第1話

――西暦2035年7月第2週。フランス・ブルターニュ領の南半分を巡っての攻防が繰り広げられ、結果、僅差でフランス陣営が勝利を収めることになる。だが、攻め側がイングランド陣営であったため、フランス陣営には得るモノが何も無い戦いであった。しかし、得るモノが無かった勝利といえども、勝利であることは変わらない。フランス陣営に属するプレイヤーたちの士気が向上したことには変わりはなかったのだった――


「いやあ、先週はなんとか無事に勝てましたねー。これは傭兵団クランの皆さんだけではなくて、フランス陣営に所属する全てのプレイヤーに感謝の念を伝えねばなりませんかね?」


 こう言うはフランス陣営に所属するトッププレイヤーのひとり、【聖騎士パラディン】のハジュン=ド・レイであった。彼は合戦の際には常に皆の先頭に立ち、フランス陣営のプレイヤーたちを鼓舞しつづけ、彼の的確な判断の下、フランス陣営を勝利へと導いてきていたのであった。ゆえに彼は周りから【裁くモノ】といつしか呼ばれるようになったのである。


「ガハハッ! 殿とのは上機嫌でもうすな! どれ、我輩もフランス陣営の皆に、この素晴らしい筋肉を披露しようなのでもうす!」


 ハジュン=ド・レイの傍らで上半身の鎧を脱ぎ捨てて、傭兵団クラン・ホールに集まる皆に隆々たる筋肉を見せつける男。その名はカッツエ=マルベール。彼の職業は戦士系最上級職である【狂戦士ベルセルク】である。


 カッツエ=マルベールはハジュン=ド・レイと同じ徒党パーティを組み、ハジュンにかかる火の粉を全て粉砕してきたのであった。その獰猛なまでの闘争心は敵対するイングランド陣営からは、【闇の申し子】とまで呼ばれ、恐れられていた。


 しかしながら、カッツエ=マルベールは隆々たる筋肉を披露する悪癖はあるモノの、合戦以外の日常では、人当たりが良く、フランス陣営に所属するプレイヤーにとっては、いつかはあのような傭兵になりたいと羨望の的であったりもするのであった。


「カッツエくん。皆に向かって肌を露出するのは、先生、あまり感心しませんよ? いくらゲーム内のキャラクターだからと言って、上半身をさらけ出すのはやめてほしいところですよ……」


「ガハハッ! 殿とのがそう申すのであれば、この辺りでやめておくのでもうす!」


 カッツエは脱ぎ捨てた鎧を傭兵団クラン・ホールの床から拾い上げ、それを装着する。傍らに立つハジュンは、やれやれと言った顔つきだ。


 そんな2人を遠目に視る女性が居た。しかし、彼女は、はあああと、ため息交じりに口から言葉を漏らす。


「結局、今回の合戦では大した武功は稼げなかったわね……。いつになったら、あたしは敵の本陣の将官NPCを討ち取ることが出来るのかしら?」


 ハジュンとカッツエを羨ましそうに視ているのは、マツリ=ラ・トゥールであった。彼女はイングランド陣営に切り込み、Lv50のNPC(ノンプレイヤーキャラ)である将官を幾人か倒したのだが、如何せん。その後に控えるLv60以上のNPCの将官や対人専門の古参プレイヤーたちにあっけなく敗れさることになる。


 マツリ=ラ・トゥールは諦めずに、その後も、敵陣奥深くに攻め込もうとするが、彼女が所属する徒党パーティでは、実力が足りぬことを痛感させられるばかりであった。


「やっぱり、合戦ばかりにのめり込まずに、あたしも最上級職に位階ランクアップしたほうが良いのかしら? でも、そうなると、経験値稼ぎだけで3カ月以上もかかるのよね……」


 現在、マツリのキャラクターのレベルは50であった。最上級職に位階ランクアップするためにはLv55に到達しなければならない。しかし、やはりここはMMO(大規模オンライン)・RPG(ロールプイレイングゲーム)ならではの苦痛がある。


 ノブレスオブリージュ・オンラインのサービス開始時に比べれば、レベルアップまでの必要経験値はかなり削減されたほうだ。それゆえ、Lv1からLv40までは1日2時間、1カ月のプレイで到達することは可能なのである。


 しかしながら、マツリはそこからLv50に達するまでに延べ1年以上の歳月を費やすことになる。幸か不幸か、彼女はLv40に到達した時に、合戦の熱に浮かされてしまったのだ。


 ノブレスオブリージュ・オンラインの合戦は、水曜日のメンテ明けの午後4時からスタートする。平日は午後4時~午後7時までのいわゆる【夕方の陣】。そして夜9時から深夜0時までの【夜の陣】に合戦が行われる。


 土日はこれに正午0時から午後3時までの【昼の陣】が開催される。【魔女】マツリ=ラ・トゥールを操る加賀・茉里かが・まつりは、平日の仕事が終わった後、夕食と風呂をさっさと済ませて、ノブレスオブリージュ・オンラインを就寝30分前まで楽しむ生活を送っていた。彼女は自分の部屋にあるディスクトップ・パソコンの前に座り、オープンジェット型・ヘルメット式のVR機器を頭に装着し、時にはそのシールドの内側に表示されるソフトキーボードをブラインドタッチで叩き続け、時にはゲームパッドを握り、巧みにマツリ=ラ・トゥールを操作する。


