第3話

 本当、何を見落としているのだろうかと、デンカは再び考えこもうとするのだが、マツリの言葉がそれを制止させる。


「あたしの従者:ヤツハシは職業:薬剤師だから、少しながらも回復スキルを使えるわ。基本的にベルゼブブがお供を呼び出してから次の全体痺れ攻撃までは、ヤツハシには呼び出されたお供の物理と術に対する抵抗力を下げてもらったあと、回復スキルを連打する設定に変えるわね?」


 マツリが従者であるヤツハシの行動設定をここにきて、大幅に変えると言い出したのだ。そのため、デンカは先ほどの違和感を払拭する時間を与えられなくなってしまう。自分にわからないことよりも、まずはマツリと打ち合わせを入念に行い、7度目の戦いである次で決着をつけられるようにするべきだとデンカは考えた。


「マツリ。わかっているとは思うけれど、ベルゼブブによるお供呼び出しのちょうど4ターン後に全体痺れ攻撃がくるからな? なるべく従者:ヤツハシの回復スキル発動の回数を増やすためにも、効果は5割から2割に低下するが、抗物理・術どちらも同時に下げれる【みたらし毒団子】を使った方が良いと思う」


「なるほどね……。あたしとデンカが両方、攻撃に回るんだから、【みたらし毒団子】のほうが合計ダメージとしては高くなるってことね……。デンカ、ありがとう。あたしはまだまだ未熟者だわ?」


「よせやい。マツリが未熟者だったら、ノブレスオブリージュ・オンラインをプレイしているプレイヤーの半数近くが未熟者になっちまうわ。謙遜も行き過ぎると嫌みだって思われるから、相手を選んで使うんだな?」


「もちろん、デンカが相手だから、あたしはまだまだ未熟者だなーっていう言葉を使ったのよ? デンカって、相手のことを気遣っているようで、あまり相手の深いところまで考えないタイプでしょ?」


 マツリに図星をつかれたデンカは、うぐっと喉から声を漏らしてしまう。その声がマツリの耳に届いたのか、マツリは可笑しそうにクスクスと笑うのである。デンカは参ったなあと、自分のおでこと髪の毛の生え際部分を左手の指でこするのであった。


「うっほん。俺は大局的立場から物事を俯瞰的に見るように心がけているから、どうしても表面的になっちまうんだ。これは俺の自慢すべき特性と言っても良くてだな?」


「はいはい。言い訳はよしこさん。デンカは従者:ダイコンがよっぽどピンチにならない限りは攻撃を続けてね? ベルゼブブのお供はターンが過ぎるほど、ベルゼブブ本体の魔法で強化されるんだからね?」


 言い訳はよしこさん……。たしか、マツリってまだ20代だったよな? 35歳である俺よりも歳を召しているような言い方をするもんだなあと、デンカ(能登・武流のと・たける)は失礼なことを思ってしまうのであった。


「はいはい。俺が悪うございました。しっかし、確実にお供を潰していくなら、俺は【斧槍ハルバート・5連撃】のような連撃系よりも、刺突系の1撃高命中系を使用したほうが良さそうだなあ?」


 ノブレスオブリージュ・オンラインには、近接武器を使う際に発動できる攻撃スキルが大別して3種類ある。連続して敵に当たるとダメージボーナスが得られる連撃系。1回攻撃だが命中率も高い刺突系。同じく1回攻撃でありながら連撃系とひけをとらない高ダメージを期待できるが、命中率に不安がある殴打系である。


 ベルゼブブが呼び出すお供の名は【ベルゼブブの眷属】であり、奴らは総じて回避力が高い。これまでの戦いではデンカが繰り出す【斧槍ハルバート・5連撃】が全段当たった試しがなかったのである。


 それならいっそ、ダメージボーナスは無いが確実に【ベルゼブブの眷属】の体力バーを削れる刺突系スキルを使える武器に変えるべきだろうと、デンカはそう考える。


「刺突系武器のほうが良いってのはわかるんだけど、デンカって、いつもその斧槍ハルバートを持ち歩いているでしょ? 他に武器なんて持っているの?」


「ああ、あることはあるんだけれど、やっぱり、5連撃が華麗に全段決まったほうが、爽快感たっぷりじゃんか?」


 ノブレスオブリージュ・オンラインのアタッカー職を持っているプレイヤーの中では連撃系が今一番もてはやされている。シーズン5.0に入り、運営がおこなったアンケートの結果ではアタッカー職の6割が連撃系、3割が殴打系、そしてたった1割が刺突系なのであった。


