第12話 ひと休み 内田さんと雑談

「今ひと段落したとこだよ」

僕はひと伸びしながら答えた。後はラフを吉野さんに見せてゴーサインをもらえれば次の段階に進められる。

「今回はまだ内田さんにお願いできるのはないよ」

今後お願いすることかも、という含みを込めて言うとすぐに察してくれた内田さんは、

「私の方はもうちょっと経てば空くから、適当に声をかけてください」と請けあってくれた。それから彼女は少しだけ僕の方に近づきながら悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。

「そういえば昼、松岡さんに捕まってましたね」

ふいに、彼女から良い香りがした。香水のような人工的なものではなく、もっと自然な何か。香水とかそういうものにまったく詳しくないのでよく分からないけど、彼女が急に僕に触れてきたようでドキっとした。

「萬福にいましたよね?」

地下の中華料理店の名前のことだが、僕は地下中(ちかちゅう)と呼んでいた。

「あれ? 内田さんもいたの?」

「入ろうとしたとこでふたりがいたんで私は遠慮しました」

そうだろう、彼女が入ってきたらどうしたって目立ってしょうがない。大袈裟でなく男湯に突然入ってくる美女、のような有り得ないインパクトはあるのだ。

「ほんとに?松岡に無理やり連れて行かれたとこで、僕としては内田さんが来てくれたら助かったんだけどな」

「また。困ってるようには見えませんでしたよ」笑いながら手をひらひらさせて僕の意見を否定する。

「いや、実際、困ってご飯に集中できなかったんだよね」内田さんの噂話と、それを確かめて欲しいと遠回しに迫られていたと知ったら、内田さんはどう思うだろう?

「ていうか、昨日もあそこに行ったのにまた?」

地下中をこよなく愛しているとはいえ少し呆れる。

「あそこはボロボロの店だけど美味しいし、ちゃんと丁寧に作ってる感じがいいんですよ。麻婆豆腐は特別美味しいし、そもそもコンビニのご飯だと飽きちゃいますしね」

「でも、あそこはおっさんばっかりだけど、それは気にならないの?」

僕はいつも思っていた疑問をぶつけてみた。

「単純にあそこの麻婆豆腐が好きなだけですが?」

はは、おじさんたちは全く眼中なしだ。さすが内田さん、クールだなと僕は思った。


 電話が鳴っているのに気づいた内田さんは素早く自分の席に戻っていった。それから話をする機会はなく、僕は自分の仕事を片付けにかかった。今日は遅くなりそうだった。

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