6話 私の回復魔法(前編)

「アンナマリー! いつまで寝てる気!?」

「ふぁっ!」


 朝、お母さんの怒る声で目が覚めた。ノロノロとベッドから身を起こし、寝間着から着替える。


「うう……寒い……エアコンが恋しい」


 もっと言うならこたつが恋しい。おこたにミカンと流しっぱなしのテレビをお供にごろごろしたい。家の中央にある暖炉だけが熱源なんだもの。そりゃ寒い。

 司祭夫妻が赴任した頃はまだ秋と言って良い季節だったが、秋は駆け足で通り過ぎ冬がやって来ていた。


「ほう……やっぱりね」


 着替えて外に出ると、小雪がちらついていた。そんな中で行う水くみはつらい。顔を洗う水くらいならみんな生活魔法でピッと出すけど、炊事洗濯の分まで出したらひっくり返ってしまう。農作業にも使うし、この田舎では井戸はバリバリの現役だった。


「よいしょっと」


 汲んだ水を水瓶に移す。瓶に移った自分をのぞき込んで、寝癖が無いかどうかチェックする。そろそろ自分の手鏡が欲しいなぁ。お給金が貯まったら絶対買おう。

 村にはちいさな商店がしかないので、時々来る行商人のおじさんが頼りだ。手鏡とあとリボンも欲しい。


「アンナマリー、朝食だよ」

「はぁい」


 農家のうちの朝はめちゃくちゃ早い。お父さんとお母さんはもうとっくに起きている。冬場は農作業は無いからゆっくりすればいいのに、とも思うがそうすると私は確実に遅刻する。スープとパンをさっとお腹に納めると、職場へと出勤した。


「おはようございます!」

「やぁ、おはよう」


 司祭館につくと夫妻は朝食の真っ最中だった。ケリーさんが厨房でお湯を沸かしている。


「おはようチビちゃん。お茶を淹れるけど、飲むかい?」

「あ……はい。いただきます」


 ほかほかと湯気を立てるお茶が目の前に出された。ふうふうと冷ましながら戴くと、寒さで固まっていた筋肉がほぐれる感じがする。毎回意気込んで出勤するんだけど、こうやって仕事前にのほほんとしちゃうのよね。


「ははは、お鼻が真っ赤ですよ」

「むぐっ」


 あたたかいお茶にほっこりしていると、ジェラルド神父に鼻をつままれた。ち、近い。禁止! イケメンが急に近づくの禁止! ……にしても完全に子供扱いだ。子供なんだけど。


「おやぁ、旦那様。レディにそんな事をしてはいけないですよ」

「ケリー、さっきチビちゃんと呼んでいたけど、アンナマリーはレディなのかい?」

「チビちゃんでもレディです。さ、片づかないからさっさと食べてくださいな」


 ケリーさんが助け船を出してくれた。さすが年季の入った乙女だ。奥様はにこにこ眺めているだけだ。


「さ、今日も洗い物からだからね」

「はぁい」


 口は達者だが、高齢のケリーさんはよろよろと皿を持つ。ああ、ちょっと怖い。


「あ、あたしやります」

「そうかい、じゃあ……」


 と差し出した皿を受け取ろうとして、手が滑った。パリン、と音を立ててお皿が割れた。ああ! 失敗した。


「ごめんなさい!」

「あら、大丈夫よ。気にしないでアンナマリー」


 奥様はそう言ったし、使っていたのは特に高そうでも無い普通のお皿だけどそういう問題じゃ無い。余計な仕事を増やしてしまった。


「気にします!」

「危ないから、下がってな。チビちゃん」


 ケリーさんがそう言って、割れたかけらを拾い集める。あーあ、朝から失敗してしまった……。


「……っ」


 がっくりと肩を落としていると、ケリーさんが小さな声を上げた。


「ケリーさん?」

「やっちまったぁ。あたしも耄碌したねぇ」


 片手を手で押さえている。その隙間からどんどん血が溢れてきていた。


「わぁっ、ひどい」

「これくらいなら少ししたら止まるさ」


 顔をしかめながら、ケリーさんはそういうけど顔色が悪い。痛みもかなりあるようだ。


「ケリー、無理はいけないよ。アンナマリー、薬を取ってきてくれないか」

「いいえ、いらないです」

「へ?」

「忘れたんですか? 私の『癒やしの手』の事」


 私は血まみれのケリーさんの手を取ると、魔力を流した。すぐに傷が塞がっていくのを感じる。


「さ、これで手を洗えば大丈夫ですよ」

「ありがとう……アンナマリー」


 ごめんなさい、私のせいで怪我をさせてしまって。ちょっとだけ額に浮かんだ汗を拭うと、こちらを見ているジェラルド司祭様とモニカ奥様と目があった。


「お騒がせいたしました。お皿も割ってしまってごめんなさい」

「いや……皿は良いんだが……」

「アンナマリー、いつもあんな感じなの?」

「いえ、いつもはもうちょっと気をつけてます」

「そうじゃなくて!」


 唐突に奥様が大きな声を出した。ああ、ごめんなさい。ごめんなさい。ポンコツでそそっかしいのは元からです。死んでも治らなかったみたいです。


「……違うのよ。あなたの回復魔法の方。いつもあんなやり方なの?」

「ええ、そうです」

「『無詠唱』、か」

「ええ、触媒も使わなかったわ……信じられない……」


 そうです、と答えた途端に小さな低い声で急に話し始めた二人。え? 私何か変な事した?


「アンナマリー。知らないようだから教えてあげるわね」

「なんでしょう」

「普通は回復魔法を使うには呪文や魔力を通りやすくする触媒を使うの」

「えっ」

「それを使わないで回復魔法を使うのは……」


 そこまで言うとモニカ奥様はひとつ咳払いをした。


「この国では『聖女』と呼ばれるわ」


 ……『聖女』? なんだか大げさな呼び名なんですけど。へ? どういう事?


「これがあなたの回復魔法の使い方だとしたら。アンナマリー、あなたは国中で探した『聖女』という事になるわ」


 探してた? 国中で? ええ? ぽかんとただ口を開けている私を見て、ジェラルド司祭様とモニカ奥様はため息を漏らした。


「まさかこんな時にこんなところで見つかるなんて……」

「しかもこんな子供だとは……」


 いやー! なんか深刻な空気が漂いだしたんですけど! 私はただお仕事しに来ただけなのに!

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