第2話

 マツリがデンカにそう言ったあと、傭兵団クラン・ホールにおいて、プレイヤーが所持品や所持金を預けておける銀行バンクの受付NPCに話しかけ、そこに預けられている自分の貯金総額を見る。


 その額は、112万5640シリだ。これとは別にマツリが持ち歩いているのは1万シリちょうどである。


「先週の合戦では、ちょっと無理をし過ぎたから、改修費が約5万シリかかるとして……。だけど、新しく装備を整えるとしたら、防具1か所で20万シリよね……。うーーーん、頭が痛いわ」


 ノブレスオブリージュ・オンラインでは、生産職である鍛冶屋が作りだす廃人御用達装備となると防具1か所で1000万シリもするものが、ユーザーが自由に値段を設定し、自動で取引をおこなってくれる【バザー】で売られている。


 マツリやデンカのようなLv50前後の上級職のモノたちには、とてもでは無いが手が出せるシロモノでは無い。しかしながら、生産職人たちはそんな金を持っていない中級~上級職のプレイヤーたちにも手を出しやすい5~20万シリ程度の武器や防具を【バザー】にて出品している。


「ん? マツリ。今度の装備は1か所20万もするような高価な防具を買うつもりなのか?」


 マツリの隣でデンカも同じく、銀行バンクの受付NPCにアクセスし、自分の貯金や預けている荷物の確認を行っていた。デンカはデンカのほうで、防具の改修費に充てるために換金できそうな素材アイテムを物色していたのである。


「あたしは装備を新調して、見た目変更アイテムも使うつもりだけど、デンカは今の装備をそのまま使うつもりなの?」


 マツリがデンカのボロボロの僧衣を少し哀れな表情で見つつ、そう告げる。ノブレスオブリージュ・オンラインの装備品には耐久値と言うモノが設定されている。耐久値が減れば、その装備品の見た目もそれに比例して、鎧ならばヒビが入り、外套マントであれば、返り血で汚れていく。


 デンカが着ている僧衣となると、そこかしこに穴が開き、その穴から肌の一部が露出しているのだ。


「これなあ。確かに見た目はボロだけど、防具に付与されているステータスが良いんだよ。だから、買い替えて、同じ付与値にしようとすると、ステータス付与アイテムも含めて一か所40万シリは考えないとなあ……」


「そうなのね……。てか、いつから使っている装備なのよ。あたしがこのゲームを開始してから、見た目変更アイテムだけ使って、使いまわしているんじゃないの?」


「そう、その通り。確か、この装備を整えたのは4年前だったかなあ? あの時は全財産をはたいて、新調したんだよな。いやあ、装備一式を買いそろえた後はステータスアップ用の強化薬を買う金にも困ってたなあ……」


 デンカが何か懐かしさを伴う表情をその顔に浮かべながら言うのである。彼の表情を見て、マツリは何だかわからないが、心の中では納得してしまうのである。


「やっぱりお気に入りの装備は手放したくないモノよね。でも、あたしはそろそろ限界かなあ? 他の職業もそうだけど、【魔女】は特に攻撃魔法のダメージに四属性のステータスの値がそのまま乗ってくるもの。防具へのステータス付与アイテムの上限値が100から120に引き上げられた今、土属性値が70しかない今の装備だと、はっきり言って厳しいわ……」


「そりゃ確かに厳しいな……。確か魔法使いの攻撃魔法のダメージは、装備品に付与されている属性値の合計を5倍したダメージが足し算されるんだろ? えっと……、防具は頭、胴、籠手、脚絆きゃはん、履物で5か所。んで武器にも武器専用のステータス付与アイテムを使用できるし。全身、土属性が120付与さてれいるのと、70しか付与されてないとだ……」


 デンカ(能登・武流のと・たける)はスポーツサングラス式VR機器を自分の額の方にずらし上げ、メモ帳にボールペンで計算をおこなう。デンカ(能登・武流のと・たける)はマツリ(加賀・茉里かが・まつり)とは違いオーブンジェット型・ヘルメット式のVR機器を使用しておらず、スポーツサングラス式VR機器を使用していた。


