第3話 剣を左手に

市場は思ったより賑わっていた。

あちこちに屋台が並んでおり、客引きの声が四方八方から聞こえてくる。

カラフルな看板が玄関脇に立てられた一軒家としての体の店もあり、やはりこういうのはβテスター達の店かもしれないな、と思った。

リアルでは18時頃にログインして、草原に出るのにこのあたりを突っ切ったはずであるが、まるで記憶にない。

あの時はとにかく外に出たいと気がはやっていたせいだろうか。

それから、恐らく18時半頃にアマリと出会って。


とすると、今は19時前頃か。

XYZ ONLINEエンドオンラインをプレイしながら時間を確認する手段を持ち合わせていないので解らない。

おそらくそろそろログインするプレイヤーも増えてくる時間帯だとアマリから説明された。

要するに、学校や会社が終わって帰宅してくる人が増えてくる時間に差し掛かって来る、と。

とは言え学生は今は夏休みなのだが。


また、ギルドリングの使い方もアマリから教えて貰えた。

まず、指輪の頂点に嵌まった宝石に軽く触れてから話しかけると、ギルドメンバーに一斉に声をかけることが出来る。

そして、ギルドリングを所持している状態でメニューを開くと、フレンドリストの下にギルドメンバーリストという項目が増える。

ギルドメンバーリストを開くと、ログインしているメンバーの名前は白く光り、そうでないメンバーはグレーで区別が出来る。

しかし、アマリにアジトへと連れて行って貰った時に使った『ワープストーン』はギルド関連アイテムではないとのことだった。

ワープストーンは最大3箇所の地点を記録し、手を繋ぐなどして触れていれば最大3名ほどをそこへと瞬時に転移させることが出来るアイテムだそうだ。

そこまで高くないアイテムで、市場にもよく出回っているから、そのうち資金が溜まったら買えば良い、と言われた。

とは言え、別に迷宮ラビリンスなどに赴く予定も今の所はないので、ワープストーンが必要になる場面には遭遇しない気もする。


「一応あたしの知ってる鍛冶屋を何軒か回るんでいいかなぁ。一応近い順に回るとして……」

「そんなこだわりたいわけでもないし、適当でいいよ」

「甘い、あんたはエンオンを舐めてる!」


並んで歩きながら話していたが、アマリは急に立ち止まるとがっしりと肩を掴んできた。

ぶんぶんと揺さぶりながら、熱の籠った声でこう語り続ける。


「剣は手入れしなきゃ錆びるし下手すりゃ折れるし、適当なの買ったら後悔するんだからね! スキルレベル47の『鑑定眼』を持つあたしが一緒じゃなかったらなまくら掴まされてるよ!」

「う、うん……付き合ってくれてることは、すごく有難いと思ってるよ」


『鑑定眼』のスキルレベル47が高いのか低いのか、凄いのかそうではないのかは解らない。

しかしこうして彼女が誇るということは、うん、おそらく凄いのだろう。

とりあえずこれを語らせ続けると長い気がしたので、話題を逸らすことにした。


「そ、そういえば……さっきぐっすりさん指を鳴らしてクッキーと紅茶を出してたよな?」

「うん。あれはぐっすりさんの作ったやつだねぇ」


先程のクッキーはグッドスリープが作ったもので相違ないらしい。

しかし、どう見ても焼きたてのクッキーに淹れたての紅茶だった。

アマリがカズキを『トロヴァトーレ』のアジトに連れていくと言ってから作ったには早すぎる気がするし、お茶会セットを『保管しておいてあった』と考えるのが妥当としか思えない。


「空腹度システムは迷宮ラビリンスに籠り続けないための措置って言ってなかった? あれを持って行って迷宮ラビリンスで食べればいいだろ」

「普通はそう思うよね。でも無理なの。『腐る』から」


ようやく前を向いて歩調を取り戻したアマリに後れを取らないよう付いていきながら、料理についての質問を重ねていく。

はて、『腐る』とは。


「どんな料理も、街から出さなければアイテムパックに収納してようが出してようが1週間は持つ。出しっぱなしだと冷めるけどね。で、街から出た途端一時間で『腐って』、食事としての効力を失うんだ」

「ってことは、迷宮ラビリンスに料理を持って行って、腹が減ってから食べようとしても既に腐ってるってわけか」

「そういうこと。まぁ、敢えてある程度満腹ゲージを減らした状態で迷宮ラビリンスに入って、一時間経つ前に持って行った食事を食べて、満腹にしてから五時間籠るような猛者も居るけどね」


