第7話 マナー違反
二体目のシティゾンビを見つけるのは簡単だった。
しかし、別パーティが先に殴り始めたため、譲ることになる。
ササミ曰く、エネミーに最初の一撃を与えることを『
そして
もちろんカズキだって、人の獲物を横取りするのがマナー違反な事くらい解る。
ただ、その行為に名前が付いていることまでは知らなかった。
三体目のシティゾンビを見つけ、フェザーブレードを鞘から抜きつつ背後から襲い掛かろうとしたところで、肩に手がかかる。
「ちょい待っち、そういえばシックくんも殴っといたほうが今後の為になるのではと私は判断しました。……如何ですかシックくん?」
「え? ……僕も戦うの? 援護だけじゃなくて?」
シティゾンビはまだこちらに気付いていない。
ゆらゆらと腐った体躯を揺らしながら、何を目指しているのかも解らない方向に足を運んでいる。
シックは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、にやりと笑うササミを見上げていた。
「だって占い師系スキルばっかり上げてたらソロ出来ないじゃん。ソロで金策……したくない? するでしょ? したいよね?」
「いやぁ、そう言われても近接武器持ってないし……?」
小声でもごもごと反論しつつ目を逸らすシックに対し、ササミは満面の笑みを浮かべる。
左手で空を横に切ったかと思えば、次の瞬間には彼女の左手には短剣が握られていた。
「はい、どーぞ」
「えぇ……なんでそんな用意周到なの……こわ……」
はぁ、と聞こえよがしに溜息をつくと、シックは諦めたらしい。
ササミから短剣を受け取ると鞘から抜いて、刃をしげしげと眺める。
シンプルなつくりではあるが刃はしっかりと研ぎ澄まされていて、ゾンビ相手くらいなら何とかなりそうだ、と思ったのが横目で見ての感想。
ただ、シックはただでさえ小柄であり武器のリーチも短いとなれば、彼より長身なシティゾンビと一人で戦うのは難しいだろう。
ではどう連携すべきか……そう悩みが頭を過ぎったところで、シューラが淡々と指示を飛ばす。
「じゃあ、シックがFA取って、一発叩くごとにカズキと交代して。それなら二人に経験値が入るでしょ」
「あ……はい。えーと、じゃあよろしくね、カズキ。行くよ?」
おずおずと先頭に出てから不安げにカズキを見上げてくるシックが確認を求めてきた。
それに首肯を返すと、シックは短剣を構えてシティゾンビに背後から襲い掛かる。
「……えいっ!」
腰の辺りにナイフを突き刺した。
それだけであるが、
シックが刺し込んだ短剣を引き抜いてバックステップで距離を取ると同時に、シティゾンビは威嚇するかのように唸った。
――次は、自分の番だ。
振り返ってきて攻撃させる間も与えず、フェザーブレードをシティゾンビの腹部目掛けて突き刺す。
シックが背後から攻撃したので、前からも同じくらいの位置に攻撃を与えれば良いのではと思ったからだ。
ずぷりという手応えを感じたが、シティゾンビは倒れない。
先程戦った時はシックとシューラからのバフがあって5発かかったのだ。
シューラの歌はどうやら味方にバフをかけるだけでなくエネミーにも干渉するタイプのものらしく、今戦っているシティゾンビにまでデバフの効果は残っていないらしい。
また、あの時感じた身体中のエネルギーが循環するような感覚も今は無い。
つまり、まだシューラは支援する必要があると判断しておらず、何もしてくれていない。
となると、もう少し攻撃を加えていく必要がある。
シックが攻撃しやすいように、シティゾンビの方を向いたまま斜め後方に下がった。
「……てやっ!」
いまいち覇気の感じられない掛け声とともに、シックが2回目の攻撃を与える。
小柄な彼に頭部を狙うのは難しいらしく、今度は振り被った短剣を胸元辺りに突き刺した。
シティゾンビは『ウウゥ』と唸り声をあげてよろめいたが、そこから立ち直るかと思うや否や右腕を振り上げる。
――シックが攻撃を受けてしまう!
