第2話 他人とのお茶会

グッドスリープと名乗った女性に促され、カズキとアマリはリビングにあるテーブル備え付けの椅子へと腰を下ろす。

カズキの向かいは空席で、その隣にアマリ。

グッドスリープは「よっこらしょ」と言いながら、カズキの向かいへと腰を下ろした。


木で出来た家、アマリ曰く『トロヴァトーレのアジト』は、現代日本に於ける一軒家くらいの規模があった。

階段があった事から少なくとも二階建て以上であることが察せられるが、具体的な規模を尋ねられるほど、カズキはアマリともグッドスリープとも親しくない。


「えーと、わたしもカズキさんについては殆ど何も知らないので、まずは自己紹介でもしましょうかぁ?」


莞爾とした笑みを浮かべながら、グッドスリープはぱちんと右手の指を鳴らす。

その動作は何か洗練されているように思える流麗なもので、カズキは一連の動きに見蕩れてぽかんと口を開けていた。

指を鳴らした音の余韻も消え失せた頃、ぼわんと白煙を上げてテーブルの上にジャムの乗ったクッキーとティーカップ、ポットが現れる。


「繰り返しになりますがわたしはGood Sleepグッドスリープ。通称ぐっすりさんですぅ。メインで鍛えているスキルは調合とサブで料理ですが、料理はもっとスキルレベルの高い方がこの『トロヴァトーレ』にはいらっしゃいますので、名乗るなら薬剤師ですねぇ」


どうやら、今しがた現れたお茶会セットはグッドスリープの作ったものらしい。

料理、と言うからには調理器具を使ってどうこうするものをイメージしていたのだが、そうではないのだろうか?

なんて思考が横に逸れたところで、慌てたように応じて自己紹介をする。


「カズキ、です。なんのスキルも振ってないです。エンオンは今日始めたばっかりです」

「あら、敬語なんて使わなくても良いんですよぉ? MMOで大事なのはリアルの年齢より精神年齢ですからぁ。もしかしたらわたしよりカズキさんのほうが年上かもしれませんし?」


そう言われても、とカズキは困惑した。

自分より上級プレイヤーで、しかもこれからお世話になる(予定)のギルドのサポーターという重役に就いているグッドスリープに、砕けた態度など取れそうもない。

何より、そもそもグッドスリープは何故こちらに敬語なのだろうか。

敬語を使うなと言うのなら、そちらも使わないのが道理ではないのか。

こちらだけタメ口で相手は敬語を使ってくるなんて、筋が通らない。


……そんなカズキの心情を表情から読み取ったのか、アマリが小声で呟く。


「カズキ、これもぐっすりさんの『ロール』だからね。ぐっすりさんはこういうのんびりした敬語キャラ作ってんの。いや、リアルでもそうなのかもしんないけど、それはさて置いて。とりあえず、ぐっすりさんはタメ口叩いても怒らないよ」

「そ、そう……えっと、じゃあ、まずはぐっすりさんって呼ばせて貰っても、良いかな。グッドスリープさん、だと長いし」


あまり理解していない『ロール』という単語を再び出されて困惑し、覚束ない砕けた口調を使いながら、恐る恐る尋ねるカズキ。

グッドスリープはにっこりと目を細めて笑いながら首を傾げ、長く白い髪がはらりと揺れた。


「えぇ、勿論。それではわたしからお尋ねしたい事は2つですねぇ。ひとつはこの『トロヴァトーレ』に加入する意思をお持ちなのか。もうひとつは『エンオンで何を目指すか』といったところでしょうかぁ」


右手を胸の前に持って来て、開いた状態から親指、人差し指と折ってゆく。

このような細やかな仕草がいちいち女性的で上品なものだから、なんとなくカズキは『接しづらさ』のようなものを感じていた。

ネットでの対人スキルが無い、と言い換えてもいいかもしれない。


とりあえず、答えられる範囲で答えることにした。


「『トロヴァトーレ』には……お世話になっていいのなら、なりたいと思ってる。でも、何を目指すかについては、さっきちょっとアマリに反対されちゃって」

「と、言いますと? あぁ、ご説明の間喉も乾くでしょうし、お茶とクッキーもどうぞぉ」

「頂きまーす」


遠慮した様子もなくカップに口を付けるアマリに続いて、恐る恐るカップを手に取る。

見た目はリアルで言う白磁で出来たものに近かった。

青い蔦の模様がぐるりと一周するように描かれていて、これもプレイヤーが作ったものなのだろうか、と思うと尚更XYZ ONLINEエンドオンラインの自由さには恐ろしい物があると感じる。

