5話 モニカ奥様は花の如し(後編)

「さあ、どの便せんを使おうかしら。アンナマリーはどれが好き?」

「ええ? えーとこの小花の押しのある便せんが素敵だと思います」

「結構渋好みなのね。まだ小さいのに」

「お手紙を出すんですか?」


 奥様が二階から運んできたのは様々な便せんだった。流線模様に、薔薇や百合の花が印刷されているものと様々だ。


「ええ、村の方々にお茶会の招待状を……」

「それは……必要ないんじゃないでしょうか」

「そうなの?」

「ええ、礼拝の終わりに声をかければ、参加したい人は残るかと」

「そうなの……」


 お手紙が出せなくなった奥様は至極残念そうだ。私が気に入ったと言った便せんをひらひらとさせながら口をとがらしている。


「お友達に書けば良いのでは?」

「そうなのよねぇ……」


 遠い目をする奥様。奥様には手紙をだす友人は居ないのだろうか……。それにしては沢山の便せんだ。


「この便せん、随分沢山ありますね」

「ええ、遠征の途中に立ち寄った街でよく買っていたの」

「……遠征?」


 突然出てきた単語に首を傾げる。


「そうよ。私達夫婦は魔術師と薬師として従軍していたの。知らなかった?」

「それは、ご苦労……さま……でした?」


 先の戦争に奥様も参戦していただなんて。びっくりしてよく分からない反応になってしまった。


「本当にね。ようやく落ち着いた生活が出来る様になったわよ」

「奥様方のおかげで私達は平和に生活出来ています。ありがとうございます」

「こちらこそ。国内が豊かにあってはじめて国がなりたつのよ」


 ふふふ、と微笑みながらソファに座る奥様はどこか遠くを見ていた。


「あの! お茶会に出すお菓子を考えましょう。私、お菓子作りは得意なんです」

「そうね、そうしましょう」


 悲しげな雰囲気を湛えている奥様の気をそらそうと私は大声を出した。それに微笑む奥様。あからさま過ぎただろうか。


「リンゴのパイなんてどうです? この辺はリンゴが特産なんです」

「そうね……それなら良いものがあるわ! アンナマリー、こっちに来て」


 跳ね上がるように奥様はソファから身を起こした。あわわ、臨月なのに。そうして私を厨房まで引っ張ってくると薬草の棚を開けた。


「えーとこれこれ、これがリンゴに合いそうなのよね」

「これ……シナモンですか」


 嗅いだ事のある香りに思わずつぶやくと、奥様がびっくりしたような顔をしてこっちを見た。


「あら、知っているの?」

「え!? あっ、あのちょっとそうかなーって」


 危ない。こっちではスパイスの類いって日常的にそう多種多様に見るものでもないのよね。適当に口を濁しながら、シナモン味のアップルパイへの期待が高まっていく。シナモンが無いせいでどーも一味足りなかったのよね。


「ではこれを使ってパイを作りましょう。アンナマリー」

「はい奥様!」

「で、これは抗酸化作用があるの。これも覚えておいてね」

「……はい奥様」


 うへぇ。奥様はあれこれすべて薬草学の勉強に繋げるつもりらしい。




 そして数日後、安息日に村人たちが続々と教会へやってくる。讃美歌とお祈りをささげた後、司祭様の説法が始まる。新しい司祭様が来てから人が……特に若い娘の礼拝の出席が増えた。現金なものだ、とも思うけどこの片田舎の退屈な毎日を思うとそれも仕方ないのかな。


「それでは皆さん、本日はこの後我が家にて茶話会の準備をしております。よければいらしてください。お菓子もありますよ」


 どよっと会場がざわめいた。母親の顔色を見る子、リボンが歪んでいないか確かめる子……。


「それでは皆さん、また来週お会いしましょう。神のご加護のあらん事を」

「神のご加護のあらん事を」


 そう言ってジェラルド司祭は礼拝服の裾を翻して奥にひっこんだ。演題の裏手でそれを覗いていた私をみつけた司祭様はニコッと笑う。


「やぁ、みんな来てくれるみたいだね。お菓子があるっていうのもちゃんと言ったよ!」

「それは結構ですね……」


 違うと思う。みんなお菓子に釣られたんじゃなくて、司祭様目当てなんだと思う。モニカ奥様もジェラルド司祭もどうしてこんな鈍いんだろう。本当にこれで戦争を生き抜いて来たのかしら?


「お茶のお替りは要りますか? パイは皆さんいただきました?」


 結局あまりに沢山の人が来たので立食になってしまった茶話会。その中央で大輪の薔薇のような笑顔を浮かべているのはモニカ奥様とジェラルド司祭だ。ジェラルド司祭の周りには女の子達が輪を作っている。


「アンナマリ―、こちらの……マリアさんにお茶を」

「はい、奥様」


 あまりの人の多さに私もケリーさんもてんてこ舞いだ。前の司祭様の感覚で説法終わりに声をかければいいと言ったけど、とんだ間違いだった。やっぱり奥様の言う通り招待状が必要だったのかもしれない。余計な事を言ってしまった。


「このパイ美味しいねぇ……うちのと全然違う」

「隠し味を使っているんですよ。そこのアンナマリ―に作り方を教えていますので」

「そうかい、アンナ。何を使っているんだい」

「南の国の香木の樹皮です。この辺じゃなかなか手に入らないですよ」

「おやおや……そんな貴重なものを」


 関心したようにマリアおばさんは唸った。ふっふっふ、見たか聞いたかクソババア。


「奥様が皆さんのおもてなしに是非にと」

「はぁぁぁ。ずいぶん若い人が来て心配だったけれど……」


 ジェラルド司祭の整いすぎている顔面と若さに一番ぶつくさ言っていたのがこの人だ。いくら妻帯者だからと言っても村の娘をたぶらかすんじゃないかとかあることないこと。


「奥様も司祭様も本当に良くしてくれます。中には手伝いの子供をぶったりする家もあると聞きますが、とっても優しくて私はここで働けて幸せです」


 ダメ押しでマリアおばさんに私は援護射撃をした。どうだ、うちの奥様と旦那様は立派だろう。……って主張しすぎて他の女の子たちから矢のような視線が飛んできた。うーん、やりすぎた。視線が痛い。

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