10
黄色のテープの向こう側に、大の字に体を開いて彼は倒れていた。場所は市内でもやばめの心霊スポットとして有名な廃ホテルのロビーだ。ガラスの破片や土埃で薄汚れたカーペットは彼の血液で赤黒く染まっている。
「ふざけてやがるな。何が【板前の源さん】だよ」
栗本は言った。もとい、その名前を付けたのは警察関係者なのだが……
柳下は合掌して被害者を見た。白髪混じりの髪。しょうゆ顔と言ってもいいような甘いマスク。胸元にはやはりあのハンコが圧してある紙に、三枚におろした魚。口に捩じ込まれた切身。
「被害者は
「この魚、今度は何だ?」
「アユじゃないでしょうか…?」
柳下は刺傷を眺める。頭をくしゃくしゃと掻いて、周りをぐるりと見渡す。
するとある一方に柳下は目線を合わせ、じっと眺めている。
「柳下さん?」
「やっぱ、気になる」
「何がですか?」
「これだよ、これ」
ハンコの圧された紙だ。赤黒く染まったハンコには、源の一文字。
「このハンコ、知ってるんだよな」
「え?柳下さんそれを何故…?」
「違和感しかねぇんだよ、違和感しか……」
第一発見者らしき青年が震えている。世間を騒がせている【板前の源さん】の犯行のせいだろうか。
柳下は立ち上がり、栗本に言った。
「山浦と川崎がじき来る。あとは任せた。俺はちょっと戦ってくる」
「え?」
「聞くな、察しろ」
柳下はお腹を押さえて廃ホテルから小走りで出て行った。知らないうちにその場にあったハンコの圧された紙がなくなっている。
栗本は柳下の言う通り二重に察した。
―難事件向きの体質、ねぇ……
栗本は死体になってしまった占部を見る。生前、若い頃はさぞモテたであろう甘いマスクをしている。薬指に嵌まった指輪が何故か気障ったく見えてしまう。
「ご苦労、クリ」
山浦と川崎が栗本のもとにやって来た。死体に慣れていない川崎が眉間に皺を寄せる。山浦が軽く川崎を小突くと、栗本に訊いた。
「班長は?」
「戦いに行ったよ」
「はぁん、なるほど、考え中ってことね。一人でじっくり」
来たばかりの川崎は軽く首を傾げて栗本に訊いた。
「どういう事?」
「聞くな、察しろ」
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