15話 新しい同僚(前編)
「あぶー!」
「ああーっ、リオン坊ちゃまー! そっちはダメです!」
リオン坊ちゃまの成長は著しい。今日も高速ハイハイで居間から脱走しようとしている所をすんでのところで捕まえた。
「ケリーさん、赤ちゃんってこんなに動くものなんでしょうか」
「ははは、あんたもそうだっただろうよ」
リオン坊ちゃまを抱えながら半泣きでケリーさんに訴えると、ケリーさんに笑い飛ばされた。掃除に、洗濯、炊事に育児。あいかわらず忙しい日々が続いていた。
「アンナマリー! 続きをやるわよ」
「はぁい、奥様」
加えて薬草学のお勉強。今後、この屋敷を出て働きに出る場合……今まで以上におおぴっぴらに回復魔法を使うわけには行かなくなる。そのカモフラージュの為にも必要な勉強だ。
「お先に失礼します」
「はい、今日もご苦労様」
仕事を終えて、自宅へと戻る。いつも家族はすでに夕食を済ましているので、私だけスープを温め直して食事を取っているとお母さんがやってきた。
「アンナマリー、仕事はどう?」
「うん、みんな良くしてくれるよ」
家族みたいに扱ってくれるジェラルド司祭一家。その元にいるのは居心地がいいけれど……そのままだと私はこの村にずっといる事になってしまうんだけど。
そんな複雑な思いに頭を悩ませていたのはその日までだった。
「おはようございます! あれ、ケリーさんは?」
「ああ、おはようアンナマリー。ケリーは今日は具合が良くないそうだ」
「そうですか……それじゃ、私あとでケリーさんの様子見てきます」
「頼むよ、そうしてくれ」
ケリーさんも歳だもんな。この所、坊ちゃんのお世話もあって疲れが溜まっていたのかもしてない。私は部屋の掃除を大急ぎで終わらせると、ケリーさんの自宅へ向かった。
「ケリーさん!」
「ああ、アンナマリー……」
いつもより弱々しい声のケリーさんが出迎えてくれる。小さく咳をしているところを見ると風邪のようだ。
「ちょっと待ってくださいね、すぐに治しちゃうから」
久々にまともに私の回復魔法の出番だ。ケリーさんにはもう私の魔法はバレているので遠慮無く使う。
「さ、これで大丈夫。でも今日はゆっくりしてくださいね」
「ありがとう」
顔色の良くなったケリーさんを後にして、私はまた大急ぎで屋敷へ戻った。ケリーさんの居ない分、私が頑張らなくちゃ。その日は目の回るような忙しさだった。ケリーさんはすごいなぁ……。
「へ? もう一人雇う?」
「ええ、ケリーともそう話したの」
「ああ、リオンが産まれてからやっぱり負担が大きいだろうということでね」
翌日、ジェラルド司祭とモニカ奥様に呼ばれた私は二人にそう告げられた。その脇にはケリーさんもいる。
「アンナマリーもよくやってくれてるんだけど、あたしももう歳だと思ってね。今後の事も考えたらもう一人くらいいた方がいいだろうって旦那様に言ったんだよ」
そうかぁ……。そうよね、いつまでもケリーさんに頼ってられないよね。私はちょくちょくモニカ奥様の薬草学の講義で抜けるし。
「それで、誰を雇うつもりなんです?」
「まだ決めていない。村の人たちに聞いて見ることにするよ」
……新しい同僚、かぁ。どの子が来るんだろう。楽しみなような、不安なような。まぁ雇用に関してはジェラルド司祭にお任せするしかない。
「こんにちは! セシリーと申します。よろしくお願いします!」
「セシリー……」
ジェラルド司祭の元に新しく雇われたのは一つ年上のセシリーだった。この小さな村では誰もが顔見知りだ。当然子供たちも。だけど私は頭の中身が大人な事もあってあんまり子供同士で遊ぶ事がなかった。それでもセシリーの事は知っている。
「よろしく、セシリー」
「これから頼むよ」
モニカ奥様とジェラルド司祭はそうセシリーに声をかけている。それに笑顔で答えるセシリー。
「さ、ざっと屋敷の中を案内しようかね」
ケリーさんに着いていったセシリーの背中を見ながら私は心の中で小さくため息を吐いた。あっちゃあ……うまくやって行けるかなぁ……。
「アンナマリー! これからは一緒に働くことになるわね」
「うん……」
屋敷の案内が終わったセシリーがさっそくやって来た。
「それにしても……相変わらず冴えないわねー。ジェラルド司祭もなんでこんな子を雇ったのかしら」
うう、ずけずけと。これだからセシリーは苦手なのだ。確かにセシリーは明るい金髪の華やかな感じの女の子だ。この口の悪ささえ無ければなぁ……。
雇われたのは見た目じゃ無くて私が回復魔法が使えるからなんだけど。
「あなたじゃ力不足だから私が雇われたのよ。感謝してよ」
恩着せがましく、セシリーはそう言うと去っていった。はぁ……どっと疲れた。リオン坊ちゃまの顔でも見て癒やされて来よう。
「あぶ」
「リオン坊ちゃま~? ねぇやですよー。あ、おむつ」
坊ちゃまを抱っこするといたしちゃってるみたいだった。おむつを換えにベビーベッドまでまで向かう。
「はい、きれいきれいしましょうねー」
「びえー」
私がリオン坊ちゃまのおむつを替えているといつの間にか、セシリーが背後に立っていた。
「見ていられないわね、貸して」
「ちょ、ちょっとセシリー!」
セシリーは私からおむつを奪うと、手際よく変えていく。そういえばセシリーの家は兄弟が多かったっけ。
「あーい」
「いい子ですねー、はいお仕舞い。……っと、こうやるのよ」
「……ありがとう」
おう、手際が悪くて悪かったわね。ちょっと気分が悪くなりながら私はセシリーを置いて今度は掃除に移ろうと階段下の掃除用具入れの所に行こうとすると、またしてもセシリーは後ろから着いて着た。
「ねぇ、アンナマリー? 私の方がこのお屋敷にふさわしいと思わない?」
「何が言いたいの?」
セシリーは巻き毛を指で弄びながら私を見下ろした。
「だって私の方が美人だし? 仕事だってきっと出来るわよ?」
その自信がどこから来るのか分からないけれど、さすがにこれには頭にきた。私だって数ヶ月ここで働いてきたのよ。
「そんなの、あなたが決める事じゃないわ」
「生意気ね!」
「ここじゃセシリーの方が後輩なの!」
私とセシリーはバチバチと睨み合った。んもう! 本当にムカつく!
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