甥と私と、それから彼と(クリスマスif)

 私の目に映るのは暖かな火が燃える大きな暖炉。歳月を経た家具は磨かれ、重厚な威厳の中にも確かに愛用された趣を残しています。

 天鵞絨びろうどのカーテンが端に寄せられた客間の格子の窓、その向こうには積もった雪が夕日に照らされて静かに煌めき、小ぶりな水仙がたっぷりと生けられた花瓶からは芳しい香り。テーブルには心尽くしのお茶の支度。

 ……なんて素敵なんでしょう。ええ、まるで夢のようです。


 そう、ここが、王都のホーソーンさまのお屋敷でなければ。


 最初にホーソーンさまに連れられてこちらに参りましたのは、春の頃でした。

 お義兄さまとホーソーンさまご兄弟のお父さま……アッシュのお祖父様にあたり、つい先ごろ家督をホーソーンさまに譲った先代さまからは、亡き義兄夫婦に対して正式に謝罪を頂戴しました。

 さらに、騎士になりたいのならその後押しをする、後継は考えなくていいとのお言葉とともにアッシュをご自分の孫として認知まで。

 天に召されるまでの短い間、ただの一人の祖父としていさせてほしいだなんて、あの枯れ木のような腕で手を握られて否やなど言えるわけがございません。

 確かにアッシュと会っている時の先代さまはお顔色もよいようでしたので、医師の勧めもあり、その後も度々、王都のお屋敷を訪問するようになりました。


 そのまま夏が過ぎ、秋が来て。アッシュを連れてお見舞いに通う時間は次第に長くなり、寝ているのもお辛そうだった先代さまは、やがて車椅子にも乗れるくらいになられました。

 今日のように、腕を伸ばしたアッシュが車椅子を押し、屋敷内や温室を楽しげに廻る姿を微笑ましく眺めることも多くなったのです。

 アッシュとの時間のおかげでどんどん快復なさる先代さまのご様子に、もう少し、あと少し、と屋敷の方々やホーソーンさまに滞在を請われて、王都で過ごす時間は長くなる一方。

 こちらに居てもお針の仕事は変わらずにミセス・ローリエが取り次いでくださっていますし、留守にしている町の家もホーソーンさまのご指示で時折手入れもされており問題ありません。

 アッシュのお友達のケインのリンデン家は元々王都に屋敷があり、相変わらず行き来させていただいて、不満も心配もないと言えばないのですが――でも。

 今回だって、紅葉の頃に参りましたのに今はもう、クリスマス。いい加減にお暇しませんと、あまりにも長い滞在は非常識ですわ。

 帰ろうとした時に限って体調を崩されてしまう先代さまも、この頃はお加減もよさそうですしそろそろ、とローズマリーとも話しているのですが……あら、ウッズさん、それに皆さん。ええ、どうぞ、お入りになって。

 ああ、クリスマスの飾りね。もちろんどうぞ。でも、このままでも十分いいお部屋でしてよ。え、あら……まあ、そう言われてしまうと。ふふ、アッシュも喜びますわ。ええ、お任せします。


 それは宿り木ね。ええ、もちろんこのお屋敷のどこに付けられるのも私の許可など。私はアッシュのおまけですもの。

 本当に、こんなに長くお世話になってしまって。でも、私だけでもそろそろ町に帰り……え、どちらかと言えば緑の方が。ええ、右のほうのが合うと思いますわ。こちらも?  そうね、アッシュは青いほうがいいかしら。でもこの子馬の柄も好きそうね、迷ってしまうわ。

 はい、まあ、玄関ホールのあの大きなモミの木に飾りが。今? 私は大丈夫ですけれど、でも。あら、ショールまで用意してくださったの? ……そんなにお勧めされたら、早速見たくなってしまいますわね。ありがとうございます、参りますわ。

 ――ねえ、ウッズさん。毎年このようにたくさんクリスマスの飾り付けを? あら、やっぱり。アッシュは好かれていますわね、嬉しいですわ。

 まあ、そんなに長いことお祝いをやっていらっしゃらなかったの。ご馳走も? それはお屋敷の皆さまも寂しかったことでしょうね。ああ、私の作るものなんて田舎料理ですわ。それはまあ、お義兄さまも美味しいって仰ってくださいましたけど。

 あの、ウッズさん。宿り木があちこちに見えるのだけど、ちょっと多すぎやしないかしら……あら。そうなの、そんなお二人が。それでお屋敷の皆さんで二人の仲を進展させようと?

 ――なるほど、そうねえ。それは、やきもきしちゃうわね。ううん、話を聞く限りでは、もうちょっと男性の方が頑張らないとダメかしら。だってちっとも伝わっていないのでしょう?

 そうね、このたくさんの宿り木がきっかけになればいいわね。だって、ウッズさんたちがたまらずに後押ししたくなるくらいお似合いのお二人なのでしょう? 

 ね、私も応援してあげたいわ、こっそり教えてくださらない、キッチンのマーサとベン? それともティナとトッド、 違って?

 もう、笑ってごまかすなんて意地悪ね。ええ、お髭に隠しきれていませんわよ。


 まあ、本当に立派……素晴らしいわ。あ、これはアッシュと作ったクッキーね。飾ってくださって嬉しいわ。夜になったらあの蝋燭に火を灯すの、それは素敵でしょうね。

  あら、こんなとこにも宿り木が。本当にあちこちに用意したのねえ。ええ、これだけあれば、絶対にどこかで一緒になるわね。でも逆に照れちゃってお部屋から出てこなかったら……まあ、そんなところまで用意周到。実は楽しんでるでしょう、ウッズさん?

 今、点けてくださるの。ああ、思った通り、とても綺麗。

 ――ウッズさん、呼ばれていましてよ。ええ、一人で大丈夫。せっかくですし私はこちらのソファーに掛けてもう暫く眺めていますわ。

 本当に綺麗……歌は、お姉さまとお義兄さまに届くかしら。


 そうだわ、アッシュにも見せてあげ……っ、ホーソーンさま、いつお戻りに? 驚かせないでくださいませ。あら、そんな。確かに見惚れていましたけれど、耳は閉じておりませんわ。そんなに笑わなくっても、だって、本当に驚いたのですもの、仕方ないじゃありませんか。

 っ、まあ、聞こえていらしたの? 聖歌隊にいたのだって子どもの頃の話ですわ。もう、お忘れ下さいまし。

 ……ふふ、そうですわね、はい。「おかえりなさいませ」ホーソーンさま。


 え、上? 

 ……宿り木、ですわね……。

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