白い湯気のたつそれにふうとひとつ息を吹きかけてから啜ると、ストレートティー特有の苦味を孕んだ馥郁とした香りが鼻を突き抜けた。

……VR技術も随分進歩したものだ。


カズキは、アマリに言った事、言われた事、それらを交えながらグッドスリープに『絵描きを目指している』ことを説明する。

説明を全て終えるまで、グッドスリープはただ頷いたりするだけで、一切口を挟まなかった。


「……なるほどですぅ。大体の事は、解りましたぁ」

「それで……俺みたいな変な奴は、『トロヴァトーレ』に入る資格がないとか、そういうことはない?」


カズキが『これで終わり』と締めくくると、グッドスリープはうんうんと頷く。

不安そうなカズキの目をしっかりと見据えて、カズキのリアルと同じようにキャラクリエイトしたくっきりとした二重で鳶色の瞳と、アクアマリンの視線がぶつかった。


「そんなことはありませんよぉ。ただ、このギルドも色々な方がいらっしゃいますから、カズキさんのことを『変』だと思う方が居ないと断言は出来ない……ですねぇ」

「まぁ、思ったとして口に出すほど無神経な人は居ないと思うけどね」


少し不安げに、しかし恐らくは事実であろうことを告げるグッドスリープとは対照的に、アマリがいちごジャムの乗ったクッキーをひょいと口に放り込みながらフォローになっているのかなっていないのか解らない事を呟く。

グッドスリープも本当に正直に答えてくれているというのが、彼女の態度から解った。

アマリが自分をすぐに『トロヴァトーレ』に勧誘したのは、おそらくギルドも人数が多い方が何か良い事があるのだろうとカズキは推測している。

ならば都合の悪い事を伏せてメンバーを片っ端から集めれば良いものを、アマリとグッドスリープはそうしようとしない。

仮にそうでなかったとしても、こちらの事情を真摯に聞いてくれているという感触があった。


「ただ、カズキさんが絵描きさんを目指されるというのは、わたしからすればとっても素敵なことですぅ。えーと、実はうちのギルド、歌奏ルモーフェロナが多いんですよぉ」

歌奏ルモーフェロナ?」

「歌や音、精神干渉に関するスキルの習熟が早い人種ですぅ。マスターは人間ヒュムレミアなんですが、そもそもこの『トロヴァトーレ』というのはイタリア語で『吟遊詩人』という意味でして」


鸚鵡おうむ返しにした質問にも、丁寧に答えてくれるグッドスリープ。

確か人種は10種類くらいあった気がするが、デフォルトの位置にあった人間ヒュムレミアを速攻で選んでそれ以外を知らないカズキからすれば、知らない事だらけだった。

しかし、『トロヴァトーレ』が『吟遊詩人』という意味であることと歌奏ルモーフェロナが多いことが自分とどう関係してくるのか解らなかったので、グッドスリープを質問攻めにする。


「それが俺が絵描きを目指すこととなにか関係が?」

「どちらもクリエイティブなものでしょう? 通ずるものは少なくないと、わたしは思うんですけれどねぇ。的外れでしたかぁ?」

「んー……俺は、音楽はやらないからなぁ」


言われてみればわからなくもないかもしれない。

無から有を生み出し、他者を感動させることがあるという点では音楽も美術も似たようなものだ。

そう考えると、ますます『トロヴァトーレ』に加入する意思が強まってくる。


「まぁでも全員が音楽系スキル振ってるわけじゃないし。ぐっすりさんもあたしもそうだし」

「そういえば、アマリは何にスキルを振ってるの?」

「あたし? あたしは晶輝オーアクラリカのボーナスが得られる宝石鑑定とか美術品の鑑定とかと、あとは地属性魔法とか。β時代から居る晶輝オーアクラリカとしてはかなりベーシックな振り方じゃないかなぁ」


