第2話

 そのデンカの一言に、マツリ(加賀・茉里かが・まつり)は頭の中の何かがブチッとキレる音が聞こえた。


「うるさい……」


 マツリの小さい声に、えっ? と疑問符が頭に浮かんだデンカ(能登・武流のと・たける)である。何かの聞き間違いなのか? と思い、デンカ(能登・武流のと・たける)はマツリに今、何て言ったんだ? と聞き返す。


「うるさいっ!」


 今度は、デンカ(能登・武流のと・たける)の耳にはっきりと聞こえる声量でマツリの声がデンカ(能登・武流のと・たける)に届く。


「何が【イングランドの恥部】よっ! 何が【ノブオン史上、最悪の暴君】よっ!」


「お、おい、マツリ、落ち着けって!」


 しかし、マツリ(加賀・茉里かが・まつり)はデンカの静止を振り切って、言葉を繋げる。


「デンカはあたしに対して、いつも紳士なのっ! そりゃたまにおっさんらしく下ネタを言うけれど、あたしが嫌そうにしてたら、すぐに話をやめるのっ!」


 マツリ(加賀・茉里かが・まつり)は堰を切ったかのように声を出す。


「デンカはあたしに対して、いつも気を使ってくれているのっ! そんなデンカが【暴君】なわけないじゃないっ!」


 マツリ(加賀・茉里かが・まつり)は感情を爆発させて、喉から絞り出すように声を出す。


「デンカはあたしに親切で、あたしに優しくて、あたしにいつも元気をくれるのっ!」


 マツリ(加賀・茉里かが・まつり)は左眼から涙を一筋流しながらデンカに自分の声を届ける。


「デンカはあたしが装備を買うお金が無い時は、いつも親切にも、あたしにお金を貸してくれるのっ!」


 マツリ(加賀・茉里かが・まつり)は両目から涙をこぼしながらデンカに思いの丈を伝える。


「あたしが合戦の対人戦で負けたら、デンカは優しく『次は勝てるさ』って言ってくれるのっ!」


 マツリ(加賀・茉里かが・まつり)は流れる涙を止められずにデンカに告白する。


「デンカはあたしが落ち込んだら、いつでもあたしのそばに居てくれるのっ! あたしが元気になるまで、黙って、あたしの愚痴を聞いてくれるのっ!」


 マツリ(加賀・茉里かが・まつり)は泣きじゃくりながら、ひっくひっくと声を詰まらせながらもデンカに自分の気持ちを声に出していく。


「あたしはデンカがあたしと一緒に居てくれることが嬉しいのっ。イングランドの奴らがデンカのことを【イングランの恥部】って揶揄するなら、あたしがそいつら全員、ぶちのめしてやるのっ! イングランドの奴らがデンカのことを【ノブオン史上、最大の暴君】って揶揄するなら、あたしがそいつら全員を否定してやるのっ! デンカはこんなにあたしに親切で、あたしに優しくて、あたしにいつも元気をくれるって、言ってやるのっ!」


「ははっ。そんなこと言ってくれるの、マツリだけだぜ?」


 デンカ(能登・武流のと・たける)は何だか照れ臭い気持ちになっていた。ここまで、自分のことを思っていてくれる人間に出会えたことは無かった。


「良いのっ! あたしはデンカにたくさんの返しきれない恩をもらっているのっ。だから、あたしはイングランドの奴らを全員、敵に回したってかまわないのっ!」


「わかった、わかった。俺が悪かったって……。だから、泣き止んでくれよ?」


 マツリ(加賀・茉里かが・まつり)はオープンジェット型・ヘルメット式VR機器のシールドを上方向に上げて、その辺りにあったタオルで涙を拭きとる。


「な、泣いてなんかないわよっ! ちょっとだけ、感情が昂って、眼から涙が零れ落ちただけなんだからっ!」


 それを泣いていると言わずに、何を泣いているんだとデンカ(能登・武流のと・たける)は思う。


「ありがとうな? 俺のためにそこまで怒ってくれてさ?」


 デンカ(能登・武流のと・たける)は素直に感謝の念をマツリに送る。その言葉を受け取ったマツリは何だか、自分が恥ずかしいことをしてしまったという自責の念にとらわれることになる。マツリの人生経験上、男性に対して、泣き声をあげたことなど、自分の父親以外の前であっただろうかとさえ思う。