……さすがにそこまでがっつりXYZ ONLINEエンドオンラインに没頭する予定は今の所ない。

とは言え、当初の目標である『絵を描く』がある程度達成されたら必要になるかもしれないので、知識として頭の隅に引っ掛けることにしておいた。

もしかしたら『トロヴァトーレ』のマスターは、そういうことをする人だろうか。

攻略の最前線に放り込まれるのであれば、そのくらいしていてもおかしくはない。


「それに、エンオンやってる間リアルのお腹だって減る。リアルの食生活を疎かにしないようにするためとも言われてるんだよね」

「なるほどなぁ」


そう話していたら、とある家の前でアマリは立ち止まる。

煉瓦造りの赤い壁がやけに目立つ、立派な一軒家だった。

看板にはでかでかと『鍛冶工房 良』と書いてあって、自分で『良い』と銘打つとは随分大きく出たものだな、と感じる。

しかしアマリの知っている店であるならば、信頼しても問題は無いだろう。

アマリは『OPEN』のプレートがかかったチョコレート色のドアを引いて開けると、からころというドアベルの音を背景に店の中へと入っていった。

カズキもそれに続く。


リャンさーん、店開けてんなら居るよねー?」

「あいあいヨー、開けてるヨー!」


カウンターで区切られた向こう側から、小柄な男性……いや、女性か?

とにかく身長が1m程度しかない、小さな人物が現れた。

声のトーンも高く、性別が判断できない。

どこか中国を思わせるような青い服を身に纏い、銀髪は短いがさらさらとしていて耳にかからない程度の長さで切り揃えてあった。

リャン、と呼ばれたその人物は「どっこいせ」とカウンター内側にあるらしい踏み台に乗ると、ようやくカズキ達と目線が合う。


「おや、男連れとは景気が良いネー。あまりチャンもやっと結婚のアテが?」

「冗談。単に初心者向けの武器を見繕いに来ただけ。リャンさん、お勧めとかある?」


恋人と勘違いしたような発言をされて思わず顔が熱を持ったが、肝心のアマリがさらりと流してしまったので反応に困った。

……恐らく、リャンはそういう性格なのだろう、と思う事にする。

アマリから尋ねられたリャンは一度踏み台から降りると、カウンター内側の壁に掛けられていた剣のうち一つを降ろして――それにも踏み台を使っていた――カウンターへと置いた。

剣、として想像したらまぁ大抵の人はこういうものを思い浮かべるだろうなといった感じの意匠であったが、強いて言うなら少し刀身が細い。

鍔の部分には細かい鳥の羽根のような彫り込みがされていて、繊細な仕事ぶりが窺える。


「これとかどうだろうネー。フェザースチールで出来てるから硬くて丈夫で軽いヨー」

「え、でもフェザースチールってそんな高くはないけど出回ってないじゃん? わざわざレア素材使わなくて良いし予算はできれば5万リル以内に抑えたいんだけど」

「イヤ? 今そんなしないヨ? 正式サービスから始まったNPCの依頼でアイロンフェザーが大量虐殺されたからネー、フェザースチールもめちゃくちゃ出回って価格暴落だヨー」


そう言うと、リャンは右手を挙げ、パネルを呼び出した。

それは今までグッドスリープやアマリが呼び出したものと異なり、カズキにも視認できることが今までとの違い。

パネルへぽちぽちと何度かの操作をすると、「こんくらいネー」と言って回転させ、アマリに見せた。


「……フェザースチール、今こんなやっすいの!?」

「正式サービス開始でNPCの依頼もどーんと増えたからネー。フェザースチールで生計を立ててたプレイヤーはドドンマイ、だネー」

「あの……フェザースチールって何?」


自分の武器のことなのだ、素材くらい知っておきたい。

それに先程アマリは『折れる』とも言っていたし、きっと折れたら修繕に同じ素材が要るだろう。

そう思って尋ねると、アマリが説明してくれた。


フェザースチールとは、くちばしが鉄で出来た鳥型エネミー、アイロンフェザーから稀にドロップする素材である。

嘴という性質上一匹から取れる量が少ないという設定で、一本の剣を鍛えるのに100個のフェザースチールが要ると言われていた。

しかし先程リャンが言ったように、アイロンフェザーを狩ることを求められる依頼が増えたことにより、フェザースチールが出回るようになり価格も落ち着いた。

特徴としては硬くて軽く、初心者でも扱いやすい武器が作れる事。


「なるほど……じゃあ、そのフェザースチールの剣にしようかな」

「あいヨー。でもさすがにいきなり万単位のお買い物は初心者には厳しいよネー。貸してあげるから、いくらか外で振ってきなヨ。それでやっぱり買いたいってなったらお金をくれたらいいヨー」