そう思って慌ててシティゾンビの腕をフェザーブレードで受け止めるべく地を蹴ったが、それよりも迅く、真横を影が掠めて行った。
――バシュウッ!
何かが破裂するような音を立て、閃光が一瞬だけ迸る。
その光に思わず目を閉じたが、開いた瞬間にはシティゾンビは吹っ飛びながら荒いポリゴンとなって消え失せた。
「あー……やっぱ私手出さない方が良いね?」
……ササミだった。
右腕を前方に突き出したポーズから気楽な立ち姿に戻ると、肩を竦めながら振り向いて苦笑いする。
「やっぱり二層くらいじゃササミさんにとっちゃ楽勝なんだね……でもお陰で助かったよぉ」
あーもう戦いたくない。
そう言いながら、シックがへなへなと地面に座り込んだ。
「ちょっと過保護すぎたかな。カズキも援護しようとしてたみたいだし」
「いや、でも俺じゃたぶん間に合わなかっただろうから……それよりめちゃくちゃ速くて驚いた」
「あはは、まぁね。それが
にかっと笑いながら、右手の握り拳を左掌へと打ち付けるササミ。
ぱん、と軽い小気味の良い音がした。
それから、シックの強い希望により『五体までは頑張るけどそれ以降は戦いたくない』とのことで、カズキにとっての七体目以降は支援に戻ることとなった。
しかし、問題はシックが参戦する最後の一体、カズキにとって六体目との戦闘中に起こる。
二人で攻撃を2発ずつ入れ、あと1発ずつ叩きこめば倒れるといったところで、横から火球が飛んで来た。
シティゾンビの上半身はそれをまともに食らって、めらめらと燃え盛っては荒いポリゴンとなって消え失せてしまう。
何が起きたのか、カズキには解らなかった。
「……ちょっと! 横殴りしないでくれる!?」
ササミが怒声をあげたのが聞こえて、ようやく理解した。
『横殴り』をされたのだ。
あと少しで倒せるというところまで体力を削ったエネミーの、トドメを奪われた。
戦利品であるアイテムのドロップは攻撃に参加したプレイヤーおよび、それに支援系スキルを使ったプレイヤーに等しく分配される
だが、トドメを刺したプレイヤーにはレアドロップ率にブーストがかかり、幾らかではあるがレアアイテムを含めた戦利品がドロップしやすくなるのだ。
それだけでなく、スキルの経験値にもブーストがかかり、今回のギルドハンティングのように『優先的に育成したいスキルレベルが低いプレイヤー』を効率良く育てたいのであればトドメを譲ると効率が良い。
カズキ達が戦っていたシティゾンビを『横殴り』したのは、『トロヴァトーレ』のメンバーではなかった。
鈍い銀色に輝く鎧を纏い、身の丈ほどもある鉾を持った男性。
そして、赤いケープを羽織ったローブ姿の小柄な少女。
3人とも、『トロヴァトーレ』のアジトには居なかった筈だ。
鎧の男性は、小馬鹿にしたような口振りでこう答える。
「すぐに仕留められないのが悪いんだよ。横殴り横殴りって言うが、システム上出来るんだから規約違反でもなんでもないしな」
「そんなの詭弁でしょ!? いくら規約違反じゃないって言っても、モラルってもんがあんた達には無いわけ!?」
それに対して、彼らからの返事は無い。
恐らく向こうは少女のレベリングに来ているのだろう。
推測するに、鎧の男性と
装備の豪奢さがそれを物語っている。
「……『トワイライト』」
ぽつり、とシューラが呟く。
その声に温度は載っていなかったし、顔も相変わらずの仏頂面。
しかし何歩か前に出て、横殴り三人組に語りかける。
「あなた達のことは……知っている。でも、横殴りがマナー違反なのは暗黙の了解。新芽を摘み取るその行為を、私『達』は看過する訳にはいかない」
「はっ? マナー? じゃあ運営に通報でもするか? 規約違反でもないプレイヤーを
「詭弁を並べないで、『トワイライト』。私『達』はあなた達を知っている。それだけあなた達はこのゲームで嫌われている。その事実は揺らがない」
