第3話

「ちょっと。みんな、この男を徒党パーティに入れる気満々だけどー。わたしはまだ認めたわけじゃないよー? わたしの意見を聞く気はないわけー?」


 ネーネは自分だけが会話の外に追い出されている感じがして、少し意地悪を込めて、兄であるトッシェに文句をつけるのであった。対して、トッシェは所作『困る』をして、頭を右手でぽりぽり掻くことになる。


「そうッスね。これはネーネが主役のクエストッスもんね。ネーネがケージさんを徒党パーティに入れるかどうか決めるべきッスね。ちなみに、多数決の原理で、ネーネが反対票を入れても、結果的にケージさんは俺っちたちの徒党パーティに入るんッスけどね?」


「ちょっとー! それじゃ、結局、わたしの自由意思なんて関係ないじゃないのー!」


 ネーネは所作『ふくれる』を使い、ぷくーとほっぺたを膨らませて、抗議の色をその端正な顔に表情として映し出す。さらに続けて、ネーネは自分の徒党パーティに加入すべき条件まで言い出す始末であった。


「わたしとしては、イケメン美青年のケージさんは、顔だけは合格よー? でも、男は顔だけじゃないのよー! お兄ちゃんと一緒で、一見チャラ男に視えながらも、中身はしっかりモノじゃないと、いけなわけよー? そこのところ、この腕力馬鹿にはわかっているの? って話なわけー!」


 ネーネの言い分は最もであった。いくらノブレスオブリージュ・オンラインの新規参入者で、さらに新傭兵ゾーンをうろついてる人間であったとしても、四大天使の攻略に関してはクエストを受注するNPCに口酸っぱく、徒党パーティを組めと言われているのだ。


 だが、眼の前の幽霊ゴースト状態の男は、その助言を一切聞かず、さらには本来、回復役である求道者がひとりのこのことラファエルに喧嘩を売って、結局、ボロ負けしたのである。


 そんな向こう見ずな男は、お兄ちゃんだけでお腹いっぱいなんですー! とネーネ(川崎・寧々かわさき・ねね)は思うのであった。そんな心情を察したのか、ナリッサがトッシェのフォローをすべく口を開く。


「ん……。ネーネちゃん。トッシェもケージと同じく、ソロで四大天使に喧嘩を売っていたよ? 今のケージと同じく、ウリエルの前で幽霊ゴースト状態になってた」


「いやあ、あの時は運良くナリッサたちの徒党パーティに空きがあって助かったッスよ。俺っち、悪運だけは強いッスからね!」


 トッシェがノブレスオブリージュ・オンラインを始めたのは今から5年ほど前であった。その時はまだ新傭兵ゾーンも新規参入者で賑わいを見せており、トッシェは難なく【地獄の門】は徒党パーティを組んでクリアは出来たのだ。


 だが、いくら土曜日の夜と言えども、深夜1時を回っていたため、その時の徒党パーティは解散となってしまったのだ。1分でも早く、新傭兵ゾーンから抜け出して、西ヨーロッパの各地へと出歩きたかったトッシェは無謀にも四大天使クエストをひとりでこなそうと躍起になったのである。


 結果はケージと同じく惨敗であった。トッシェは幽霊ゴースト状態に成り果て、自分にもっと力があればと悔やんだものであった。


 しかし、非情な現実に打ちひしがれていたトッシェを救ったのは、トッシェと同時期にノブレスオブリージュ・オンラインを始めたナリッサであった。


「ん……。ケージを見てたら、トッシェとの出会いを思い出したよ。ちょうど、あの時は、僕の徒党パーティでは盾職がいなかったんだよね」


「そうそう。偶然もあそこまで行くと、なかなかに神がかっていたもんッス。今のこの状況って、かつての俺とナリッサみたいな運命の出会いなのかもしれないッスね? ネーネ。ケージさんとのこの出会いは大切にしておいたほうが、良いかもッスよ?」


 トッシェの言葉とは裏腹に、ネーネの表情は、明らかに嫌そうな顔を示していた。ノブレスオブリージュ・オンラインはオープンジェット型・ヘルメット式VR機器を装着してプレイすると、プレイヤーの現実世界の表情がゲーム内で反映されるという特典つきである。