「ありがとう、リャンさん。じゃあそのご厚意に甘えさせて貰うよ」


というわけで、フェザースチールで出来た剣『フェザーブレード』を携え、一度自由領域フィールドへと出ることにした。

右の腰に鞘を提げると、確かに金属特有の重みがあるが、刀身の長さのわりには軽い気がする。

一応はまだ借り物である、大事に扱わねば。

いきなり買う事無く貸して貰えたことも、フェザースチールで出来た剣を買えそうなことも、全てアマリのおかげだ。

改めて「世話になるな、ありがとう」と呟くと「いーっていーって、あたしの趣味みたいなもんだから」と返される。


「それにしても、中国の人もやってるんだな、エンオン」


リャンの口調は、中国人のカタコト日本語そのものだった。

しかしそれを聞いたアマリは右手を額に当てると、呆れたような声をあげる。


「……あれは、リャンさんのロール……早く慣れて……」

「あ、そうか……あれもロールなんだ……あと、リャンさん異様に小さかったよな。あれも人種? パラメータ見てる暇なくて」

「うん、リャンさんは小巧コボルリオサ。他ゲーならドワーフとかコボルトとか言えば近いかな。小柄だけど料理とか鍛冶とかのスキルが伸びやすくてすばしっこいのが特徴」


なるほど。

リャンのリアルでの体型は知らないが、あれだけ小柄なキャラで生きるというのも面白そうだと思った。

カズキはほとんどリアルの自分と変わらないキャラクリエイトをしている。

鳶色の瞳はくっきりとした二重で、すっと通った鼻梁に、薄い唇。

髪の毛の色も人生で一度も染めた事が無いので黒のまま、短く切り揃えている。

身長もリアルと同じ、174cm。

隣に並んだアマリよりは幾分か大きいが、アマリは女性にしてはやや高めのキャラクリエイトに思えた。


「アマリのキャラクリって身長何cm?」

「唐突だね……んー、164cmだったかな。ただ女性キャラは装備のヒールが高い傾向にあるから、あたしのピクシーブーツも3~4cmはあったはず」

「なるほど、それで俺と大差ないのか」

「ぐっすりさんなんて素のキャラクリが170cmでさらにヒール10cmだからね、たぶん立ったら抜かれるよ」


歩きながら左右に揺れるポニーテールを眺め、確かに座っていてもグッドスリープは上背があった気がする、と思い出す。

そうして街の出口である門に着いたところで、アマリが「あ」と声をあげた。


「そうだ、どうせだからもう一人初心者誘おうか。一人で行くの心細いって言ってたし。ナナちゃん、いるー?」


ぱっと顔を華やがせると、アマリはギルドリングに触れてから声をかける。

ほどなくして『はっ、はいぃ!』という若干怯えたような声が返ってきた。


「今から初心者と剣の試し斬りするんだけど、ナナちゃんも良かったらどう? 初心者でも二人なら心強いだろうし、あたしも後ろで見てるからさ」

『で、でも……私なんかがお邪魔して良いんでしょうか』


ギルドリングから聞こえてくる声は、鈴の鳴るようなソプラノ。

不安げに震えているそれは小動物を思わせ、なるほど確かに初心者っぽい。


「あたしが良いって言ってるから良いの! じゃあ南門で待ってるから」


少し一方的すぎるような気がする会話を終えると、アマリは左手を下げる。

ナナ、という声からしても態度からしても少女らしきプレイヤーと、どうやら一緒に敵を倒しに行くことになりそうだ。

ナナを待っている間、暇なので雑談に耽る。


「なぁ、そのナナって人、もしかしてロクって人と知り合い? さっきぐっすりさんが言ってたよな」

「おぉ、察しが良いじゃん。そうだよ、ナナちゃんはろっくんの妹。ただ、VR環境が一人分しかないから同時にログインは出来ないんだけどね」


それから、ナナとロクについて軽い説明を受けた。

ロクはβ時代からのプレイヤーであり、リャン同様小巧コボルリオサで『トロヴァトーレ』では武器のメンテナンスや作成を担っている。

そして、正式サービス稼働と同時に妹のナナを誘い、現在は二人で交互にプレイしているという。

ロクの名前の由来は『妹の名前がナナだから』だったらしいのだが、まさかナナが本名でプレイするとは思っていなかったそうだ。

本名についてはオフレコで、と言われたので頷いておく。

そして、ナナは風狩ウィンスヴェオラという、ロクとは違う種族でプレイしている。

武器以外の装備はある程度アマリ含めた『トロヴァトーレ』のメンバーが都合したが、肝心の本人のプレイスキルが未熟なため、カズキに付き合わせるメリットは大きいと思った、とのことで。


