12
その日は、予報外れの強い雨が市内を襲った。海は時化ている。釣り人一人もいない、別の意味で騒がしい一日。
呑気にゴルフのスイングの練習をしている西川が四人の姿を見つけると、ちまちまと小走りで近付いてきた。何か話したいときの雰囲気がある。
「お疲れ様、あの板前の源さん、捕まっちゃったよぉ」
栗本ははぁ、と一言告げる。聞きたい?聞きたい?と顔を近付けてくる西川。勿体振るように西川は話し出した。
「文字通り、板前の源さんだって。ほら、小料理屋の【源さん】あるじゃない?」
「はっ? 誰かパクったんだよ?」
西川に詰め寄るようにして柳下が訊いた。目線に鬼気迫るものがある。西川はたじろぎながら言った。
「ふっ……
柳下はちっ、と舌打ちをした。センスの良くない花柄のネクタイをした気障ったい色付き眼鏡のボンボンの顔がちらつく。
「よく調べたのか?」
「だっ、だってあのハンコ、間違いないじゃない? どうしたんスか?柳下さん」
「帳場は?」
「もう解散しちゃいましたよぉ、なんか怖いっすよ、柳下さん」
西川に言っても仕方がない。あの鼻高々になっているであろうへなちょこパーマのボンボンを殴りたい気持ちで柳下はいっぱいになった。
「柳下さん……」
「大将が犯人なんて、ありえねぇよ」
栗本は柳下を見て訊いた。
「何でですか?」
「よく調べりゃわかんだろうが。おい、お前ら手、空いてるか?」
山浦は言った。
「ガラ空きっす。なぁ?川崎」
「えっす。いけます」
―一方、取調室には、憮然とした表情の源治と、やたらとえへんえへんと咳込む藤巻の二人がいた。
「貴方がやったんでしょう?」
「しつけぇなアンタも。俺はやってねぇっつの」
「動機は充分ですよ。それに、これ」
差し出されたのは源と一文字書かれたハンコ。現場に残された紙切れに圧されているハンコだ。
「馬鹿らしい、偽物に決まってらぁ。第一何が【板前の源さん】だ。板前にとっちゃ包丁は手前ぇの命の次に大事なもんさ。それで人様の命を奪ろうなんてなぁ」
「ほぉ、どうして凶器が包丁だなんて解ったんです?」
「え? 違うのかい?」
「それは犯人しか知り得ない証拠では?」
「下らねぇ、兎に角、俺はやってねぇ」
腕組みをする源治に、藤巻は言った。
「まぁ、虚勢を張れるのも今のうちですから」
藤巻はまた咳込みながら取調室を出て行った。
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