「嫌われ者で結構。ゲームは楽しくやるモンだ、エンオンを楽しくプレイしてるのに水を差さないで欲しいなぁ」
今度は
本当に詭弁も良いところだ。
こっちだってギルドハンティングとして
しかし『初心者である』という引け目から、発言する勇気は無かった。
悔しいが、あちらのほうが弁が立つ。
シューラがまともに喋っているのが少々意外だったが、ササミもシックも黙っている以上口を挟める空気ではない。
「……『トロヴァトーレ』、マスターのショウです。貴方達『トワイライト』の方と直接お話しするのは、初めてですね」
背後から凛とした声が響く。
いつの間にか、ショウがやって来ていた。
どうやらシューラかササミかシックが連絡を付けたらしい。
そして、シューラが何度か発していた『トワイライト』というのは、彼らのギルド名のようだ。
ショウは『トロヴァトーレ』側の最も前に出て、『トワイライト』の三人組の真向に立つ。
しかし、『トワイライト』の男性はショウが現れても動じた様子は無く、双眸を細めて両手を挙げ、首を傾げながら肩を竦めた。
「おいおい、たかがこの程度の諍いで出てくるマスターが居るか? 針小棒大も良い所だ」
「……貴方がたが傲慢を武器にするのなら、こちらは誠実を武器にさせて頂きます」
くすくすと、
こちらを舐め切ったその態度にむっとなって眉根を寄せるが、ショウの言う『誠実』がなんだか解らなくて、やはり黙るしかなかった。
ショウは左手で空を切る。
次の瞬間には、真ん丸な形をした水晶玉のようなものが掌に現れていた。
右手の人差し指でそれを数回とんとんと叩くと、中空に浮かんだパネルを2度ほど操作する。
「……あー、急にごめんなさい。『トロヴァトーレ』のショウです。端的に説明すると、『トワイライト』に『また』横殴りされました。というわけで」
一種の連絡アイテムだろうか。
ギルドリングより高価そうに見える、という事ぐらいしか解らず、彼が誰宛てに話しているのか推測することしか出来ない。
もしや……他ギルドに連絡を付けているのだろうか。
ショウの言葉は続く。
「素材の買い取り、武器の販売と修繕、薬品の販売、料理の提供、アクセサリーや髪型の変更、それら諸々の依頼全てを断る、という形でひとつよろしくお願いします」
「はっ、それで威嚇のつもりか? そんな要請をしたところで、リルやアイテムを積めばいくらでも黙らせ――」
「そう思っていたのは貴方達だけですよ。僕らギルドマスター達は同盟内で情報を共有し合って、一つルールを決めていました。……『次にトワイライトが何かしてきたら、彼らへの支援を、どれだけの大金やレア素材を積まれても一切断ろう』……とね」
ショウの、静かな怒りを含んだ声がメルアゲイル二層に広がった。
毅然と、はっきりと、『トワイライト』への死刑宣告を行う。
『トロヴァトーレ』の成り立ちは
それは流石にカズキにも解った。
「……それでこっちを殺したつもりになってるんだったら、笑い飛ばしてやればいいのか? ……冷めた。帰るぞ」
鎧の男性は一貫して舐め切った態度のまま、
ショウははぁと溜息をひとつ付くと、困ったような笑みを浮かべて振り返った。
「すーちゃん、連絡ありがとね。ササミさん達も、ごめん。せっかくのギルハンなのにこんな事になっちゃって」
「ショウさんが謝る事じゃないでしょ。悪いのは『トワイライト』だもん」
憤慨した様子のササミが『トワイライト』への怒りのぶつけようを失くしているが、ショウはただ困ったように笑うだけで。
シックも「そうですよ」と言ってはいるが、鎧の男性の威圧的な態度にショックを受けているのか、どことなく居心地悪そうにしている。
「特にシックくんとカズキくんには……申し訳ない事をしたね。初めてのギルハンがめちゃくちゃになっちゃって。これでエンオンを嫌いにならないでくれると嬉しいな」
……ショウは、最大限の気を遣っている。
