第6話 灯るい夜に煌めいて
ショウに指名されたリーダー、彼が『すーちゃん』と呼んでいた人物は『ちゃん』と付けられるだけあって女性だった。
白と言うにはくすんでいて、銀と言うには明るすぎる、さらりとした髪を左側でサイドテールにし、途中から三つ編みにしてある。
その髪はショウ同様黒いメッシュが主に前髪と顔のサイドに入っていて、服装もこれまた形容しがたいものを身に着けていた。
オレンジ、赤、黄色のグラデーションがかかった布を身体に巻き付けるように纏い、露わになっている腹部や脇は黒いインナーで隠れている。
細長い楕円形のプレートを何枚も連ねた飾りを首と腰に巻いており、首元には緑色のリングが光っていた。
髪のメッシュといい黒いインナーといい、ネックレストップが緑色のものだったりするあたり、なんとなくショウと似ている気はするのだが、ショウが和風ファンタジーならこちらは民族系ファンタジーといったところか。
しかし、ショウが柔和な顔つきをしていたのに対して、橙色をした目つきは少し鋭い。
同じく彼女の許に集まったのは、カズキほどではないが長身の女性と小柄で獣耳を生やした少年。
長身の女性は拳にやや厳つい意匠のナックルを嵌めていて、小麦色の肌を覆うのはそれ以外では胸元と肩のプレート、それから腰回りの防具に具足だけで、かなり軽装だった。
腹筋は見事に6つに割れ、腕や太腿にも筋肉を充分に纏っているため、いかにも戦闘タイプのキャラクリエイトに見える。
女性にしては短く切り揃えられた淡いアッシュブロンドの髪をオールバックにしているのも、動きやすさを重視しているように思えた。
それらの攻撃的な印象に反して顔立ちはややあどけなく、くりくりとした青い瞳はカズキをじっと見つめている。
「んー、この中で二番目にレベル高いのは私かな? カズキくん、だっけ。初めまして。私は
「その鍛えられた腹筋を見れば納得だ。カズキでいいよ、よろしく、ササミさん」
「あは、私も呼び捨てで良いよ。よろしくね、カズキ」
右手を差し出すと、しっかと握り返してぶんぶんと振ってくれた。
戦闘したい人と言う事はつまり、ショウが分けたパーティに於いて、ササミはアタッカー兼援護役という事なのだろう。
もう一人の人物は、紺色の髪を尼削ぎにしていたが、頭頂部には猫のような耳がぴんと立っている。
切り揃えられた前髪の下に覗く双眸は琥珀色に輝いていて、猫のようなつり目。
服装はグッドスリープのものと似通った構造をした白銀色のローブで、武器らしきものは見当たらなかった。
ナナの杖のような、アマリの剣のような、カズキのフェザーブレードのような、それらの類。
ローブの下に隠すにしては小柄なのも相まって難しいだろうし、それなら素手と考えるのが妥当だろう。
視線が集まっているのを感じてか、少年は口を開く。
「僕は
……まるでナナみたいな事を言う人だ。
占い師、と言った後に懐に手を突っ込んで、引き抜いたかと思えばカードの束が取り出された。
なるほど、武器がカードならば軽装でも携行できる。
占い師と言ったら、未来や運勢を占う人、という認識で良いのだろうか。
それとも
まぁそれは
本人もあまり戦いたくないようだし、もしかしたらショウのように戦闘ではサポート系の役割なのかもしれない。
「……シューラ。
最後に、残りの一人。
リーダーである女性が呟いた。
声は透明感があって涼やかなものだったが、同時に冷たさも感じられる。
どこか突き放すような、他人事のような、とにかくそんな印象をカズキは受けた。
ササミもシックも、自分のスタンスなどについて触れたというのに、彼女はそれすら無いのだから。
「じゃあ……ショウの処に集まって。自己紹介してる時間が勿体無い」
シューラ、と名の判明したリーダーは淡々とした声色で用件だけを告げてくる。
ショウはダイニングテーブルの中央で何か本のようなアイテムを広げていて、パーティごとの自己紹介タイムが終わるのを待っていたようだ。
……勿体無い、とまで言い切るとは。
