第2話

「しょうがないッスねえ。とりあえず、新傭兵ゾーンの町に行ってみるッス? あそこの銀行バンクの周りなら、少なからず、ひとは居るはずッスから」


 トッシェがそう提案するのだが、ネーネがあからさまに嫌そうな顔をして


「ええー? あそこって、確かに新規プレイヤーも多いけど、それ以上に現行プレイヤーが、うちの国にこないかって、しつこいのよねー。わたしは食料を買うお金を銀行バンクから降ろす時以外は近づきたくないなー」


 ネーネの言いは、さもありなん。彼女の言う通り、新傭兵ゾーンの銀行バンクの入り口には、夜の繁華街のポン引きの如くに、現行プレイヤーたちで溢れかえっているのだ。ネーネはこの1週間に何度、すいません、すいません。もう行く国は決まっているのでーと断ってきたことか。


 それでもフランスはクソなのデスワ! あんな国に行ったら、貴女のようなキレイな心の持ち主が3日で汚れきってしまうのデスワ! せめてイングランドと同盟を結んでいる国にすべきデスワ! と、特に金髪縦髪2本ロールが司祭服の上からでもわかるほどの大きな胸を揺らして、力説してきて、うんざりとなってしまったネーネであった。


「わたし、出来るなら、もうあの町の銀行バンクに近づきたくないー。特に金髪縦髪2本ロールには会いたくないー」


「ん……? なんかどこかで見たたことがあるような、ないような?」


「まさかッスけど、あいつ、新傭兵ゾーンに来ているんッスか? 仮にもイングランド陣営の三大傭兵団クランのひとつの筆頭ッスよ? わざわざ、新傭兵ゾーンで新規参入者を囲うことはしないと思うッスけど?」


 ナリッサとトッシェがまさかなあ? と言い合い、他人のそら似だろうということで落ち着くのであった。しかし、銀行バンクに寄らなければ、もうひとりの徒党パーティ仲間が集まらないのも事実である。


 日曜日の午後3時半と言えば、現行プレイヤーたちがボスNPCを狩りに行っている真っ最中だ。傭兵団クラン4シリの御使いデス・エンジェル】に所属するメンバーのほとんどは、ボスNPC狩りか生産かのどちらかで忙しい。


 もちろん、トッシェたちの徒党パーティ仲間であるデンカ=マケールとマツリ=ラ・トゥールにも、トッシェは一応、声はかけることはかけた。だが、マツリが最近、生産に目覚めたらしく、デンカに師事を乞うている真っ最中であったのだ。


 新婚の2人の邪魔をするのも悪いッスねとトッシェたちは思い、ネーネと合流を果たしたのだが、早速、手詰まり状態に陥ったのであった。


「どこかに死にかけの新規プレイヤーが居ないッスかねえ? そしたら、助けたとついでに、俺っちたちの徒党パーティに誘うんッスけど……」


「ん……。とりあえず、四大天使が居る場所に行ってみる? もしかしたら、徒党パーティで挑まないと倒せないボスって知らずに突っ込んでいった新規プレイヤーが居るかもしれないし」


「まっさかー? だって、クエストを受けるためのNPCが口酸っぱく、徒党パーティを組まないと倒せないって言ってたよー? それでもソロで挑むヒトなんて、居ると思えないんだけどー?」


 ネーネは四大天使クエストをNPC・サタンから受諾する際に、そのNPC・サタンに口酸っぱく、徒党パーティを組めと言われたのであった。そのため、休日を選び、わざわざ兄であるトッシェとその友人のナリッサに手伝ってもらうことにしたのである。


 そんな四大天使にソロで挑むなんて、控えめに言ってアホとしか言いようがない人物が果たして居るのかどうか? と訝しむネーネであったが、トッシェとナリッサがそんなネーネの心配も余所に、四大天使のひとり・ラファエルの元へとやってきたのであった。