 連撃系はとにかく演出ムービーが華やかなのである。そして、殴打系は高ダメージを期待しての現実的な選択だ。しかし、刺突系は高命中率ながらも、演出ムービーは地味でダメージも地味なために、よっぽど敵の回避率が高くない限りは、好んで使われる武器ではなかった。


「男のヒトって、結局、派手好きよね。あたしは刺突系武器は好きなんだけどなあ? ほら、うちの団長って、ロンギヌスの槍を使っているから刺突系スキルを使うじゃないの? あたし、団長がロンギヌスの槍を使って、敵を屠る姿を見てから、あたしも戦士系のサブキャラを作ったら、武器を槍にしようかと思ってるのよ」


 マツリの団長推しに、何か面白くない気持ちになってしまったデンカは、ついつい、要らぬことをマツリに対して言ってしまう。


「マツリ……。団長が刺突系スキルを使うのは、団長が慎重かつ確実なダメージを稼いでいくことが目的じゃないんだよ。ありゃ、団長がただ単にロンギヌスの槍が格好良いから使っているだけからな?」


「えっ? そうなの? 団長って元から刺突系武器を使ってたわけじゃないの? あたし、知らなかったわ? その前は何を使ってたの?」


「団長は元々、長剣ロング・ソードの類を愛用してたんだよ。んで、シーズン4.0で追加されたボスNPCからのドロップ品から、ロンギヌスの槍の素材を手に入れてさ? んで、その槍の見た目に惚れこんで、わざわざ長剣ロング・ソードから槍に武器を変えただけなのさ」


 デンカ(能登・武流のと・たける)は自分の言っていることは意地悪なことこの上無いと思いながらも、自分の声が喉から発するのを止めることができないでいた。


「だから、マツリがもし戦士系のサブキャラを作るなら、俺は連撃系が使える長剣ロング・ソードの類をお勧めするぜ? やっぱり演出ムービーが派手なスキルを使っていたほうがゲームをしていて楽しいからな?」


「なるほど。それは一理あるわね……。やっぱりゲームなんだから、楽しくないといけないわよね……。デンカ、ありがとうね? あたしが戦士系のサブキャラを作ったら、デンカに色々と相談するね?」


 そう言うマツリに対して、デンカ(能登・武流のと・たける)はおう、まかせとけと胸を張って言いのける。しっかし、俺は団長相手に何を対抗心を燃やしているんだろうなあ? 俺って、こんなにガキだったっけ? とデンカ(能登・武流のと・たける)は思わずにはいられなかった。


 デンカ(能登・武流のと・たける)は、ふうううと一度、息を吹き、マツリの団長への想いは憧れであって、何か特別なモノじゃないだろっ、しっかりしろ、俺! と言い聞かせた後に、よしっと気合を入れ直す。


「あら? デンカにしては気合が入っているじゃないの? あたしに火をつけられて、次こそはやってやるぜっ! って思えるようになったってことかしら?」


「ああ、まったくもって、その通りだ。俺はマツリに元気と勇気をもらったからな。よっし、基本はマツリの戦術で行くぞ? んで、ピンチになったらマツリは逃げてくれっ!」


「あのね? もう逃げないって言ったでしょ? どんなにピンチになろうが、最後まで戦い続けるのっ! もし、デンカがあたしに逃げろ! って指示してきても、無視させてもらうからねっ!」


 冗談だよ、冗談とデンカは思うのだが、それは口には出さなかった。マツリが勝つための戦術を考えるなら、自分は負けないための戦略を考えるのが役目だと認識していたからだ。


 もし、デンカ(能登・武流のと・たける)がマツリと同じ部屋でノブレスオブリージュ・オンラインをプレイしているなら、マツリに頬を思いっ切り叩かれようが、負けが確定した時点で、デンカ(能登・武流のと・たける)はマツリのゲームパッドを無理やりぶんどって、コマンド【逃げる】を入力する気であった。


 しかし、それはデンカの杞憂であった。マツリたちは7度目の戦いで、マツリの戦術が見事にはまり、過去最強のボスNPCと呼ばれたベルゼブブは、驚くほどあっけなく地面に倒れ伏すことになったのであった。


「ほら。やっぱり逃げることを前提で戦うからダメなのよ。男は度胸。女も結局は度胸なの? デンカ、わかったかしら? ふっふーーーんっ」

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