風と共に踊る行進曲(マーチ)

ももち ちくわ

旋風の章

プロローグ

――西暦2035年7月第2週。西ヨーロッパ・ノルマンディから南西に約80キロ。ブルターニュ地方において――


 イングランド陣営300人とフランス陣営280人が丘陵地帯でそれぞれに陣を構えていた。


 夜の陣、開戦まで残り30分。それぞれの陣営では出撃地点となる通称:砦と呼ばれる場所にて、開幕の動きについて話し合っていた。


 いや、それは話し合いと言うよりは飛び交う怒号と言ったほうが似合っていた。


 誰かが作戦を立案すれば、それに異を唱えるモノ。賛同するモノ。諦観を決め込むモノたちで砦内は溢れかえっていた。


「ふぅ……。やっぱり土曜日の夜は最高ねっ。明日はほとんどのヒトがお休みだろうし、合戦の参加者は1週間で1番多いもの」


 見た目の歳は18かそこらの少女と言っては差支えがあるであろう女性がそう独り言を言うのであった。


 その女性の名はマツリ=ラ・トゥール。彼女の職業は魔法職の上級位階ランクである【魔女】であった。【魔女】は戦闘時には主に魔法を使って、攻撃や徒党パーティの支援をおこなう職業だ。


 彼女はメニュー画面からアイテム欄を開き、所持品と装備品をチェックする。


「えっと。食料は十分に持っているわね。あと、ステータスアップ用の強化薬と回復薬っと。うーーーん。ちょっと呪符の枚数が少ないような気がするけど、多分、大丈夫でしょ。足りなくなったら荷物持ちのデンカにもらえばいっか……。それよりもっと……」


「おい。ちょっと待て。誰が誰の荷物持ちだって言うんだ?」


 彼女の背に向かって文句を言う男が近づいていく。


「あら。デンカ。良い所に来たわね? 合戦中に呪符がもしかしたら足りなくなるかもなのよ。だから、デンカにおすそ分けしてもらうと思って、言ったまでよ?」


 マツリは後ろを振り向き、悪びれた様子もなく、文句を言う男に言い放つ。男は、はあやれやれと嘆息し


「ったく、なんで毎回毎回、合戦の度に俺にお前の荷物を持たせるんだよ。俺だって所持品の重量には気を使っているんだぜ?」


 マツリ=ラ・トゥールに話しかけ続ける見た目40台の男の名はデンカ=マケール。彼の職業は回復職の上級位階ランクである【破戒僧正】だ。【破戒僧正】は回復職でありながらも、武器を使っての攻撃も期待できると言った、少し特殊な職業である。


 しかしながら、【破戒僧正】が叩きだすダメージは本職のアタッカー職には見劣りしてしまう。言ってしまえば、【破戒僧正】は個人の趣味とも言えるのかもしれない。


「かよわい女性に重たい荷物を持たせようとしているところが、あなたのダメなところなのよ。破戒僧正なんだし、ステータスは腕力にも振っているんでしょ?」


 マツリ=ラ・トゥールの鋭い一言に、うっと思わず口をつぐんでしまうデンカ=マケールであった。


「本当にけち臭いなあ? 女性の荷物を持つ権利をあげようって話なのよ? なんでそんなに気が利かないのかしら?」


「なんでそんな話になるんだよ……。初期ステからして、破戒僧正は腕力極振りにしなきゃならんのは、俺の殴りダメージを上げるためであって、お前の荷物を持つためじゃない。俺の趣味のためのステータス振りなんだよ。その辺りの事情ってものをちゃんと理解しているか?」


 マツリの身体から放たれる威圧に負けぬよう懸命に、デンカ=マケールはマツリ=ラ・トゥールに対して抗議をおこなうのであった。しかし、いつものことであるが、結局、彼が彼女の戦闘中でのハンデを補うために、彼は渋々ながらも、彼女の荷物の一部を持つことになるのであった。


 マツリ=ラ・トゥールとデンカ=マケールがそんなことを言いあっている内に、合戦の開幕時間まで5分と差し迫ることになる。


 砦内は否応なく緊張感に包まれる。合戦において、開幕での陣の取り合いは、その後の戦況に大きく左右されるからだ。だからこそ、徒党パーティを組んでいる面々は自ずとその緊張感に蝕まれてしまう。


――ノブレスオブリージュ・オンライン――イングランドとフランスが100年戦争を繰り広げる西ヨーロッパを舞台にし、各国が覇権を唱えんとするために、毎日のように合戦が繰り広げられていた。


 当事国のフランスは海を挟み、イングランドを。西にポルトガル王国。北東に神聖ローマ帝国。南東にイタリア(法王庁)と各国に囲まれている。


 各国が西ヨーロッパの中心部であるフランスに攻め込むのは必然と言って良かった。しかしながら、フランス陣営はそこに所属するプレイヤーたちの屈強さによって、ノブレスオブリージュ・オンラインのサービス開始時から10年を経て、今日に至るまで、一度も滅ぶこと無く、闘い続けてきたのであった。


 そんなフランス陣営の勇者たちは、今夜も闘い続ける。いつか西ヨーロッパの全ての領土を手に入れんがために。


「さって。今日こそ、イングランド陣営の3大傭兵団クランのひとつ、イングランドの綺羅星イングランド・ビューティフル・スターの筆頭の首級くびを上げるわよ!」


「何を言ってやがんだ。俺たちみたいな上級職徒党パーティが最上級職で固めてる徒党パーティに、どうやって勝つんだよ……」


 文句ばかりのデンカ=マケールに対して、マツリ=ラ・トゥールの真紅の双眸がデンカ=マケールを射貫き、その桜色に染まった唇を動かし、力強く言葉を放つ。


「戦う前から負ける算段をつけてるから、デンカ=マケールなのよ! ちょっとは汚名を返上してみなさいよっ!」

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