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「あんた、この人……」


 店の片付けが終わって、手酌で熱燗をちびちびやっている源治に、妻の郁子がテレビを指差しながら言った。

 先日、源治と口論をした中年の男が殺害された事件をやっている。源治はちらりとテレビに目を向けると、お猪口に残った燗酒を飲み干した。


「あぁ、なんか見たことのある野郎かと思えば……」


 源治の反応はやや冷ややかなものだった。目線を少しもずらさず画面を見ているが、その目には感情がなさそうだ。


「あんた……」

「言いたいこたぁわかってらぁ、俺は何年お前と連れ合ってると思う?」


 郁子を見る瞳が、少しだけ哀しみを帯びているようだ。

―いけない、この人を信じてあげなきゃ

 少しでも疑念を抱いた自分を恥じるように、郁子はそっと立ち上がった。


「あんた、おやすみよ」

「あぁ、明日の仕込みもあるからな。ちょっとじっくり呑ませてくんねぇか?明日、起こしてくれ」


 源治の手が少しだけ震えているように郁子は感じた。


 翌日の夜。小料理屋【源さん】に四人の刑事がやって来た。小肥りの色白の男、髪の量が多い若い男、目が離れた筋肉質の男。そして、客として何度か来たことのある刑事。ガリガリに痩せた髭面の刑事。

 髭面の刑事、柳下が源治に向かって手を上げた。源治は前掛けで手を拭いて頭を下げた。


「へい、何にしましょ」

「大将、そんな畏まらないでくださいよ。俺ら、ただ呑みに来ただけなんスから」

「はぁ……」

「あっついですね。とりあえずビールくださいよ」


 小肥りの刑事、山浦が言う。郁子が訝しげに瓶ビールとグラスを取りに来た。そっとテーブルに付くと、人数ぶんのグラスを並べた。


「自分、ビール呑めないっす」

「川崎よ、とりあえず口つけるだけでいいからさ」


 柳下は全員のグラスにビールを注ぐ。グラスを手に取って目の高さに上げると、全員のグラスと打ち合わせる。


「お客さん、最近は物騒になったもんですなぁ」


 源治は言う。柳下は前のめりになって源治に訊いた。


「ホントですよ、で、そういやこないだここに来たらしいお客さんが亡くなったみたいなんですが、その方とはお知り合いだったんで?」

「旦那ぁ、意地悪な事訊きなさんなって。確かにあのお客とは悶着ありましたが、あの客は一見さんですぜ?」

「そうでしたか、わかりました。いやいや、気にしないでください」


 この柳下という刑事、風貌からして嫌な予感がする。郁子はごくりと唾を飲む。


「あの……うちの…」

「おい栗本、この店は魚がスーパー美味いんだぜ?」

「柳下さん、ホントですか?」

「俺が言うから間違いねぇよ。とりあえずなめろうを四人前作って?」

「あいよ、兄ちゃん。うちのは何でも美味いから食べてきな」


 栗本は目を泳がせた。昨日、魚の切身を口に捩じ込まれた死体を見たばかりなのに……


「あい、なめろうだよ」

「騙されたと思って食べてみなって。スーパー美味いんだから!」


 山浦が食べて、うわっ、美味い!と感嘆の声をあげた。栗本も一口口に入れる。


「あっ、美味い」

「だろ?米にも合うし、ポン酒にもピッタリなんだよ」


 酒宴が終わると、柳下は領収書を切るように頼んだ。源治は領収書に手製のハンコを圧して柳下に渡した。

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