 ノブレスオブリージュ・オンラインのプレイヤーには二通りのタイプがある。加賀・茉里かが・まつりのようにオープンジェット型・ヘルメット式のVR機器を着用し、よりゲームに没入できるようにしているタイプ。


 能登・武流のと・たけるのようにスポーツサングラス式のVR機器を着用し、時折、それを外し、裸眼でパソコンのディスプレイのゲーム画面を確認するタイプだ。


 どちらのプレイスタイルにも一長一短はある。デンカ(能登・武流のと・たける)は、スポーツサングラス式のVR機器を選んでいるのは、そのスタイルが持っている長所ゆえだと言える部分もある。


「んっと。全身、土属性が120だった場合は6倍で合計720だな。んで、全身70だと土属性は420。その差は300だから、ダメージに換算すると1500も変わってくるってことか……」


 デンカ(能登・武流のと・たける)がメモ帳を横眼に見ながら、キーボードを素早く打ち、ゲーム内のマツリに向かって、メッセージを送るのであった。


「あたしが使える攻撃魔法・石の龍ストン・ドラゴンのダメージが1500も上がるってことなのよ。そりゃ対人戦だと、敵プレイヤーに与えるダメージは半減するけど……」


「いや、でも、1500ダメが750ダメに半減したとしても、純粋に与えるダメージの底上げは出来ているんだぞ? しかも魔法攻撃は物理系攻撃と違って、必中だからな」


 デンカから送られているメッセージからは、彼が浮き浮きとしていることが感じ取れるマツリ(加賀・茉里かが・まつり)である。彼にとって、徒党パーティの火力が上がることは純粋に嬉しいことなのだろう。


 現在、マツリが組んでいる徒党パーティはアタッカー職である【魔女】。回復兼サブアタッカー職の【破戒僧正】。そして徒党パーティを敵の攻撃から守るための盾職の【一人前鍛冶屋】、そして支援系職の【一人前商人】である。この徒党パーティにおいて、【魔女】であるマツリが一番、ダメージを稼げる職業なのだ。


「ふふん。あたしの攻撃魔法のダメージが上がるのは、徒党パーティにとって、純粋に戦力アップに繋がるものね? そりゃあ、うちの徒党パーティの司令塔のデンカとしては嬉しい限りでしょ?」


「ん? そりゃ徒党パーティの戦力がアップするのは嬉しいが、それよりも、アタッカー職ってのは自分が叩きだすダメージが1でも増えることが嬉しさでもあり、このゲームの楽しみ方なんだ。俺は、どっちかというと、マツリがこのゲームを楽しめていることのほうが嬉しいぜ?」


 マツリ(加賀・茉里かが・まつり)は、デンカからの意外な言葉に少なからず心を動かされてしまう。デンカは徒党パーティの司令塔である以上、いついかなる時でも、徒党パーティ全体の戦力向上を目的として、皆の装備や各スキルに関しての相談を受けていると思っていたからだ。


「あ、あの……。デンカ? デンカって、もしかして、ノブレスオブリージュ・オンラインが大好きだったりするの?」


「ん? そりゃ当然だろ。じゃなかったら、誰がこんなゲームをサービス開始から10年も続けていられるかっての。俺は徒党パーティの戦力向上は確かに嬉しいが、それよりも、プレイしている奴らがこのゲームをこよなく愛してくれるほうが嬉しいんだよ」


「そっか……。あたし、今まで勘違いしてたかも。デンカがうちの徒党パーティの司令塔を買って出てくれているのは、合戦で大暴れして、名を上げたいとか、失礼な言い方だけど功名心が勝っているのかな? って思ってた」


 マツリは重々失礼な言い方だなと思いながらも、デンカに言わずにはいられなかった。しかし、それでもデンカのことを勘違いしないためにも言っておかなければならない気がしたのだ。


「ははっ。そりゃ、俺だって昔は功名心はあったさ。でも、今はそれよりも、ひとりでも多くのプレイヤーがノブオンで楽しんでほしいって思っているぜ? 俺は昔の俺じゃないんだ……」


「デンカ……。あのその……」


「おっと、しめっぽくなっちまったな。さってと、ボスNPCでドロップを狙うにしても時間は有限なんだ。マツリが欲しいと思っている装備品の値段でも【バザー】で調べてみようぜ?」

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