 四大天使は新傭兵ゾーンの東西南北の端にそれぞれ1体ずつ配置されていた。ラファエルは北の端の山の麓の1本の大樹の側に立たずんでいた。


 そして、そのラファエルの足元にはひとりの傭兵が倒れていたのである。


「あー。やっぱり居たッスね。四大天使にひとりで挑むアホが。やっぱり、【地獄の門】を無くしたのは運営の失敗だと思うんッスよ」


「ん……。予定通りと言えば、予定通りだね。これであそこに倒れているのが回復職の卵だったら、嬉しい限りなんだけど」


 新傭兵ゾーンに入り込んだ現行プレイヤーは初級職に落とされ、さらにはキャラのステータスもLv25程度に設定される。そのため、トッシェは盾職丁稚でっち・鍛冶屋、ナリッサは支援系職の丁稚でっち・商人となっている。今、トッシェたちの徒党パーティで足りないのは回復職であった。


「あのヒト、アホか何かなのー? だって、散々、徒党パーティを組まないと、四大天使を相手するのは無理だって、NPC・サタンに言われてたのよー?」


「まあ、そんなに言ってやるなッス。昔は【地獄の門】にソロで挑むアホなんて山ほどいたんッスから。だから、今の時代でも四大天使相手に同じことをする奴が居ると思って、ここに来てみたんッス」


 へーーー。ノブレスオブリージュ・オンラインって、MMO・RPGなのにソロでプレイするヒトが居るって、お兄ちゃんからは聞いていたけど、まさか、本当に居るなんて思ってなかったなー? と悪い意味で感心するネーネである。


「とりあえず、あいつを助けてやるッスかね。後々、ネーネの徒党パーティ仲間になってくれるかもしれないッスから」


「えーーー!? あたし、NPCの説明をちゃんと聞かないヒトと徒党パーティを組む気にはなれないよー!?」


「ん……。家電製品とかでも、説明書を読まないタイプかもしれないね。でも、そんなの気にしてたら、徒党パーティを組めなくなっちゃうから、そこはおおめに見ておいた方が良い」


 ナリッサさんって、心が広いのねー。でも、わたしは何だか嫌なんだけど……。でも、ここで贅沢を言っていたら、銀行バンクに寄らなくなっちゃうしー。究極の2択って、こういうことを言うんだなー。仕方ないかー。背に腹は変えられないって言うし……と、ネーネは観念することになる。


 ネーネ一向はラファエルの傍らで倒れている男性に近づく。すると、その男性はむっくりと幽霊ゴースト状態で起き上がり


「くっ。なんてゲームなんだぜ……。今まではソロで全部倒せてきたっていうのに、こんなところにラスボスクラスを配置するなんて、ノブレスオブリージュ・オンラインの運営は鬼畜生なんだぜっ!」


 何か、アホなことを言っているので、見なかったことにして帰りたくなるネーネである。だが、そんなネーネの考えも無視して、トッシェがその男に話しかけるのであった。


「おッス。おッス。災難だったッスね。四大天使はこの新傭兵ゾーンでは最強ボスNPCッスからね。どうッスか? もし、あんたが回復職だったら、俺っちたちと、このボスNPCを攻略するッスか?」


 そんな都合の良い展開なんてあるわけないでしょ……。アタッカー職が自分を顧みずに徒党パーティ必須のボスNPCに突っ込んでいくならまだしも、随伴NPCを借りなきゃ、このゾーンでも苦戦するような回復職が何故に四大天使に挑んでいるのか、謎すぎるわよ……とネーネが口から声を出そうとしたその時であった。


「あーははっ! いやあ、随伴NPCを伴って、ここまでこれたモノだから、ついつい、四大天使なんて雑魚だろうと舐めてかかったのが失敗だったんだぜ。俺様の名はケージ=マグナってんだ。職業は回復職の求道者だが、行く行くは【十字軍クルセーダー僧正】になる予定なんだぜ!」


 眼の前の幽霊ゴースト状態の男が、所作『あーははっ!』をしだし、あーははっ! と豪快に笑い、仁王立ちをするのである。ネーネ(川崎・寧々かわさき・ねね)は、まさに開いた口が塞がらない状態であった。


「おっ、こいつはなかなかの傾奇モノッスね。回復職でありながらサブアタッカーを目指すなんて、気が狂っているとしか思えないッス。まるでデンカさんみたいに狂っているッス!」


「ん……。盾職の鍛冶屋でありながら、腕力鍛冶屋を目指しているトッシェと相性が良さそうだね。こんにちわ、ケージさん。僕の名前はナリッサ=モンテスキューだよ? 気軽にナリッサって呼んでね?」

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