「あーあ。経験値稼ぎって嫌なのよねえ。最近はモンスター愛護団体がうるさいのか、モンスターと言えども過激な流血表現は控えめになっているし……。それなのに、合戦場はそう言った規制はかなり緩やかなのよね……。血と汗と涙が飛び散る合戦場が恋しいわ……」


 ノブレスオブリージュ・オンラインは、人間やボスNPC相手だと血が飛び散るまで表現されているのに、ただの雑魚モンスターになると残虐表現は極端に制限されている。


「まあ、敵プレイヤーを斬ったら、腹から内臓がドロリと飛び出されても困るけど……」


「また何か物騒なことでも考えてんじゃねえのか? 内臓が飛び出すとか、刎ねられた首級くびが転がっていくなんて、女性が連想する言葉じゃねえぞ?」


 マツリ=ラ・トゥールが考えていることを透視でもしたかのように、彼女の徒党パーティ仲間のひとりであるデンカ=マケールがそう諫言するのであった。


「う、うるさいわね! 内臓がとは頭に思い描いたけれど、刎ねられた首級くびうんぬんまでは連想してないわよ!」


「あれ? そうなのか? いやあ、すまんすまん。マツリのことだから、たぶん、そうなんだろうと思ったんだけど違うのか? なんとなく、そう聞こえた気がするんだけどなあ?」


 ボロボロの僧正姿のデンカが、首をかしげながらマツリに聞き返す。マツリは、はあああと深いため息をつく。


「また聞こえるわけがないあたしの心の声でも、その脳みそにダイレクトに届いたの? いい加減にしとかないと、その手の病院に放り込まれるわよ? それよりも、あなた、あたしの経験値稼ぎに付き合いなさいよ」


「えええ? そんなこと言ったって、マツリは経験値稼ぎの狩りに行ったら、30分後には寝落ちしてんじゃんか。ニンゲン、自分に合わない努力はやめたほうが良いぞ?」


 デンカの一言に、うぐっと声を詰まらせてしまうマツリである。マツリは合戦の無い週などに自分の徒党パーティ仲間を誘って、経験値稼ぎにフィールドやダンジョンにたむろする雑魚NPC狩りに行くのだが、始めて30分もすると寝落ちしてしまうのであった。そこを的確に指摘されたためにマツリ(加賀・茉里かが・まつり)は自分の顔に熱がこもってしまう。


「う、うるさいわね! あたしが経験値稼ぎで寝落ちしちゃうのは、運営が悪いのよ! ダンジョンのボス退治は、視覚的にも刺激があるけど、経験値稼ぎ用の雑魚モンスター相手だと面白くも何ともないのがいけないのよ!」


「それはまったくもって、マツリと同意見だ。俺も経験値稼ぎのためだけの雑魚NPC狩りはうんざりだ。このゲームを10年も続けてきているけれど、経験値稼ぎだけは本気でうんざりだ!」


 マツリにとって、デンカは同志であった。共に合戦にのめり込み、キャラクターの育成がおぼつかないと言った、悪い意味での同志であった。


「んで、どうするんだ? 今週は【ヴァルハラの武闘会】週だから、合戦が無いぞ? 経験値稼ぎはこの際、脇に置いといて、俺たちでも倒せそうなボスNPCでも倒しに行くか?」


 現実世界の時間はただ今、夜21時半であった。いくら合戦の無い週だからと言って、ゲームにインをし、何かしらのボスNPCを倒して、素材やドロップアイテムを拾ってこなければ、合戦で傷んだ装備を改修するための資金を貯めることができなくなってしまう。


 痛んだ装備品の改修費はマツリやデンカのような合戦にのめり込むプレイヤーにとっては、死活問題となる。運営が用意している初心者用の装備品は、合戦で稼いだ武功と交換で手に入れることが出来る。


 だが、問題はその装備品の見た目が非常にダサいのである。合戦が好きなプレイヤーにはあるひとつの共通点があった。


 それはきらびやかな見た目の装備品を身に着けることだ。ユニークな見た目の装備品は、戦場で敵プレイヤー側からは恰好の的となる。だが、これはゲームなのだ。合戦場は目立ってなんぼの世界である。


 ノブレスオブリージュ・オンラインにおいて、ユニークな見た目の装備品を作ったり、手に入れたりするには、幾つか方法がある。


「そうね。そろそろ、あたしの装備品もボロボロになってきたから、ボスNPCのドロップ品を拾ってこないとね……」


「うん? ドロップ品を解体して、その素材を売り払って、装備品の改修費に充てないのか?」


「そうしたいのはやまやまだけど……。ノブオンも先月、大型アップデートが来て、シーズン5.1になって、武器や防具の新生産品が追加されたじゃないの。それで、どうせボロボロの装備品を改修して使うよりかは、いっそのこと、素の武器や防具も含めて、その見た目も一新しようかと思っているわけなのよ……」

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