確かに空腹度の事を考えれば、自己紹介にかける時間は無駄かもしれない。
しかし、既に知り合いであるササミやシックと違ってこちらは全員と初対面なのだ。
少し強引すぎる気がして、シューラへの印象が少し悪くなる。
「あー、ね。しゅーさん『こういう』人なのよ、悪気無いから許してあげて。不器用なの」
「……はあ」
それが顔に浮かんでいたか、ササミが耳打ちしてきた。
不器用、悪気が無い、という言葉で片付けて良いものか解らなかったが、ササミがそう言うなら聞くしかあるまい。
ササミもこう言うということは、つまりシューラの態度には彼女も思う事があるのだとも取れる。
「でもラッキーだよ、しゅーさんはマスターの奥さんだし実質このギルドのNo.2だからねぇ」
その言葉を聞いてシューラの左手をよくよく見てみれば――確かに、薬指にギルドリングとは違う意匠の細いプラチナの指輪が嵌っていた。
温和で人当たりの良いショウとはかなり対照的な人物に思えたが、そこがゲーム内で結婚しているとはなかなか解らないものだ。
ならば二人の服装に類似点が多いのも納得がいく。
ギルドメンバーがダイニングテーブルに集ったところで、ショウは本を右手に持って掲げる。
「一応説明するけどこれはワープブック。ワープストーンの上位互換品ね。メルアゲイルの手前まで、これで飛ぶよ。準備は良いね?」
確認に何か言う人が誰も居ないのを確認すると、ショウはワープブックに手を翳した。
ワープブックは光を帯び始め、やがて蒼い光がアジト全体を包む。
その眩さに瞼を閉じ、白く染め上げられた瞼の裏が落ち着いた頃に瞳を開けば、草原の真っ只中にまるで来訪者を拒絶するかの如く重々しいゲートがある地点に出た。
成程、これが混沌廃都メルアゲイル。
「さて、二層まではダウザー頼りかな?」
ササミが呟くと、シューラが頷く。
先頭きって歩きだしたショウがゲートの中央に触れると、繊細な彫り込みのされた鉄扉が音もなく左右に割れた。
その向こうには、倒壊したビルが折り重なっているような、地面こそ平坦だが大きな遮蔽物だらけの光景が見える。
死角も多いだろう、油断せずに行かねばなるまい。
「それじゃ、行くよ。ダウザーはレイくんに頼めるかな」
「あいよ、この役回りのおかげでマスターと同じパーティに入れて貰えんだからな、仕事はしますよ……っと」
振り向いたショウの目線の先に居たレイは、懐から何かを取り出すとショウと入れ替わるように先頭を歩き出す。
何かダイヤ型の石のようなものを紐に繋いでぶら下げていて……なるほど、ダウジングかということはカズキにも解った。
「カズキは
「了解」
丁寧なことに、シックが解説してくれる。
そうして、レイの導きのまま、『トロヴァトーレ』の面々はメルアゲイル第一層を横断、もしくは縦断していった。
シューラ率いるチームは、先頭をササミ、続いてカズキ、シック、
前衛と後衛を上手く分けたらこうなるのは当然だろう。
メルアゲイルには、樹木らしきものは生えていない。
その代わり、発光する苔のようなものが地面の殆どを埋め尽くしていた。
下から照らされる、というなんとも言えない状態だが、灯りで手が塞がるよりはマシだろう。
折り重なる瓦礫の向こうなどに、エネミーらしき姿を見つける。
それは形容するなら『ゾンビ』と言うのが妥当なところで、動きが緩慢なうえこちらに気付いている素振りも無かった。
ボロボロの布きれを纏ってはいるが本当にただ巻きつけているだけ、と言った方が正しく、ところどころ露わになった肌は緑や青が斑模様になっている。
どうやらノンアクティブエネミーらしく、こちらに襲い掛かって来る様子は見られない。
「そーいやさ、カズキは初心者だから色々いっぱいいっぱいだと思うんだけど」
後ろからシックの声が飛んでくる。
前方を警戒しなければならないし、初見の
「そうだなぁ、
「僕も似たようなもんなんだよね。『トロヴァトーレ』に入ったのは一昨日のことだしさ、シューラさんとはまともに話したことないし、ササミさんとはたまたま絡んだことあったけど……シューラさんについて言えば僕もカズキと同じだよ」