どうやらアマリもβ時代からのプレイヤーらしい。

しかし、とふと思い至る。


「あれ、でもなんでさっき草原で種集めてたの?」

「それについてはわたしから説明した方が早そうですねぇ。カズキさん、仮に『トロヴァトーレ』に加入なさったとして、最初の絵はどうやってお描きになるつもりですかぁ?」

「……え?」


最初の絵、と問われても困惑してしまった。

どうやってと訊かれても、普通に紙やペン、絵の具やマーカーがあれば描ける。

ただ、この世界観にマーカーやコピックといった画材があるかは解らなかったが。

そこで、やっと気付く。


「そうか……最初の画材を揃える金が、無いんだ」

「そういうことですねぇ。最初の……そうですね、スケッチブックや筆、絵の具などをわたしやアマリちゃんが買って差し上げるのも不可能ではありませんが、今後永遠に買い続けていくというのはお断りですぅ」

「寄生、ってやつね。ある意味」


『寄生』というのもなんとなくネットゲームの用語のように思えたが、パラサイト、という言葉に変換すればなんとなく咀嚼できた。

要するに、『トロヴァトーレ』に所属し、『トロヴァトーレ』のメンバーの厚意に甘え続け、描きたい絵だけを描き続けることは出来ない、ということのようだ。


「ってことは……アマリは、自分のやりたい事をやる資金を集めるために、誰かに頼まれて種を集めてた?」

「そういうこと。理解が早くて助かる。厳密には違うんだけどね。一応迷宮ラビリンスの攻略も気まぐれでやってるから、ぐっすりさんに薬を作ってもらう材料の薬草を買い付けるコネクションが欲しかったの」


にこりと笑顔を浮かべて、肘をテーブルにつき頬杖をついたアマリが明るい声で応じる。

それから補足のように、「だってせっかくファンタジー世界に居るんだよ? 魔法ぶっぱして気持ちよくなりたいじゃん?」と付け加えた。


「なるほど……で、迷宮ラビリンスってのは?」

「カズキ……あんたそれすら知らないでエンオン始めたの?」

「まぁまぁ、アマリちゃん。迷宮ラビリンスと言うのは、平たく言えば『ファンタジー世界で戦闘を行いたいプレイヤー向けのコンテンツ』ってところでしょうかねぇ」


じっとりとした視線を向けてくるアマリを手で制しながら、グッドスリープが苦笑する。

迷宮ラビリンス

グッドスリープはすらすらとした口調で、こう説明した。


この世界フェルドアーレアの東西南北、そしてほぼ中央の5箇所に存在するダンジョンのこと。

それぞれ出てくるエネミーもドロップするアイテムも、採掘や採取で得られるアイテムも異なり、深層部に向かう程レアなアイテムが得られやすい。

『トロヴァトーレ』のアジトが存在する街、レイクファイドから一番近いのは東の迷宮ラビリンス、混沌廃都メルアゲイル。

『トロヴァトーレ』のマスターは歌、音系のスキルを多数所持しており、豊富なサポートを得意としているため、迷宮ラビリンス攻略部隊メンバーとして他ギルドから依頼がかかり最前線に向かう事も少なくない。

グッドスリープ自身も、迷宮ラビリンスで得た薬草などのアイテムからその場で薬品を作り出しサポートするメンバーとして、攻略部隊メンバーに最前線というほどではないが招かれることもあるという。

