20話 厄介な客人(後編)
「これ……は大きいわね」
「どれも大きいと思います、奥様」
夕食前の一時。いつもならぼちぼち夕食の準備を始めようってところなんだけど、私はモニカ奥様の手で着せ替え人形にされていた。とは言っても奥様とは体格が違いすぎて無理がある。特に胸の辺りが……いや、まだ成長期だし。
「諦めましょう、このまんまで」
「……そうね」
奥様は一応聖女っぽく着替えをさせようと思ったみたいなんだけど、ようやく諦めたみたい。代わりに白いリボンを私のお下げに結んでくれた。
「これはあげるわ。今日のお詫びに」
「ありがとうございます」
気乗りのしない面会に、そのプレゼントはわずかに心を上向きにさせてくれた。
そして夕食時。ケリーさんの渾身のご馳走を前にバルタザール主教は文句を付けながらもガツガツと食べている。ワインもがぶがぶと飲んでいる姿を見て私とセシリーは呆れながら給仕していた。
「ジェラルド、どうだここの暮らしは」
「……静かで悪くないですよ。中央にいるよりずっと」
「がはは! そうだろう。私の采配は正しかったという事だ」
ピクリ、とその言葉にジェラルド司祭の表情が固まる。
「『勇者』を含めたお前たちは目立ちすぎた。これからは田舎でゆっくり余生を過ごすと良い。ははは」
うーわ。戦時中はさんざんこき使って戦争が終わったら用済みって事? 胸くそ悪い話だわ。食事が終わるとジェラルド司祭は私を手招いて、バルタザール主教の前に立たせた。
「では、聖女をご紹介しましょう」
「アンナマリー・ヘザーと申します。バルタザール主教」
「ん? お前はメイドじゃないか。どういう事だ。私を担ぐならもっとうまい事……」
「まぎれもなく、彼女が『聖女』です」
案の定、メイド姿の私を見て妖怪親父はツバを飛ばしながら怒鳴ってきた。いちいち偉そうにして鬱陶しいな。
「教会からは、普段通りに生活して良いとお達しがありましたのでこうしてメイドとして働いております」
「う……む……」
「アンナマリー、主教様は信じられないようだ」
ジェラルド司祭はそう言うと、驚かないでおくれよと小声で呟いてナイフを手にした。
「ジェラルド司祭何を……キャッ」
「あなた!」
旦那様がスパッと手首を切る。鮮血が白いテーブルクロスを赤く染めた。
「さあ、アンナマリー」
「は、はいっ」
私は魔力を籠めてジェラルド司祭の腕に触れた。掌から漏れた光が治まった時には傷は跡形もなく消えていた。もう! いきなり無茶するんだから!
「この通り、彼女の回復魔法の威力は凄まじい」
「なんと……」
「おわかりいただけましたか」
「うむ。だがこの才能をこの田舎で埋もれさせるつもりか」
「今は戦時ではありません。王都には他にも回復魔術師はいるではないですか。もちろん他国の手に渡ったりしたら問題ですが」
それは恐らく、中央教会でも何度も議論されたことなんだろう。今更、というようにジェラルド司祭は言い放った。
私はお城に閉じ込められるのだけは勘弁して欲しいのでじっと黙っている事にした。
「さ、もういいわよアンナマリー」
「はい奥様」
貝みたいになっている私を奥様がそっと退室を促してくれた。あーやれやれようやくお役御免だ。
その日はいつもより遅くなってようやく私たちは仕事を終えた。
「まったくひどい人も居たもんね。アンナマリー」
「あれがジェラルド司祭の上司かぁ……かわいそう」
「ほーんと」
セシリーと帰り道にそんな事を話しながら帰宅した。あー、なんかこうギャフンと言う目に遭って貰ってさっさと帰ってくれないかな。
翌日は礼拝日。いつもならうっとりと村の若い娘たちはジェラルド司祭の美声に聞き惚れているんだけど今日はげんなりとしていた。
「神の恵みは誰にでも分け与えられ……」
くぐもったデブ主教みずからの説法に村人たちはあからさまにうんざりしていた。私とセシリーはそれを演台の後ろからこっそりと伺っていた。
「アンナマリー……本当にやる気?」
「旦那様も友達も馬鹿にされてこのまま帰すなんて癪じゃない」
さて、問題は私の思ったとおりに出来るかっていうのとタイミングだ。うーん。
「時に神は奇跡をお示しになります。それは私たちへの試しでもあり……」
よっしゃ今だ! 私はカーテンの隙間からバルタザール主教の後ろに近づいた。
「それ!」
全力でその背中に回復魔術を叩き込む。バルタザール主教の全身が光り輝いた。私が考えたのは肥満も病気じゃないかっていう事。つまり、ぶっくぶくに太ったバルタザール主教の体は病気だらけ。じゃ、それを一気に治しちゃったら?
「きゃあああ」
黄色い悲鳴がまず上がった。私が視線を上げるとまず目に飛び込んできたのはバルタザール主教のお尻だった。うわーん。
「わあああっ!? なんだこれは?」
そこには余計な贅肉を失ったバルタザール主教の姿があった。ずり落ちるズボンを押さえながら。あら? 痩せたらけっこう整った顔立ちしてたのね。
「奇跡だ!」
村人の中からそんな声が上がると、皆拍手喝采となった。当のご本人はズボンを押さえるのに必死だったけど。
「……それでは私は失礼する。神のお恵みのありますように!」
慌ててバルタザール主教は裏へと戻って来た。おっとっと、早く逃げなくちゃ。
「アンナマリー……私えげつないもの見ちゃったんだけど!」
「へへへ、ごめーん。でも上手くいったわ」
私たちが屋敷に戻るとおつきの司祭の服にでも着替えたのか普通サイズの法服に身を包んで呆然と居間の椅子に座り込んでいるバルタザール主教がいた。
「はい、主教様。鏡です」
「こ、これが私……」
モニカ奥様が手鏡を渡すと驚きの顔で見入っている。
「献金もいつもの倍以上でしたよ」
「そ、そうか……」
あ、ちょっと気持ち悪い笑顔を浮かべだした。それを影からセシリーと覗いているとモニカ奥様と目が合った。
「アンナマリー! こっちにきなさい」
「……はぁい」
やっぱりバレるよね。怒られるのは織り込み済みだ。しかたない。
「これをやったのはあなたね、アンナマリー」
「そうです……」
「なんて事をしてくれたの。元に戻してさしあげなさい」
ええ? 出来るかなぁ。私が使えるのは回復魔法だよ?
「いや! 構わん」
モニカ奥様の言葉を聞くと、突然バルタザール主教は立ち上がった。
「あのー、そのなんだやってしまった事はしかたない。誰しも過ちはあるものだ」
「さすが主教様ですわ」
チラッと見るとモニカ奥様は笑いをこらえているのか肩が小刻みに揺れていた。私による強制ダイエットによりイケメン化したバルタザール主教はそわそわしながら大急ぎで荷物をたたむと王都へと帰っていった。
――バルタザール主教の結婚の報告が手紙で来たのはそれから三ヶ月後のことだった。
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