一方、ここはモノレール駅の高架下に店を構える小料理屋、その名も【源さん】。夫婦で切り盛りをしている小さな店だ。

 主人の小早川源治こばやかわげんじは、板前一筋の頑固一徹の男だ。かと言って無愛想な訳ではない。人当たりのいい笑顔の気前のいい、べらんめえ口調の職人肌の親父さん。そんないい意味で粗野な主人を陰でコントロールするしっかり者の奥さんという感じなのが、妻の郁子いくこである。

 季節によって料理を変えるのが源治のこだわりだ。よってこの夏は質のいいカンパチやアジ、スズキといった魚を捌いて出す一品料理が人気である。


「へい、いらっしゃい」

「お、おやっさん。今日は何がある?」


 常連のサラリーマン、原口はらぐちが訊いた。しょっちゅう仕事帰りに寄っては一杯やって帰るのが彼の楽しみだ。


「今日はいいアナゴが入ったんだよ。美味いよ!蒲焼きでも作ろうか?」

「お、いいねぇ、あ、お母さん、冷くれるかな?」


 郁子が用意していたかのように小振りのガラス瓶とぐい呑みを原口の前に差し出す。カウンターの向こうで手際よくアナゴを捌く源治。

 後ろをくるりと振り向くと、ニュース番組をやっていた。地域版のニュースは連日、市内で起きた風変わりな連続殺人事件の話題ばかりだ。


「物騒になったもんだねぇ」

「ホントだよ。やめてほしいねぇ」

「しかも知ってるかいおやっさん。刺されたホトケさんの脇には魚を捌いて置いてあんだって話だぜ?」


 源治は小馬鹿にしたようにハンっと鼻で笑う。話をしながらもアナゴに串を打ち、甘辛く仕上げたタレを塗って焼く。


「なんだそりゃ、するってぇと犯人は板前ってわけかい?」

「んな訳はないでしょ?」

「だよなぁ、板前ってもんはな、手前ぇの相棒みたいな包丁で人様を殺めるなんてこたぁ絶対しねぇもんさ。素人の仕業に決まってらぁな」


 アナゴのタレが炭火で焦げはじめ、いい香りを出し始める。


「はいよ、お待ち」


 源治はふっくらと焼けたアナゴの蒲焼きを原口の前に出した。原口はそれを美味そうに頬張りながら冷酒をキュッとやっている。

 郁子がテレビに目をやる。二人は話に夢中な中、彼女は一瞬はっとした。


―現場には、ハンコが圧された紙が残されており―


―まさか、いや、絶対にないわ。

 郁子は一人ごちた。そのハンコは源治が木を切り出して趣味で作ったハンコにそっくりだったからだ。

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