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そういえば、長崎に弓張岳という山があるな。と栗本は微かに思った。ファミレスにやって来た岳はやや不機嫌そうに二人の前に腰を降ろした。茶色に染めた髪を気怠そうに弄っている。
「お袋の事件のことですよね」
「ほう、話が早いですね」
「誰がやったのか、見当もつかないですか?」
「目下、鋭意捜査中としか……」
「あ、そう」
栗本は話す度に若干イラッとしている。実の母親が殺されたというのに、何という態度だろう。まるで……
「アンタがやったんじゃないだろうな?」
「ちょ、柳下さん!」
「おれが?刑事さん、冗談きついぜ。おれがC市に戻ったの、今さっきだぜ、今さっき」
「悪いな、警察って疑うのが仕事だから」
「誰かはわかんねぇけど、感謝してぇ気分さ」
「はぁ?」
岳はコーラをストローで啜ると、一息ついてから話しだした。
「あんなクレーマーのおばはん、母親だってのが恥ずかしい。だからおれはさっさとあんな家、出て行きたかったんだよ」
「え?クレーマー?お父さんからはそんな話は……」
「あいつは基本的にお袋のことにも、おれのことにも無関心なんだよ。自分さえよけりゃいい奴さ」
相当恨みを込めて吐き捨てるように岳は言った。
「何かお母さんに……?」
「自分の気に入らない事にはとことんクレームをつける。だからあれが誰かに恨まれてたって不思議はねぇよ」
「具体的に?」
「メシ食いに行けば、料理出るのが遅いだの、後から来た客に先に出しただの。恥ずかしいったらありゃしねぇ、友達からもそれで恥ずかしい思いをくさるほどさせられたよ」
柳下はBLTサンドを齧り、首を傾げながらあまり美味くなさそうに咀嚼する。
「なるほど、ところでアンタは魚を捌けるか?」
「は?」
「あ、ならいいや。包丁持った事なさそうだもんな」
「なんだそりゃ、アンタホントに刑事か?」
柳下はBLTサンドを片付けると、岳に吐き捨てるように言った。
「アンタのアリバイは分かってる。ちょうどあの日はライブハウスで歌ってたんだろ?」
「なんでそれを?」
「親父さんが、アンタが載っているインディーズの雑誌を持ってた。多分、ありゃ毎月買ってるよ」
「え?」
「事件があった日、取材が来たみたいだな。アンタのアリバイは成立だ。おい、行くぞ栗本」
柳下は伝票を掠め取る。何も言わずに背を向けて歩き出した栗本と柳下をじっと岳は見ていた。
栗本はファミレスの外で柳下に訊いた。
「柳下さん、あの雑誌で弓張岳のアリバイが…?」
「わかるわけねぇじゃん」
「え?」
「あんなのと話してたら、イラッとするだけだし、飽きてきたからさ」
「へっ?」
「それもだけどよ、あいつに魚の事を訊いたときだよ。ちっとも動揺しなかった。ありゃ素でわからないやつだよ」
栗本は肩を竦めた。そのすぐ後に、柳下のスマホが鳴動した。柳下はスマホを取り出すと、画面を見て言った。
「帰るぞ。作戦会議だ」
柳下には独特の言葉を使う。この作戦会議…柳下が絶大な信頼を寄せる、同じ難事件向きの体質を持つ男…
「鑑識課のハマさんですね?」
「お、わかってるな」
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