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 急遽「スーパーやる気湧かないから、今日はクリと山浦で捜査に行け」と一言言い放ち、早々と早退してしまった柳下に取り残されるように、栗本と山浦は二人ぶつくさと文句を言いながら、また市役所の正面玄関を潜る。

 山浦は何となく、ゾーンに入ったのだろうと内心思っていたが、一方の栗本は柳下の行動の意味がさっぱり理解できない。一日不機嫌なままだ。


「早退っつっても、あの人にとっちゃ難事件は趣味の一環だから」


 山浦は言った。市役所に入ると、また再び円と目が合った。山浦は少し頬を綻ばせながら小さく頭を下げた。


「おっ、すっげぇ美人だよな」

「山浦さん、彼女関係者ですよ?」

「あんな美人が殺人犯なわけねぇって。さて、聞き込みだ」


 円に手帳を見せると、山浦は自分で一番ニヒルであろうと自負する表情で話しかけた。


「お話、よろしいですか?」

「彼女に何か御用ですか?」


 不機嫌な顔をした升田が二人に言った。


「彼女は事件とは全く関係ありませんよ」

「いや、疑ってるわけじゃないんですよ?彼女に数点お話を……」

「先日、そこの若い刑事さんと、痩せた髭の刑事さんにはお話しましたよ」


 升田は警戒心丸出しだ。彼がいる限り円に話を訊くことはなかなか難しそうだ。山浦はちっと舌打ちをした。


「くどいようですが、犯人は捕まったんでしょう?現に事件はもう起きていないじゃありませんか?」

「升田さん、あの小料理屋に行ったことはありますか?」


 山浦がいきなり訊いた。戸惑いながら升田は言う。


「えぇ、まぁ付き合いで」

「あの大将が人殺しなんて……?」

「そんなの知りませんよ。人なんて分かりませんから」

「升田さん……ちょっとすいません」


 升田に声をかけたのは、眼鏡っ娘の優花だ。升田の態度を見兼ねてだろうか、いいタイミングだ。升田を呼んで円を一人にした。円のほうも少しほっとしたようだ。


「すみません、升田くんが」

「いえいえ、刑事ってもんはあまり好かれませんからね?しかし僕は貴方には……」

「あの、鹿原さんはあの小料理屋には?」


 山浦の甘い言葉を遮るように栗本が円に訊いた。円はこくりと頷くと言った。


「以前一度だけ。あたしや優花ちゃんみたいな呑めない人でも大将も奥さんも優しくて」

「でしょ?」


 山浦は言った。


「あたしも、信じられないんですよ。あの大将が……」


 話をしている矢先に栗本のスマホが鳴動した。柳下からのようである。画面を見た栗本は思わず眉間に皺を寄せた。


「鹿原さん」

「はい?」

「明日、署までご同行戴きたい」


 中に聞こえるように栗本は言った。

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