 しかし、答えは至ってシンプルであった。


「あ、あたしがデンカに泣き声を聞かせたのは、トッシェやナリッサにも秘密だからね? もし、誰かに言ったら、デンカとは一生、口を利かないからねっ!?」


「はいはい。わかっているから。そんなの、俺が他の誰かに言うわけないだろ? 俺が墓場にまで持っていく秘密のひとつとしておくさ」


「うん……。絶対だからね?」


 それから10分も経った後だろうか? 涙が完全に引っ込んだマツリは、デンカを引き連れて、再びノブレスオブリージュ・オンラインで過去最強と呼ばれたボスNPC:ベルゼブブに挑んでいくのであった。


 何度も全滅しかけに陥りながら、その度にデンカとその従者:ダイコンはマツリを逃がすべく、自らを盾にする。ダンジョン【忘れられた英雄の墓場】の26階層以降は徒党パーティが全滅すると21階層から、またやり直しになるためだ。


 マツリたちは21階層から25階層までのクリアに土曜日の6時間近くを消費させられたのだ。いくらそのボスNPCたちを1度倒して、攻略方法は確立している2人といえども、よくて半分の3時間はかかるだろう。


 だからこそ、デンカは自分の身を削ってまで、マツリを逃がし続けたのだ。ぎりぎり全滅を免れつつ、再度、ボスNPC部屋の前に集う。マツリとデンカたちのベルゼブブへのリベンジは早6回目へと突入しようとしていた。


「デンカ。あたし、思うのよ。最初からダメなら逃げようとか考えているから、敵に対してアグレッシブに攻め切れないって。それなら、火力を集中させて、ベルゼブブが呼び出すお供を2ターン以内に倒しちゃうのよっ!」


「いや、しかし、それは理屈としては正しい気がするけど、そうなると、俺まで回復に回らずに、その呼び出されるお供を倒せってことになるぜ?」


「そうよ? あたし、気づいたのよ。ベルゼブブ本体の直接攻撃は、あたしが喰らっても2,3発は十分に耐えられるのよ。あいつは5ターン毎に全体痺れ攻撃しか出来ない支援系に特化しボスなのよっ」


 この言葉にデンカは、はっと気づかされることになる。今まで、万が一の全滅を避けるために消極的な守り重視の戦法をとっていた。そのことが原因でベルゼブブが次々と呼び出すお供を削り切れていなかった。デンカは改めて、マツリには卓越した戦術眼が備わっていることを認識させられる。


 合戦での4人徒党パーティによっておこなう対人戦でもそうだ。デンカたちの徒党パーティは同格の上級職が集まる敵徒党パーティが相手なら、1度負けた相手には2度と、完膚なきにまで叩き伏せられたことはない。むしろ、対戦成績だけで言えば、最後には必ずこちらのほうがその敵徒党パーティよりも勝利数が勝るのだ。


 合戦場では、デンカは俯瞰して大局を見る。この地点に自分たちの徒党パーティが配置されていれば、相手はすごく嫌がろるだろうという守りながら攻めるという思考を好む。だが、実際の対人戦において、ここ一番での戦術の提言はマツリなのだ。


 マツリが今が攻め時よっ! と宣言すれば、トッシェは防御を捨てて殴りかかり、守銭奴であるナリッサが自分の所持金を大きく消費する隠し業を発動する。マツリの一言が対人戦においては戦局を打開し、勝利するための鍵となることが最近は特に多くなってきた。


 デンカはマツリの言うベルゼブブ攻略を『是』として捉える。マツリの気づきを無駄にしたくないという思いも確かにデンカにはあった。現在時刻は夜7時にさしかかろうとしていた。ここで一念奮起せねば、いくらリトライを繰り返そうが、時間の無駄だとデンカは考えた。


「わかった、マツリ。俺はマツリのその戦術眼から導き出されたベルゼブブの攻略法を信じることにする」


「ん? 戦術眼? あたし、いまいち戦略と戦術ってよくわかってないのよね……。どっちが広域的で、どっちが局所的だったっけ? まあ、そんなことはどうでも良いわね。 今、大事なのは、デンカはあたしに才能があるから、それを信じるって言いたいってことだから」


 マツリの言い方に、デンカが何かひっかかるモノを心に感じてしまう。


「あれ? 俺、もしかして、おかしなことを言っちまったか? 俺としては褒めたつもりなんだけど……」


 デンカが自分の発言にあやがあったのでは? もしかして、マツリの機嫌を損ねてしまうような失言をしてしまったのか? と1分ほど、自分の放った言葉を振り返り、どこもおかしくなかったよな? ただの勘違いだろと結論づけるのであった。


「デンカがあんまりわかってないって顔をしているから、このダンジョン【忘れられた英雄の墓場】の全階層をクリアした後にでも、あたしの考えを伝えるね?」

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