「おっ……お待たせしましたぁ!」


程なくして、小柄な少女が現れた。

今度は、余裕がある。

メニューを呼び出し、『周囲のプレイヤーの情報を表示』に切り替えた。


■*Nana*■

人種:風狩ウィンスヴェオラ

装備:ニュービーロッド フェアリーローブ フェアリーブーツ ウィンドティアラ  ギルドリング

称号:なし


ふむ、確かにこれは『ナナ』以外呼びようがない。

薄いクリーム色にアクセントで緑色のラインが入ったゆったりとしたローブに、頂点に大きな宝石が嵌まっただけのシンプルな杖を持っている。

目はくりくりと大きいが、右目は緑で左目は青のオッドアイだった。

ゆるくウェーブのかかった金髪は肩のあたりで切り揃えられており、頭の上には細い線を組み合わせたような繊細なティアラを載せていて絵本のお姫様のようだ、と思った。


「よし、じゃあ揃ったから出発! ご覧の通りナナちゃんは後衛だからカズキが前衛ね。後方はあたしが見張ってるけど本気で襲われそうにならないと助けないから、ナナちゃんは後ろにも気を配る事」

「解った」

「は、はいぃ!」


自由領域フィールドは平和だった。

相変わらずだだっ広い草原が広がるばかりで、エネミーの影一つ見当たらない。

むしろ、プレイヤーの人数が多すぎる気すらした。

適当に見回しただけで5人は居る。


「敵見つけるまで、油断しない程度に自己紹介でもしたら?」


アマリの提言で、自己紹介をすることにした。

なんとなくナナはこちらに遠慮している気がしたので、緊張を解す時間も必要だろう。

前方を警戒しつつ、軽く後ろを向いてナナと一度目を合わせてから、再び前を向いて自己紹介をする。


「俺はカズキ。ナナ、よろしくな。始めたばっかのぺーぺーだから、一応ナナの後輩ってことになるのかな」

「そ、そんな……! 私だって一週間前ですし、あの、そんな先輩なんて……リアルでも中学生ですし、カズキさんのほうが絶対年う……むぇ」


間抜けな声が上がったと思って振り向くと、アマリがナナの両頬をつねっていた。

おそらく、『リアルの話題は出すな』という事なのだろう。

どうやらナナはXYZ ONLINEエンドオンライン初心者どころかネット初心者なところまで自分と同じのようだ。


「あ、ほら。あそこのあれ、敵じゃない? ……ってヤバ、教えちゃった……」


ナナを解放したアマリは、声を弾ませて右手の方向に指を差す。

それから『襲われそうにならないと助けない』と言ったルールを破っていることに気付き、小声で自分に突っ込みを入れていた。

確かに、足の生えた球根から大きな花を生やしたようなエネミーが、もそもそとゆったりした動きで歩いている。


「じゃあ行くか。とりあえず斬ってみれば倒せるかな?」


右腰に提げた鞘から、左手で剣を抜く。

両手でしっかりと柄を握ろうとしたが、将来的には右手に盾などを着けるかもしれない。

そう思うと、片手で振るえるようになったほうが良い気がした。

左手だけでも充分構えられるほど、この剣は軽い。

それを見て、アマリが驚いた声を上げる。


「あれ? カズキって左利きなんだ。確かに絵描きさんって左利きの人多いって聞いた事あるかも」

「あ、あー……うん。絵は右利きなんだけど、剣とかは左の方が持ちやすいかな」

「へー、面白いね。器用~」


ぱちぱちぱちと拍手されたが、今は目の前のエネミーだ。

後ろからゆっくりと歩み寄って、剣のリーチ内に収めると狙いを済まし、左上から右下へと袈裟斬りを放った。

ひゅお、と風を斬り裂く音がすると同時に、エネミーはアマリが倒した時と同様、荒いポリゴンとなって霧散する。


「倒せた……のかな?」

「やるじゃん。んー、フェザーソードはいきなり強すぎたか?」

「わ、私何もしてないですね……」


とりあえず、フェザーソードの使い心地はなかなか良い。

初めて敵を倒した記念すべき相棒として、これを買うことに決めた。

……払うのは、アマリであるが。

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