ギルドマスターとして、年齢も性別もバラバラのメンバーを取り纏め、メンバーの為に動き、場合によっては今回のように他ギルドとも情報を交わす事。
それがいかに大変な事かなんて、想像するに余りある。
「いや、大丈夫。ササミの言う通りショウは悪くないし、ああいう奴らが居たとしてもショウやアマリ、ササミにシックにサダメさんみたいな良い人のほうが多いって解ってるから」
これは嘘偽りのない本音だった。
実際、カズキは
そうでなければギルドハンティングになど参加しないし、そもそもギルドになんか入らない。
確かに『トワイライト』には強い不快感と嫌悪感を抱いたが、
ショウはカズキのその言葉を聞いて、やっと安堵したような笑みを浮かべる。
「マスター!」
呼び声に振り返ると、レイを含めたショウのパーティメンバーが居た。
どうやら、戻って来ないショウを心配して追いかけてきたようだ。
ショウは「あちゃー」と額に手を当てると、くすくすと笑う。
「あーごめん、ちょっと遅くなって。……うーん、今から戻るのも面倒だし、このまま2パーティ合同でギルハン続けちゃう? どう、すーちゃん」
「……良いんじゃない、別に」
そうこうして、カズキ含むシューラのパーティとショウ率いるパーティがくっついて7人でやっていくことになった。
……シックが小声で「レイさんとやる事被るんだけど……」と呟いていたが、聞かなかったことにする。
ショウのパーティも、前衛が最も低レベルだったらしい。
シックが後衛に戻ったので、エリーというキャラクターネームの少女と、シックとやった時同様スイッチ式で攻撃しつつ、それ以降は『トワイライト』含めた妨害も無くギルドハンティングは終わった。
メルアゲイル二層の中央に集い、ワープブックでアジトへと戻った『トロヴァトーレ』のメンバー達。
時刻も23時と、社会人プレイヤーはもう落ちるという人が大半で、ササミももう落ちると言って消えた。
シックは少しアイテム整理をしてから寝ると言って、アジトの階段を上がって行ってしまう。
「カズキ!」
武器のメンテナンスを行うと言ったサダメが二階に上がるのを聞いて、修繕して貰ってから寝ようと思ったら、アマリが駆け寄って来た。
深刻そうな顔をした彼女は近寄ると肩を掴んでぶんぶんと前後に揺らしてくる。
「迷惑プレイヤーに当たったって聞いたんだけど大丈夫!? PKされかけたりしてないよね!?」
「ぴ……ぴーけー?」
「
「そ、そうなの? 知らなかった……」
どうやら、自分はかなり危ない目に遭っていたらしい。
『トワイライト』の目的は魔術師タイプらしき少女のレベリングのためにトドメを横殴りすることだったようだが、迷惑プレイヤーにはそんなのも居るのかと思うと眩暈がしてきた。
「そういう意味でもギルドには入るべきなんだよね。同じギルドなら攻撃は食らわないし、いざって時に守って貰えるし。……抜けても良いとは言ったけど、抜けないでね?」
「大丈夫大丈夫、この程度でエンオンやめようとか思ってないから。ショウには言ったけど、ああいう手合いよりショウとかアマリみたいな優しい人の方が多いって思ってるし」
勧誘した当初は『移籍しても良い』と言っていたアマリであったものの、本音としては抜けて欲しくないようだ。
真っ向から『居なくならないで』と言われた事に若干の気恥ずかしさを覚えて目を逸らしつつ、そのつもりは無いと言って彼女を安心させようとする。
カズキの言葉を聞いたアマリはほっとしたように胸に手を当てると、「じゃあサダメさんに直して貰いに行こっか!」と右手を握ってきた。
そのまま引っ張られて二階へと上がるが……アマリはどうにも、自分のペースに他人を巻き込みすぎるきらいがある気がする。
しかしそれを本人に指摘したところでどうリアクションされるか解らなかったので、黙っておくことにした。
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