アマリは迷宮ラビリンスの攻略についてはライト勢で、既にある程度攻略情報が出そろった浅いところをアイテムハントするくらい、と語った。


アマリとカズキが出会ったのは自由領域フィールドと呼ばれており、所謂『街でも迷宮ラビリンスでもない』エリア。

訪れるプレイヤーが多いぶんエネミーも討伐されやすく比較的安全であるが、アマリとの出会いの時のように多少癖のあるエネミーも存在する。


それだけの説明がグッドスリープとアマリの口から語り終えられると、アマリはもう何個目かわからないクッキーを口に放り込んだ。

クッキーの入っていた皿も空に近付いてきているが、8割はアマリの胃に収まっている気がしなくもない。

いくら食べても体重に変化が無いというのは、ある意味VRMMOの利点かもしれないな、と思った。


「だから、カズキは絵だけ描いていきたいかもしれないけれど、それでも資金稼ぎにある程度の戦闘スキルは必要だよねって話」

「なるほど……一番シンプルなのって言ったら、やっぱ剣とかかな。アマリも双剣を使ってたよな」


尋ねると、アマリは首肯する。

椅子から立ち上がると両腰の鞘から双剣を引き抜き、軽く構えて見せた。

……クッキーをもごもごと咀嚼しながらであるが。

刀身はそこまで長くないが、女性であるアマリが振るうにはこのくらいが丁度良いだろう。


「そだねぇ。振り回すだけでも一応は戦いになるし、スキルも素直で使いやすいのが多いから初心者向けではあるかな。あたしが2つ使ってるのは、趣味」

「へー」


ごくんと飲み込んでから剣について語ると、鞘に納めて再び椅子に腰を落ち着ける。

グッドスリープが顎に人差し指を当てながら「んー」と唸り、左手を上に軽く挙げる仕草をした。

メニューを呼び出しているんだ、とカズキもさすがに慣れてくる。


「剣なら、ロクさんに鍛えて頂きましょうかぁ~。と言っても今はオフラインですけれど……」

「買ってくるんだったらあたしが鑑定しながら付き合っても良いんだけどねぇ。カズキ、どうする?」

「ま、待って……話についていけない」


また知らない人名を出されて勝手に話を進められているので、苦々し気な声で二人に待ったをかけた。

剣についてはまだなにも考えていないが、最低限戦えて安ければ良い。

そう告げると「じゃあアマリちゃんと一緒に市場で見繕ったほうが早いかもしれませんねぇ」という結論になった。

あ、と言ってグッドスリープがぽんと手を叩く。

何かを思い出したらしく、右手をちょいちょいと振りながらカズキを見た。


「あぁ、一番大事な事を。結局『トロヴァトーレ』に入られるということでよろしいですかぁ?」

「あ、うん。お願いしたいな。色々迷惑かけるかもだけど」

「そこは持ちつ持たれつ。では、勧誘メッセージを送りますので、承認してくださいなぁ」


加入意思を確認すると、グッドスリープは再び左手を軽く動かす。

それから左手中指に嵌めている指輪――よく見たら、アマリがしていたのと全く同じ意匠であった――に何か声をかけていた。


「プレイヤーネームカズキ、ギルド『トロヴァトーレ』。勧誘メッセージ送信」


そう聞き取れたと思った瞬間に、眼前にメニューを表示した時と同じような浮遊するパネルが現れる。


〈プレイヤーネーム『Good Sleep』からギルド『トロヴァトーレ』に勧誘されています。加入しますか?〉

〈はい〉〈いいえ〉


『はい』に左手を伸ばすと、パネルは消え失せた。

グッドスリープは左の掌を上に向けていたが、やがてそこに燐光が纏い始め、収束するとアマリとグッドスリープの左手中指に嵌められていたのと全く同じ指輪が出現する。

指輪を差し出しながら、グッドスリープはもう見慣れた柔らかな微笑みを浮かべた。


「はい、ではこれからカズキさんは『トロヴァトーレ』の一員ですぅ。マスターには後程メールを打つとして……それは『ギルドリング』。ギルド内通話や、ログインしているギルドメンバーを確認できるアイテムですぅ」

「ギルリンの使い方は市場に向かいがてらあたしから教えとくよ。ぐっすりさんはその間マスターに連絡して貰える? カズキ、あと30分くらいログインしてられる?」

「え? ああ、うん。30分くらいなら、全然平気」

「オッケー。じゃあまずそれをどの指でもいいから嵌めといて。あ、結婚システムあるから左手の薬指はやめといた方が良いかも」


小声で言い添えられたそれに若干の気恥ずかしさを感じつつ、とりあえず今まで見てきたギルドリングは、と言っても二つだけだが、どちらも左手の中指に嵌められていたので、それに倣うことにする。

サイズは不思議なほどぴったりで、指輪をする習慣など無かったというのに、なんの違和感もなく中指に嵌まってくれた。

頂点に嵌まった小さな青い宝石をしげしげと眺めていると「じゃあとっとと行くよ」といつの間にか席を立っていたアマリに襟の後ろを引っ張られて引き摺られてしまう。

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