 もちろん、【所作】を使用しても、キャラクターの顔の表情はころころと変えることが出来る。しかし、やはり【所作】は運営が用意した作り物の表情となってしまうため、オープンジェット型・ヘルメット式VR機器を通した表情のほうが感情豊かである。まあ、顔に感情が出やすいタイプの人間はトラブルの種になるため、注意が必要ではあるのだが……。


 しかしながら、女性プレイヤーにとっては、この機能はなかなかに便利であった。出会い厨相手には、チャットのメッセージだけでは、自分が嫌がっていることは伝わりにくいモノである。しかし、キャラクターの表情に如実に侮蔑が込められていれば、いくら厚顔無恥な出会い厨と言えども引かざるをえない。ノブレスオブリージュ・オンラインのこの機能は女性を守る点では役に立っていると言えよう。


「あーははっ! あからさまに嫌そうな顔をされているんだぜっ! しかし、俺様はその程度では引かない男なんだぜ? 俄然、あんたさんがたの徒党パーティに入れてほしくなったんだぜ! どうだい? 俺様で良ければ、回復役として入れてくれないか?」


 ネーネは、むむーと唇を尖らす。これ以上、邪険に扱うのも初対面のヒトに対して失礼かなー? と思ったネーネ(川崎・寧々かわさき・ねね)は、一度、ふうううと嘆息し


「わかったよー。そこまでケージさんが、わたしたちの徒党パーティに入りたいって言うなら、わたしもとりあえずはケージさんの加入を認めるよー」


「あーははっ! ありがとうなんだぜ、お嬢さんっ! ところで、まだ名前を伺っていなかったんだぜ。俺様としては、こんな美人に名前を聞かないのは大失敗だったんだぜ!」


 はいはい、言ってろ、言ってろー。どうせ、わたしはこのキャラクターと違って、ちんちくりんですからー。キャラの見た目で判断したいなら、どうぞご勝手にーと、自キャラを褒められているのに、冷めた感情になってしまうネーネ(川崎・寧々かわさき・ねね)である。


「どうせ、誰にでもそんなこと言ってるんでしょー? ケージさんはー」


 ネーネがつい嫌みを込めて、ケージに言ってしまう。だが、ケージは、あーははっ! と豪快に所作『あーははっ!』をした後に一言


「いやあ、これは一本取られたんだぜ……。俺様はそんなに軽い男に見られちまったのか。いやあ、すまない、すまない。言い直しをさせてもらうんだぜ? 素敵なお嬢さん。是非、お名前を聞かせてほしいんだぜ?」


 ネーネ(川崎・寧々かわさき・ねね)は、くっ、こいつまったく反省してないよー! と部屋の中でつい叫んでしまう。隣の部屋でガタンッ! と大きな音がしたので、たぶん、自分の大声でびっくりしたお兄ちゃんがパソコン・チェアからひっくり返って落ちてしまったことは川崎・寧々かわさき・ねねには手に取るようにわかるのであった。


 ふしょうぶしょうながらであるが、これ以上、押し問答をしていても話が先に進まないと判断したネーネ(川崎・寧々かわさき・ねね)は、ケージに自キャラの名前を教えることにする。


「むーーー。わたしの名前はネーネ=ルシエだよー。てか、わたしのキャラの頭の上に名前が表示されているんだから、それくらい、聞かなくてもわかるでしょー!?」


「むむ? そうなのか? いや、しかし、ネーネさんのキャラには名前は表示されていないんだぜ?」


「あっ。しまったッス……。ネーネに肝心な設定を教え忘れてしまっていたッス。おい、ネーネ。メニュー画面を開いて、【機能】にカーソルを持って行って、【全般設定】を開くッス。多分、今、ネーネがフレンド登録しているキャラにしか、自キャラの名前が表示されていない設定になっているはずッス」


「ん……。ノブオン初心者にはよくある設定ミスだよね。運営もセクシャル・ハラスメント対策で女性キャラの場合は名前を隠すように初期設定をそうしているんだろうけど、事情をよくわからないヒトにとっては、あとあと気づいて赤面しちゃうみたいだよね」


 ナリッサの言う通り、散々、ケージに啖呵をきってしまったネーネの顔は現在、ゆでだこのように真っ赤に染めあがっていたのであった……。

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