第32話 微睡みの槌 32
アイツを倒す為にはこちらも被害を覚悟で突っ込み、一撃で仕留めるしかない。どうすればそれほどの推進力が得られるだろうか。
こんな時、つい思い出してしまうのはネロの使った真核の事だ。あれのどれか一つがあるだけで、全て解決してしまうのだから。
それならば自分が模倣すべきはどれになるだろうか。いいや、それは考えるまでもない。あの一番美しく、一番力強いものに決まっている。
膝を曲げ、体を十分に沈め、頭の中でどうしたいかを思い描く。それができたら、後はもう迷わない。思い切り空へと目がけて飛び上がった。
跳躍だけで平屋の屋根ほどの高さを得る事ができた。そこから、体中の目玉から下へ向けて爆発を発生させ、重力に逆らいながら徐々に高度を上げていく。
少しずつ少しずつ、町から遠ざかっていくほどに自分の中で寂しさと期待が膨らんでいくのがわかった。
この体に成ってからずっと抱えていた、苛立ちのようなものを解消できるかもしれない、という希望がそうさせているのかもしれない。あるいは、あの美しいものになれるという事に対する憧憬でもあるのかもしれない。
雲を超え、体の動きが極端に悪くなるほどの高度まで到達した時、まだ視線は空を向いていた。夢にも思わなかったほどの高さへ来たというのに、星や月の大きさはあまり変わらないのが不思議だった。
一体、あれらはどれほど高い場所にあるのだろう、と溜息が出る。それに加えて、何てたくさんの星があるのだろう、と感動してしまった。かつてネロによって飛ばされた時よりもはるかたくさんの光の粒が全面に散らばっているのだ。
名残惜しさを感じつつも、体をゆっくりと横たえるように姿勢を変えた。今度は、真っ黒な大地の中にある小さな光を見る。それはすでに中心で肥大する影によって半分ほどが押しつぶされていた。
体中が総毛立つのがわかった瞬間、引かれるように大地へと向かい出した。
最初は、そのまま成されるがままに体を落としていたが、ある時、下から小さな動きを感知した。
考えてみれば当たり前の事で、自動的に防衛の粋を極めんとしているのだから、こちらがやろうとしている事には全て反応するはずなのだ。
はるか下にいた敵は巨大な管のようなものをいくつも体から生やすと、その中から白い槍のようなものを打ち出して来た。それは悠々とこの高度まで到達するほどの速さを持ち、こちらへと殺到してきた。
その様を見て、再び脳裏にかつての光景が蘇る。
あのいくつもの星の光に貫かれたのを考えると、少し質は落ちるが、それでも十分に近いように思う。きっと、これ以上のものはそう遭う事はあるまい。ならば、今、全てを試そう、そう考えた。
「……今度は星の光に乗れるだろうか」
体中の目からチリチリと火花が散る。そして、体勢を整えると、飛んで来る槍を視線で捉えた。瞬間、次々に飛んで来るそれらがどういう軌道を描くのが感覚でわかった。体中にある目玉から炎を吐かせ、それらを一本ずつ躱していく。
気づけば、先ほど剣を振っていた時のような集中状態になっていた。落下速度を上げながら、相対的に上がる槍の飛来速度を凌駕していく。もはやほとんど反射的に体を躍らせていた。
地上へと衝突する間際、剣を構えて爆発を全て推進力に変えた。
「………――――――――――」
抵抗された気がする。気がするというのは、それがあまりにも短い時間の中で行われた事なので、感覚的にしか理解できていないからだ。何種類もの固いもの、粘つくもの、熱いものなどが剣先に当たり、そして貫いた。そして何かに至った時、どこか遠くでとても大きな音が聞こえたような気がする。
体を凄まじい衝撃が走った事だけは覚えている。それからは少しの間、意識が途絶えていた。目を開けた時、自分は巨大な半円形の穴の底にいた。
物音一つない静寂だった。動くものは何もない。頭上に穴の開いた雲があるのが更に妙な雰囲気を作っていた。
と、視界の端にキラリと光る物体を見つけた。軋む体を動かし、引きずるように歩を進めて近くに行ってみると、それは件の真核だった。未抽出の真核を夢の中で破壊したという話は聞いた事が無い。あれほどの事をしても平気で存在しているのだ。もしかしたら、破壊する事はできないものなのかもしれない。
よく観察してみたが、どこにも再生をしている痕跡は見当たらない。死んだという事なのか、それとも諦めたのか。とにかく、脅威はまるで無さそうだ。
真核に手を置き、形のイメージを抜き取る。今回は、それほど手間はかからないだろう。何しろ、一度それを拝んでいるのだから。
それは巨大な元の姿とは似つかない、手の中に納まるほどの小さな小さな砂時計へと形を変えた。
きっと、これぐらいのものだったのだ。
神様にさえ聞こえないような小さな声で祈るような不実な願いだった。それによくないものが憑りつき、大きくなってしまっただけなのだろう。
こんな夢は早く終わらせてやらなければならなかった。そして、忘れるまでどこかへ仕舞っておくべきだったのに。こんなに苦労してしまったが、とにかくようやく終わりにする事ができるらしい。
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