「……そうなのか」
シックが小走りで隣に並んでくる。
シューラに聞かれたくない、ということかもしれない。
……聞こえていたとしても、気にするようなタイプには見えなかったが。
「役職のバランスと人柄のバランス考えたらかなり妥当な組み合わせだとは思うけどね。ササミさんとシューラさんはβ時代の『トロヴァトーレ』から知り合いだし、緩衝材の役割なんじゃない?」
「へぇ……」
緩衝材、という表現は妙にしっくりくる。
態度に難はあるが実力のあるシューラ、入ったばかりのシックとカズキ、と来ればシューラともシックとも面識があり戦闘も出来るうえ人当たりの良いササミをメンバーに選ぶのは、なるほど確かに妥当だった。
歩きながら話していたら、四本の柱が四角形を描くように聳える地点へと到達する。
四角形の中空には大きなクリスタルのようなものが浮遊しており、地面には魔法陣のような複雑な円状の記号が描かれていた。
先頭を歩いていたレイが立ち止まって振り返るのに呼応するように、ショウは一歩踏み出してレイを追い抜くと『トロヴァトーレ』のメンバー達へと振り向く。
発光するクリスタルが彼の顔に影を落とし、それに相反するかの如くどこか楽しげな声で、こう告げた。
「さて、このクリスタルに触れたらメルアゲイル二層にワープできる。レイくんは蘇生術持ちのパーティを中央に誘導したら僕の処に合流してね。じゃあ物理的、心理的に準備の出来たパーティから入って!」
次の瞬間には彼の右腕が伸び、光を放つクリスタルへと触れる。
やがてショウの姿はクリスタル同様虹色の光となって、瞬きをするくらいの間には既に消え失せていた。
それに続くように、レイ達ショウのパーティメンバーが次々にクリスタルへと触れていく。
「あーあ、レイって人の立ち位置、僕も出来るんだけどなー」
「へぇ、占い師の役割なのか。ダウザーって」
「類似スキルがねー。『地理掌握』がなぜか『運命開拓』の前提スキルなんだよね。まぁ、『運命開拓』でマップの不都合な構成……例えば近くにエネミーが同時湧きみたいな不利な状況を否定するって考えなら『地理掌握』が前提なのも解らなくはないんだけど」
……『地理掌握』はなんとなく解るが『運命開拓』とは一体なんだ。
そう尋ねたいところであったが、クリスタルに触れていないのはカズキ達のパーティのみとなっていた。
「入るよ」
ぽつりとそれだけ呟くと、シューラはクリスタルに触れてしまう。
彼女も武器を携行しているように見えないのだが――これもやはりショウ同様サポート特化スタイルなのだろうか。
「さて、私らも入るよ? しゅーさんが先行っちゃったから私は最後に。ほら、カズキもシックくんも腰引けてる場合じゃないんだから!」
ばしん、とササミに勢いよく背中を叩かれた衝撃でよろめいて、中空を掻いた手の指先がクリスタルに触れる。
指先から心地良くも不可思議な熱を感じ、眩い光に目を細めた。
重力を失うような感覚を一瞬だけ抱いて、『地面』を再び感じたと思えばシューラの背中が見える。
……つまり、今のが『二層』に入った感覚、ということなのだろう。
『すーちゃん達全員入った? 西側が空いてるから、なんとなーく西に陣取っといて』
「解った」
ギルドリングからショウの能天気な声がする。
どうやら他のメンバー達はどこで狩るかもう決めたらしい。
「シック、『気配感知』お願い」
「あ、あい……」
くるりと振り向くと、シューラは淡々とした声色でシックに指示を告げる。
しかし言われたシックはぼんやりしていたところをいきなり突かれたような、気の抜ける声だった。
呆けたような顔をしていたが、懐からカードを取り出すと一枚捲って、絵柄を確認すると先導し始める。
「ギルハンは占い師の出番がなにげに必要だからねぇ。たかが前提スキルと侮るなかれ、
「うぃ……」
からかうようなササミの声を背中に受けながら、シックは先導していく。
