第3話 すれ違い


 最近のセルは家に居ることが少ない。師匠悲しい!まぁ、好きな子と一緒にいたいと思うのは青春で良いけどね!

 そういえば、あの例の時計買えたのかな?しっかり者のセルなら貯金して買えたと思うんだよね。

 あぁ、愛しい子が手から離れていくって、こんなに辛いことだったなんて……!

「只今戻りました」

 はっ!?この声は!!瞬時に彼の元へ!人ってこんなに速く動けるんだね。

 帰ってきたマイエンジェルの肩にしがみつく。

「お帰りセル!時計は!?彼女は!?」

「時計……?彼…女……?何言ってるんですか、師匠」

 流石セル、不意討ちで躊躇っていても可愛い!しかも、驚きすぎて僕と目が合ってるなんて!

「恋人なんてそもそも居ませんし、時計って何です?」

 少しずつ冷静になるセルに対して、興奮が収まらない僕。

「この前アンティークとか売ってる店に入ったでしょ!そこの時計!!」

 思い当たったのか咄嗟に目をそらされた。

「……み、見てたんですか?何か可笑しいと思ってましたが、府に落ちました。」

「な、何が?」

 次はこっちが焦る番に。

「お小遣いがいきなり増えたり、恋愛話したり」

 ゔっ……。やはりバレていたようです。御見逸れしました、セル様。

「………はぁ、師匠には敵いません」

「ふぇ、何が?」

 変な声が出てしまった。だって、僕から見たらセルの方が敵わないもん。

「隠していても、師匠にはいつかバレてしまいそうなので、先にネタバレします。もう少し後にしておこうと思ったんですけど……」

 セルの声のトーンが低くなった。此処まできて、彼女!?とはふざけても言えない。

 初めてかもしれない。こんなにセルと対等に話したのは。

「……師匠。僕は……」

 静かな空間で響くセルの声が遠く感じる。

「僕は…………、師匠のことが憎いです……!」

 セルの声は僕の耳から耳へ通り過ぎる。

「憎くて憎くて、僕はどうしたらいいかわかりません!」

「…………」

 なんて答えていいか分からない。

 涙をぼろぼろ落としたセルに。

「こんなに、憎……くて…、ししょう…として……、駄目な、ところが、多いのに、………キライになれなくて………」

ふらっ、と僕の身体が動く。

「僕の……、両親を殺した、憎い敵、のはずなのに……!!」

 ピクッと足が止まる。


 ──両親を殺した憎い敵──


 その単語に覚えはある。

「……殺…した………にくい……かたき………」

「覚えが、ないとは、言わせません」

 だんだん涙が渇れ果てる。

「僕が、まだ、小さい頃。貴方は突然の嵐を僕達の小さな空間にもたらした」

「…………うん。僕が、やった……」

 そうか、セルのかぞくだったんだ……。

「なぜ、僕達の家族を……?」

 なんでだっけ…?頭が働かない。あぁ、そうだ。

「……あれは……」

 僕が喋るより早くセルの手が僕の口を塞いだ。

「………っ、……もう、いいです!聞きたくないです!もう……、いいんです………」

 またセルが涙を流す。

「…もう、これ以上、聞きたくない………」

 あぁ、セルは優しい。憎い相手を殺せる距離なのに。殺した理由が聞けるのに。

「もう、これ以上好きな人を傷つけさせたくない!!」

 どん、と床に倒される。

「貴方のことが、憎くて、嫌いで、殺したいくせに……!師匠のことをそれ以上に好きなんです……!僕は…、僕は……どうしたら……」

 僕の上で体が震え泣きじゃくる弟子を優しく抱いた。

「……やっぱり君は可愛い……」

 セルの耳元小さくで呟いた。

「僕を憎み続けるんだ、セル。君がそうしたように。だけど僕は君を愛し続ける。僕がそうしたように」

「……なんか、師匠だけ、ズルいです」

「僕は君の師匠だからいいの。わかった、セル?」

「…はい、師匠」

 そう言った弟子の顔は、見たことが無いくらいの笑顔だった。

「あ、師匠。これを。忘れてました」

 がさごそとポケットから出したのは、例の時計だった。

 今のうちにと思いセルごと起き上がる。ちょうど僕の足の上に座る形だが、セルはおとなしく座っている。

「師匠には秘密にプレゼントしようと思いましたが、今、あげます。師匠の瞳と同じ色なんですよ」

 時計を掲げて僕の目線まで持っていく。

 前に見た時より色が違う。付け足しのように、特注品なんです、と囁くセルの声が愛しい。成る程、合点がいった。

「ありがとう、セル。僕も今度何かあげるよ」

「要りませんよ、師匠。僕は十分貰ってます」

「え~。意地張らないで、何か欲しい物言ってみなよ。何でもいいよ」

「意地は張ってないです。でも、何でもいいと言うなら……」

 セルの顔が僕の顔に近づく。そして柔らかい唇が、そっ、と触れた。

 すぐに離れて顔を真っ赤に

「いただきました」



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