第13話 副編の吉野さんは怖い

「吉野さん、ちょっと時間ありますか?」

 17時、社内は営業先や取材から戻ってきた社員や外部のライターたちで賑やかになってきた中、会議を終えて戻ってきた吉野さんに声を掛けた。

 席に着いたばかりの吉野さんは僕を見て少しニヤッとしながら手招きした。間にひとつ席を置いた先の吉野さんのところに行き、足元にある丸いゴミ箱を椅子代わりにして座り、吉野さんの机に今日まとめた担当する頁のラフなどを置いた。

「遅くなりましたが、今回の特集を確認してもらおうと思いまして」

 吉野さんは会議資料を傍に置いて、こちらに向き直った。吉野さんの良いところはけっこうあるが、そのうちのひとつに、どんな話であってもひとまず手を止めてこっちの話を聞いてくれるところだと僕は常々思っている。どんなタイミングでも声を掛ければすぐに聞く態勢を整える―。ごく自然にできるところが凄いと思う。今ちょっと手が離せないから後でいいか、なんて台詞はこれまで聞いたことがないのだ。


「今回の特集のタイトルからですが…」

説明を始めると時々頷いたりしながら口を挟まずに聞いてくれる。話を遮らないのはいつものことで、一見冷めたような目でラフの上に視線を巡らせているが、頭はフル回転させているのだ。

 僕は特集の取り上げ方、タイトル、見出し、ページ構成、発注するライターさんやテキストのだいたいの文字数などの説明を終えると、吉野さんはちらっと視線を上げて僕を見た。さあ、これからが吉野さんのターンだ。

「大枠は良いかな。特集のタイトルはもうちょっと考えようか。もっとストレートでいいよ。例えば…」

 さらさらと僕の書いたタイトルの下に、赤ペンを走らせる。それを見て僕はむむっと唸ってしまった。

「今聞いた内容なら、こうした方が分かりやすいんじゃないかな」

 僕が散々悩んで決めた特集のタイトルより良いものが、いとも簡単に書かれていた。悔しいがこればっかりは敵わない。吉野さんが赤字で出したタイトルは、もう疑問の余地なく今回の僕の担当する特集のタイトルとして、完璧に収まって揺るぎなかった。

「まぁ、もうちょっと考えてみて良いのがあったら変えてみてね」

 やんわりと吉野さんは言うが、僕にはそれ以上のものはどうやっても考えつかないことは分かっていた。そこから、ページ構成、紹介する記事の文字数と内容、ライターさんへの注意点、締め切りなどについてひとつずつ細かくチェックが入る。とっちらかったものが、みるみるまとまっていき、完成した形が明確になっていくのを感じる。自分の中で整理できなかった部分や、問題点が解消されていく。悔しいとも思うし、凄いなと感心する吉野さんのチェックはその後、30分程で終了して僕の特集記事は晴れてゴーサインが出ることになった。18時前、僕との打ち合わせを切り上げた吉野さんは手早く身支度を整え、取材に出るために会社を後にした。

 吉野さんはバリバリでも、内田さんのようなサクサクでもなく、フワっと仕事を片付けていく。僕も経験を積めばあんな風に軽やかに仕事ができるようになるのだろうか?

 

 打ち合わせを終えた僕は、緊張のためか少しほてっていた。吉野さんは無自覚に怖い人だなと思った。


 

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