パトカーが県道を南下する。花火大会が 終わった後の道路はやたらに反対車線が混んでいる。

 新米刑事の栗本将くりもとまさるは、握るステアリングを軽くとんとんと叩いた。彼は若干せっかちな性格で、なにより渋滞が苦手なのだ。そうは言っても、渋滞しているのは反対車線なのだが……


「また……ですかね?」

「ま、そうじゃないの?間違いなく手口がね?」


 欠伸をしながら答えたのは先輩刑事の山浦健基やまうらけんきだ。助手席でペットボトルのコーラをらっぱ飲みしている。


「もう着くぞ。準備したらすぐに行くぜ」


 パトカーを停めると、栗本と山浦はパトカーから出ていった。花火大会会場の海岸の岩礁には既に黄色テープによる囲いがなされている。鑑識課の藍色の制服に小さく頭を下げ、手帳を出す。薄手のゴム手袋をはめると、山浦は跪く。栗本も合掌して目を閉じた。


「クリ、ホトケさんは?」

「はい、大野忠敬おおのただたか40歳、ハウスメーカーの販売員です」

「これは、間違いなくアイツだよな」


 被害者の胸には鋭利な刃物による刺し傷がある。他に外傷が見つからない事から、この鋭利な刃物が致命傷で間違いないだろう。異様なのは、その他だ。


「なんなんすかね。これ毎回…」


 腹部にぽんと乗せられているのは、三枚におろした魚の骨と頭部。今回はアジのようだ。そして被害者の口にはそのアジの切身が捩じ込まれている。


「これで2件目。1件目は確か…」

「イワシじゃなかったですか?」


 1件目の被害者は、県内在住の主婦。弓張真知子ゆみはりまちこ、47歳。同じく鋭利な刃物で胸を一突きにされており、ウロコを取って半身に切ったイワシの頭部が置かれていた。そして口には半身の切身。


「それに、この訳のわからないハンコ」


 紙に赤黒く変色しているハンコが圧され、遺体の隣に置いてある。やけに精巧にできたハンコだ。そこには一文字



 とだけ記されていた。


「ご丁寧に、しっかりウロコまで剥がしてる。見ろよ。ゼイゴまで取ってるぜ」

「ん?ゼイゴ?」


 首を傾げて栗本は訊いた。山浦ははぁ、と小さく溜息をついて首を振った。


「おめぇ、今までに魚捌いたこともなきゃ、アジなんて見たことねぇんじゃねぇ?」

「アジくらい見たことありますよ。アジフライ最高じゃないですか」

「フライにされたアジ以外知らないだろ?」

「イメージはつきます」

「じゃ、ゼイゴは?」

「…」


 山浦は被害者の口に捩じ込まれている半身の切身を取り出す。ポリ袋に入れると、尻尾にほぼ近い部分を指差した。


「ここに、イガイガしたウロコみたいなもんがあるんだよ」

「そうなんですか?」

「まぁいい、帰ったらぐぐって調べろ。それがゼイゴだよ。アジはこれを取るのがセオリーだ」

「さすが山浦さん、伊達に彼女いない歴長くないっすねぇ」

「黙れボケナスが!」


 山浦は栗本の頭を軽くゲンコツで小突いた。

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