15
山浦と川崎は言い様のないような沈んだ気持ちに襲われていた。先日訪れた小料理屋【源さん】の前には心無い貼り紙が貼られている。山浦がそれを憎々しげに剥がすと、暫く休業しますという貼り紙が貼られた扉を開いた。
中はがらんどうのように暗く淀んでいる。三和土に座ってぼんやりとしている郁子を見ると、二人は近付いていった。郁子はまるで感情のないような目線を向ける。
「今回は……」
「あたしもね、初めはひょっとしたらなんて思ってたんですよ」
力なく笑う郁子。山浦と川崎は直立で郁子の話を聞いている。
「確かに、あの人、怒りっぽかったり、考えなしな所はあるんです。でもね、人様の命を奪うなんて絶対にできないって、あたしは解るんです。なのに、なんであたしが信じてあげられなかったか、それが悔しくて……」
「あの、奥さん……」
山浦はポケットに入ったメモをちらりと見て郁子に言った。
「大将は、占部さんと面識は……」
「ありませんよ。何度も言いました」
「ちょっと、大将の作ったハンコを見せて貰えませんか?」
抽斗に入ったハンコを取り出す郁子。木を切り出して作った手製のハンコは無骨な円筒形をしている。判の部分も木だ。
「これ、大将は最後にいつ手直しされました?」
「たしか……逮捕される前日に、さんずいの部分がささくれてきたからって、そこを削って……」
「間違いありません?」
「え、えぇ……」
「分かりました。すいません奥さん、ちょっと……」
山浦はスマホを取り出し、柳下に連絡をした。受話口からはやけにくぐもった感じの音がする。間違いない、戦っているのだ。
通話を終えると、山浦はスマホをポケットに入れ、郁子を見て言った。
「奥さん、大将は無実です。必ず真犯人はいますから、皆で信じましょう。それと、また貼り紙が貼られたら教えて下さい。うちの県代表がすぐに向かいますから」
「先輩、県代表って……」
「お前、レスリングのフリースタイル県代表だったろ?」
「ひどいっす先輩……」
郁子は泣き笑いの顔になった。小さくありがとうございましたと呟く。山浦は貰い泣きしそうになるのを唇を噛んで堪えた。
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