うーん」

「何か悩み事? 私でいいなら聞くわよ」


 そう言いながらセシリーの顔を覗きこんだ。セシリーは私を見るとほうっとため息を吐いた。


「いやね、お休みを貰えないかと思って」

「お休み」

「今度、誕生日なのよ」

「あらおめでとう。……でも休むまでの事?」

「そうよね。うん、やっぱりいいわ」


 その話はそこで終わった。私たちメイドは基本的に休みは自由にならない。モニカ奥様の事だから前もって言っておけばいいよって言ってくれそうな気がするけど、セシリーもそこまでする必要はないと判断したんだろう。




「ねぇマーク。セシリーが誕生日だっていうのよ」

「えっ、ああうん。そうだな」


 仕事を終えて帰宅した私はマークにそう振った。マークは顔を引き攣らせながら頷いた。


「私も何か用意しようかな。プレゼント。何がいいと思う?」

「いやぁ……どうだろ」

「そうだ、リップクリームでも作ろうかな」


 モニカ奥様のレシピで作ったリップクリームなら口に塗ってもいいだろう。さすがにスライムを口に入りそうな所に使う気にはならない。


「アンナマリー、それ俺に譲ってくれないか」

「えー」

「頼む……!」


 なりふり構わないわね、マーク。花束にプラスしたところでまた適当にあしらわれるだけよ。それでもマークが折れないのでリップクリームはマークに譲る事にした。私はこないだ作ったハーブ石鹸でもあげることにしよう。


「マーク。念の為言っとくけど私たちの仕事中に押しかけないでよ」

「えっ、なんの事……」


 今更誤魔化したってしょうがないわよ。誰に渡すつもりなのよ、そのリップクリーム。




「はい、セシリー。これ私から」

「あら、ありがとう。うーんいい匂い」


 セシリーは私が渡した包みを開くとさわやかなハーブの香りを吸い込んだ。


「それじゃ今日もがんばろ」

「うん」


 まずは朝食の後片付けから。皿洗いをしていると屋敷の裏手のドアを誰かが叩く。


「はぁい」


 こんな所からやって来るのは出入りの業者とかくらいだ。それもこんな時間にはやって来ない。


「セシリー! 誕生日おめでとう」

「あら……ありがとう」


 扉を開けるとそこに居たのは村の男の子だった。ばさっと花束をセシリーに渡すとそのままかけていく。ふーん、モテるって話は本当だったんだ。


「困るわ、仕事中なのに」

「まぁまぁ」


 ちょっとくらいいいじゃない。……って私もその時は思ったんだけど。


「セシリーいますか?」

「セシリー! これ受け取って!」

「セシリー!」


 次々と裏口に男の子たちがやってくる。あわわ、予想以上だわ。私とケリーさんはその度にセシリーを呼びに行く羽目になるし、セシリーは応対に追われる事となった。


「……みんな、私仕事中なの!! 帰ってちょうだい」


 度重なる訪問にとうとうセシリーは怒り出して、裏口の男の子たちを追っ払ってしまった。


「はぁ……やっぱり休みにしておけば良かった。ごめんなさいケリーさん、アンナマリー。迷惑かけて」

「いやぁ、私もここまでとは思わなかったから」

「……懐かしいね。私も若い頃はこんなことがあった」

「え!?」


 ケリーさんの意外な発言は置いといて、それにしても訪問者が多い気がする。


「セシリー何か隠してない?」

「……えーと、そのー」


 途端にセシリーの目が泳ぎだした。やっぱりなんかあるのね。


「去年、私が一番気に入るプレゼントをくれた男の子とデートするって言っちゃったのよ」

「ああ……」


 だから、男の子たちは必死でセシリーに貢ぎ物を持って来てた訳ね。


「そんな約束しなきゃよかったのに」

「だって、まだここで働いてなかったし」

「そりゃ……まぁそうか」


 デートねぇ……まだ14歳よ? 私なんてデートのお誘いなんかちっともないのに。


「でも、仕事中に押しかけてくるようなデリカシーのない男の子とデートなんかしないわ」

「まぁねぇ……」


 普通に考えれば仕事中のセシリーを訪ねても迷惑だって分かる気がするんだけど。それだけ向こうも必死だって事か。うーんモテるのも大変ね。

 こうしてセシリーの誕生日は、その後にもやってきた男の子の応対をしながら、掃除とか後回しにできるものは後回しにしてなんとか一日を乗り越える羽目になった。


「おつかれさま」

「はい……」


 ぐったりと疲れた帰り道。セシリーと二人で夜道を歩いていると、道端から突然人影が現れた。


「きゃあああああ!!!!」


 驚いた私とセシリーは腰を抜かしてお互いにしがみついた。


「ご、ごめん! 大丈夫!?」


 ん? なんか聞いたことのある声だな……と恐る恐る目を開けるとそこに居たのはマークだった。


「なーんだマークじゃない」

「あ、アンナマリーのお兄さん」


 月明かりの中でも分かるくらい顔を赤くしたマーク。


「あの……これ……」


 マークが差し出したのは花束と私が譲ったリップクリーム。


「あり……がとう」

「遅くなっちゃったけど、その、仕事の邪魔だと思って」


 ちょっと! それ言ったの私なんですけど! けどまぁ、妹の忠告をきちんと聞いたのは褒めてあげよう。


「そうなの……こんな時間までありがとうね」

「そ、それじゃ!」


 プレゼントを手渡すとマークは家の方向にかけだしていった。あとで顔会わすの気まずいなぁ。


「……どうすんの、それ」

「ちゃんと使うわよ」

「そうじゃなくてさー」


 そのプレゼント気に入ったかどうかが気になる訳よ。妹としては。だけどセシリーは私の追求を曖昧に笑って躱すと家に帰っていった。ちぇっ。


 そして数日後。セシリーは奥様に休暇願いを出していた。


「ねぇねぇ、休むのってデートなの?」

「そうよ」

「へぇ……誰と!? 誰と!?」

「秘密」


 えええ、そりゃないよお。マークがどうなったのか聞きたかったのにー!

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