周囲を見渡せば、『トロヴァトーレ』のメンバーだけでなく見覚えの無いパーティやソロプレイヤーもゾンビ達と対峙していた。
2~3分歩いたところで、シックが立ち止まる。
「このへんなら空いてるかな。……じゃあ僕は後方支援に戻らせて貰うよ……?」
「はいはい、お疲れさま」
「ありがとう」
「お疲れさま」
それぞれから労われて、シックは隠れるようにササミの後ろに回ってしまった。
……『ありがとう』と言ったのはシューラだ。
礼も、言えるのか。
なんて、若干失礼なことを思ってしまう。
「さて、早速あそこにシティゾンビ。私は後ろで見ててあげるから、戦ってみて。シックくんとしゅーさんは適当に援護してあげて。たぶん、本当のソロじゃ辛いだろうから。かと言って私が手出しすると一気にイージーモードで、難しいねー」
弾む声をあげながら指差したササミの視線を追うと、確かに5m程先によろよろと歩くゾンビの姿が見えた。
……よし。
後ろに三人も付いているのならなんとかなるだろう。
そう信じて、フェザーブレードを右腰に提げた鞘から引き抜くと左手に構えた。
「……『運命開拓』を振らせて貰ったよ。今から15分、物理と魔法攻撃力に10%のバフ。さて、さくっと殺っちゃって!」
シックの静かな声が耳朶を打つ。
だから『運命開拓』って何なんだ? と思ったが、どうやらある程度ランダムに味方に恩恵を与えるスキルらしい。
……10%のバフがどのくらいここで効果を発揮するかは解らない。
それでも、ショウ含めたベテラン達が初心者でもここなら『狩れる』と踏んだのだ。
ならば、行けない道理はない。
出来るだけ足音を潜めて静かに駆け寄ると、シティゾンビの肩口を目掛けて袈裟斬りにフェザーブレードを振り下ろす。
堅い肉を断つ、いや、断ち切れない!
フェザーブレードはシティゾンビの左肩にめり込みはしたが、上半身を一刀両断とは行かなかった。
慌てて剣を引き抜き、次の攻撃に備えようとする。
しかし、攻撃を食らったシティゾンビは唸りをあげながら右腕を振り上げて、カズキ目掛けて勢いよく振り下ろそうとしてきた。
――間に合わない!
「……tb63q59……sjzw……」
背後から、歌声が聴こえた。
メルアゲイルの空は灰色の雲が重く垂れ込めているのに、それを吹き飛ばすかのような涼やかで耳に心地の良い声が。
何と歌っているかは解らない。
しかし、身体中のエネルギーが全身に循環するような不思議な感覚になって、何でも出来そうな気分になった。
「カズキ! 隙が出来た!」
ササミの鋭い声が響き、はっと気を取り直す。
確かに、シティゾンビは右腕を振り上げたまま何故か硬直していて、振り下ろす気配が無くなっていた。
「はあッ!」
今度はしっかりと力を込めて、右脇腹目掛けて斬撃を放つ。
すると、先程は肩にめり込む程度しかダメージを与えられなかったのに、シティゾンビの腹部中央にまでフェザーブレードがめり込んで、その勢いでエネミーが吹っ飛んで行った。
――反撃の隙など与えさせない。
地面に崩れ落ちたシティゾンビに、何度も剣を振り下ろす。
三度程で、エネミーは荒いポリゴンとなって消え失せた。
「や、やった……」
たった一体倒すだけだったのに、随分を気力体力を消耗した気がする。
初めてだから、と思う事にして、ぜぇぜぇと息を荒げながらではあるが後ろに向き直った。
ぱちぱちと拍手するシックとササミ、それから特にリアクションのないシューラがそこに居る。
……居てくれている。
「さっきの『歌』……シューラさんが?」
尋ねると、無言で首肯が返って来た。
……なるほど、これが。
これが、ベテランの支援スキル。
「しゅーさんの歌とシックくんの援護があれば負ける要素無いと思うんだよね。さ、ちゃっちゃと狩りまくろ! 二体以上湧いたら私が処理するから」
「OK、シューラさんもシックもありがとう。ササミ、よろしく!」
……ギルドハンティングは、まだまだこれからだ。
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