11話 命の誕生

 『心』は回復魔法では癒やせない。その事を私は心に留めた。いきなり聖女と言われて、私も少し調子に乗っていたのかも。今までと変わりなんかないのに。

 私がそんな奥様に出来る事ってなんだろう? やっぱりメイドとして日々を快適に過ごして貰うようにキチンとお仕事をする事。時にはおしゃべりにも付き合って寄り添ってあげる事。……そんなもんかしら。


 もう一つ、『心』を癒やす要素としてはやはり時間なんだろうな。これからの穏やかな日々が奥様をきっと支えてくれるだろう。ジェラルド司祭はそこまで考えてこの村に来たのかしら? だとしたらなんて優しい旦那様だろう。羨ましいな。


 ――そんな時は刻々と過ぎ、冬の寒さも緩んできたある日の事だった。


「奥様、そろそろお茶の時間ですが」


 毎日、あたたかい特製ハーブティとともに昼下がりを過ごす奥様に声をかけようと居間に向かうと、モニカ奥様は前屈みになって蹲っていた。


「……モニカ奥様!!」

「ア、 アンナマリー……」


 思わず駆け寄ると、奥様の呼吸は荒く額にうっすら汗をかいている。


「アンナマリー、産婆を呼んでおいで!」

「ケリーさん! って事は」

「ああ、これからが正念場だよ」


 奥様が産気づいた。そろそろいつ来てもおかしくはなかったのだけれど。

 私は屋敷を飛びだすと駆けだした。村の産婆さんを連れて戻ると、奥様は寝室に、ケリーさんは厨房で湯を沸かしている所だった。そして階段の下ではジェラルド司祭がうろうろと落ち着き無く歩き回っている。


「さぁ、こっちです!」

「ああ、任しておきな」


 産婆さんは私の背をトン、と叩くと寝室に入っていった。苦しそうな奥様の息づかいが聞こえる。


「奥様、アンナマリーです。産婆さんを連れてきましたよ」

「あり……がとう……うっ」

「奥様、息を吸って。吸って吸って吐く。ひっひっふーです」


 前世でも子供なんて産んでないから、ほんとにこれで楽になるか分からないけど。無いよりましだろう。なんとなく陣痛の時はこれって覚えていたラマーズ法を奥様に伝授する。


「産婆さんもいるし、もしもの時は私がいますから!」


 後はそう言うのが精一杯だった。奥様の陣痛は一晩中続き、時折弱音も奥様から漏れたりもした。ケリーさんはお湯を沸かしてはたらいにいれて寝室へと運ぶのを繰り返している。窓の外の星のはうっすらと明け始めた朝日に追いやられて小さくなっていく。


「さあ、頭が出てきましたよ! もうちょっといきんで!」


 産婆さんがそう言うと、奥様は力一杯踏ん張った。ああ、子供を産むっていう事はこんなに命がけなんだ。


「……ア、ホアア……ホアアア!!」

「あ、産まれた!!」


 ずるりと産み落とされた赤ちゃんが元気な産声を上げる。良かった……! すぐに産湯に入れられる小さな生まれたての赤ちゃん。


「元気な男の子だよ!」

「奥様、産まれました!!」

「はぁ……はぁ……」

「奥様?」


 声をかけたが、モニカ奥様の反応は薄い。産婆さんが産まれたばかりの赤ちゃんを抱きながら呻いた。


「まずいねぇ、出血が多すぎる。このままじゃ危ないよ」

「そういう事なら!」


 私は腕まくりをした。今使わなくてどうするの。産婆さんの目の前で披露しちゃうけど今日は大目に見てね。奥様の今はぺたんとへこんだお腹を中心に手をかざす。


「血の量……血の巡り……」


 元の通りに戻って、奥様を助けてちょうだい。温かい感覚がいつものようにみぞおちから流れていく。青白かった奥様の顔色がうっすらピンク色に変わったのを見届けて私は手をのけた。


「へぇ、回復魔法ってのは便利だねぇ……」

「ははは……ちょっと疲れました……」


 万一の事があったら嫌だから、全力で魔力を注いでしまった。私が額の汗を拭っているとピクリ、と閉じられたモニカ奥様の目が開かれた。


「……アンナマリー?」

「はい、奥様。元気な男の子が産まれましたよ!」

「そう、良かったわ」


 今度こそ奥様は微笑みながら息子の誕生を喜んだ。あ! そうだ肝心な事を忘れていた!


「私、ジェラルド司祭を呼んできます!」


 慌てて階下に降りると、明け方の薄明るいホールでジェラルド司祭はぐったりと待ち疲れて座り込んでいた。


「旦那様! 産まれました! 男の子です!」

「おお……それでモニカは? 大丈夫なのかい?」

「私が付いているんですよ? 滅多な事にはならないですって」

「そうか……ありがとう、アンナマリー」


 私の頭をポン、と撫でるとジェラルド司祭は階上へと急いで向かっていった。その後ろ姿を見送ると急に気が抜けた。


「ふぅ……あ、私。おうちになんも言ってないや」


 お母さん心配しているかしら。でももう怒られる気力がないや。魔力の使い過ぎと気が抜けた勢いで、私は座り込んだ。途端に睡魔に襲われる。ふああ……眠い……。


「あらまぁ」

「いいよ、寝かせてあげよう」


 遠くで声が聞こえる。ふわふわ、ふわふわ。私がどこかに運ばれていく。うーん、気持ちがいい。


「……はっ!」


 しばらくたって目を覚ますと私は客間のベッドに眠っていた。うあああ! メイドが客間で寝るなんて!


「旦那様! 奥様!」

「おや、アンナマリー起きたのかい」

「ケリーさん、私寝ちゃって……」

「ははは、旦那様がそこに運んだんだよ。大丈夫さ」


 下に降りるとケリーさんがそう言って笑い飛ばしてくれてちょっとほっとしたけど……あ、っていう事は私ジェラルド司祭に抱っこされたって事!?


「……」

「どうしたんだいアンナマリー?」

「は、はずかしい……」


 私、重くなかったかしら。ああ! しかも折角のイケメンの腕の中だったのにロクに覚えてない!! 私は青くなったり、赤くなったりした。そんな私をケリーさんはちょっと呆れた目で見ていた。


「アンナマリー、いいから朝食を食べな。お腹空いたろ?」

「あ、はい。ケリーさんは大丈夫なんですか?」

「私もこの後ちょっと帰って休ませて貰うさ」


 ケリーさんの作ったスープとパンを戴いて、私とケリーさんは小休憩の為に一旦おうちに戻ることになった。


「まぁ、アンナマリー……村の産婆さんから聞いたよ」

「ごめんね、お母さん。何もいわずに家を空けて」

「いいのよ」


 私はお母さんに謝った後、再びベッドに潜り込んだ。心地よい疲労感に包まれながら。赤ちゃん、可愛かったなぁ……。

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