14話 憧れの街
オルディス卿の葬儀から数日後、私の元にあの彼の屋敷で働いていたお爺さんの使用人が現れた。
「お嬢ちゃん」
「ああ、いらっしゃいませ。今日はどうしたんです?」
「いやね、お嬢ちゃんに渡すものがあって持って来たんだ」
そう言って、お爺さんが荷馬車からドサリと運び出したのは大量の本だった。これは……。
「これらをお嬢ちゃんにいままでのお礼に渡してくれと旦那様から言われていてね……本当はもっとあったんだが、強突く張りの旦那様の親族が持って行ってしまった」
「それはそれは……」
「あいつら、葬儀にもこなかった癖に。まったく世も末だよ」
そう言ってため息を吐くお爺さん。本の束の中から一冊を抜き取ると、それは私がオルディス卿に読んだ本の一冊だった。他にも読んでない本も沢山ある。娯楽の少ない辺境の農村の暮らしだ。ありがたい。
「いただいてよろしいのでしょうか」
「いいんだよ。旦那様も喜ぶだろう。それじゃわしはこれで」
「あ、あのっ!」
去ろうとするお爺さんに私は慌てて声をかけた。
「なんだい」
「これからお二人はどうするんですか?」
「いい年だ、旦那様がくれた年金でのんびりやるさ」
はは、と笑ってお爺さんは荷馬車を操ると去って行った。その背中からはようやく肩の荷が下りた様子が見て取れた。
「アンナマリー、なんだいこれは」
「ちょっとマーク、触らないでよ」
自宅に持ち帰った本に兄のマークが伸ばした手をぴしゃりとはたき落とした。ベタベタこってこてのロマンス小説を兄に見られるのはさすがに少々恥ずかしい。
横でぶすくれているマークを無視しながら私はベッドの横に本を積み上げた。……本棚が必要かも。
その日から、ジェラルド司祭の屋敷の家事の合間に、眠りにつく前に、オルディス卿の遺した本を読む日々が続いた。今日も仕事を終えて、ベッドに潜り込みページをめくる。そろそろこの本も読み終わるという所で最後のページで何か違和感を覚えて数ページ戻った。そこから終わりまでもう一度読んで確信する。
「あらー。これ続き物だわ」
そっかぁ面白かったんだけどな。これ。諦めるしかないか……ううん、もしかしたら大きな街とかにいけば続きが見つかるかも。
「大きな街……私が行く事はあるのかしら」
私はふとそんな事を考えた。このままで行ったら私はこの村で、ジェラルド司祭の屋敷のメイドとして働いて……年頃になったら誰かと結婚して――。
「平凡極まりないわね」
聖女だなんて言われても、毎日平和な日々だ。なんの為にこの世界にやってきたのか分からないくらい。それもこれもジェラルド司祭の元で大人しくしているからなんだろうけど。
「まぁ、メイドとしてもまだまだだし……まだ先の事よね」
大きな街っていったら……一番はやっぱり王都かしら。王都、王都……ねぇ……。王城に行きたいって言ったらきっと希望は叶うんだろうけど、それってやっぱなんか違う。
「うーん、やめやめ! 寝よう!」
私は一旦考えを棚上げしてその日は眠りについた。
次の日、私はリオン坊ちゃまが寝付いたところで私はモニカ奥様に尋ねてみた。
「奥様は王都にすんでらっしゃったんですよね」
「そうよ。どうしたのいきなり」
「王都には本屋さんはあるんでしょうか」
私はこの世界の情報は大体この村の事しか分からない。ほかの情報源はジェラルド司祭夫婦からとか数日遅れで届く新聞だったりだ。
「もちろんあるわよ。それから貸本屋も」
「貸本ですか!」
手持ちのお小遣いでは本を見つけても買えるか不安だったが、そうかぁ、貸本屋でもいいな。あの本が人気シリーズだといいんだけど。
「私も良く行ったわ。身の回りの荷物はあまり増やせない生活だったから」
「へぇ……」
リオン坊ちゃまが生まれてから、モニカ奥様は以前のように昔の話をしても暗い顔をしなくなった。
「行きたいの? 王都に」
「へっ!? あの……王城とかは勘弁ですけど、まぁ見てみたいって言うか……」
それは単純な好奇心だった。せっかくこの世界に産み落とされたのだもの。この村に一生いておばあちゃんになる前にあちこち見て回ってみたいな。ただねぇ……ジェラルド司祭の屋敷で働くのに不満はないのよ。
「ふうん……空気も水も悪いしそんないいものじゃないわよ」
「そうですか? でもお買い物とか楽しそうです」
この村じゃ小さな商店と時折来る行商人しか買い物の手段がない。奥様の萌黄色のドレスをこっそり薄目で見ながら、洒落たリボンくらいは私も欲しいと思った。
「そうねぇ、王都はファッションの発信地だもの。それはあるわね」
「ですよね、ですよね!」
どこでもいつでもファッションとスイーツは女同士の共通言語だなぁ。それから奥様がは、百貨店のカタログをひっぱり出してきた。
「ほら、こんなのもあるのよ」
「わぁっ」
華やかなドレスや小物の絵が描かれたカタログのページ。それを見ていると、私はムクムクと王都への憧れが募っていくのを感じていた。
ご夫妻でまた王都に行くこととかないかなぁ。そしたら絶対ついていくのに。リオン坊ちゃまも小さいし無理かぁ。
「あのね、アンナマリ―」
「はい、奥様」
「あなたが王都に行きたいというのなら、私たちに遠慮することないのよ」
ぼんやりと王都の様子を想像している私に、奥様はそう言った。
「教会との取り決め通り、在所を明らかにさえしていればあなたは自由なんだから。王都での職場もなるべくよさそうな所を探してあげましょう」
「モニカ奥様……」
「ただし――」
「薬草学の勉強を修めてから! ですか?」
「そう! あなたはまだ若いのだから好きな事をしなさい。でも中途半端はダメよ」
奥様はそれだけ言って、眠っているリオン坊ちゃまの様子を見に行った。
――王都で働く。そっかぁ、観光じゃ休みもお金も足りないけど働きに出るならお金を稼ぎながらじっくり王都を見る事が出来る。
それに……私、後悔したじゃない。あの時。職場のメイドカフェに不満を持ちながら、何の行動もしなかった事に。そうよ、今じゃなくていい。でも、いつか……。それからの私の密かな目標は、王都への出稼ぎになったのだった。
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