20
優花は軽やかな身のこなしを見せ、あっという間に川崎を突き飛ばし、升田を奪い取った。優花はすぐに背後から升田を掴み、首筋にアジ切り包丁を突き付けた。
「優花……ちゃん」
「動かないで! 動いたら殺すわよ!」
川崎と栗本は低めに身構える。
「なんでアンタが……」
「彼が…彼が円に付き纏っているからよ!」
「まっ…待てよ。それじゃ全然……」
「アタシは彼が好きなの! なのに円、円って…だから彼を振り向かせる為に、彼の邪魔になる人間を殺してきたのよ!」
優花の目はいつもの優しそうな小柄な眼鏡っ娘の目ではない。ギラついた殺人鬼の邪悪な瞳。
「一人目のババアは、ただひたすらにどうでもいいクレームを付けてくる質の悪いクレーマー。こんな奴は死んで当然。二人目のオッサンは、これも円にストーカーまがいの行為をしていた。そうなると升田くんは余計に円を守ろうとする。だからアタシはあの男を殺した。愉快犯の仕業に仕向ける為に、わざわざ家で捌いた魚と手製のハンコを持ってね」
「なら……だったらアタシを殺せばよかったじゃない……!」
山浦と共に出てきた円が潤んだ瞳で優花に言った。
「いけない、鹿原さん! 先輩! なんで連れてきたんスか?」
「いや、連れて行けって本人が……」
優花は言う。
「アンタを殺してしまったら、きっと彼はアンタを追って自殺するでしょうね。それじゃ意味がないのよ」
「アンタさぁ、黙って聞いてれば……」
柳下は升田を指差して言った。
「こんな女々しい筋肉バカのどこがいいんだ?顔も見てみろ、鬼瓦にしか見えないぜ?どうせこいつには公務執行妨害がついてムショ行きになる。もうちっと考えなよ」
「黙れ! 彼を殺してアタシも!」
「川崎、今だぜ」
川崎は優花がアジ切り包丁を振り上げた手を掴むと、関節を極めてそれを落とした。すぐに手錠をかける。
「……あぁ」
「恋は盲目っちゃ、よく言ったもんだな」
柳下は言うと、栗本と川崎に命じて二人を連行した。山浦のもとに近付いた柳下は円に言った。
「ご協力、感謝します。因みにこいつに変な事、されませんでしたか?」
「えぇ、大丈夫です。実は、アタシ……」
山浦はにやりと笑って自分の腹を擦った。
「初めて暴飲暴食をしていた自分を褒めたいっす」
「……っざけんなよ。山浦、あとで反省会な。円さん、アンタもだよ」
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