第31話 微睡みの槌 31
追撃しようとした時、視界の端に一つのものを見つけた。本来なら、見つかるはずのないそれを発見したのは、偶然かもしれない。いや、もしかしたら何かの意志のようなものが呼び止めたのかもしれない。
「お前も戦いたいか。俺と一緒に来てくれるか」
拾い上げたそれは、悪夢の中で消失したはずの盲目犬の真核だった。何故だろうか、出て来てもいないのに、鳴き声が聞こえた気がした。
「ああ行こう。地獄まで一緒だ」
俺は真核を口にくわえると、剣を振りかぶり、柄頭で左腕にある目の一つを叩き潰し、そこへくわえた真核を押し込んだ。体に異物が侵入する感触と、それが混ざる感覚。微かな快感を伴って、それはすぐに変化した。次の瞬間、そこには新しい目ができていた。
「捕まえろ」
新しい目から火花が散ったかと思うと、そこから炎の犬が飛び出した。犬には赤黒く光る金属の首輪が巻かれており、そこに同じ材質で出来た鎖が繋がっていた。鎖は目から際限なく溢れ、俺の意志で戻す事もできるようだった。
俺は飛び出した盲目犬を追いながら、再び敵を追跡する。向こうは巨大さ故の速度があるが、こちらだって推進力による加速がある。
そのどちらが速いのか。悪いが今回に関してはこちらの方が上のようだ。
ほどなく、敵の背中まで少しという所で、盲目犬は更に加速すると、目にも留まらぬほどの速さで鎖を敵の前足の一本に巻き付けた。
それの意図する所をすぐに理解し、推進力を逆に、今度は胸から腹にかけての目玉から爆炎を吐き出させ急ブレーキを踏む。そして、鎖を掴み力いっぱい引いた。
引き絞られた鎖は巨亀の足を縛り上げ、前へと出るはずだった足をすくった。
凄まじい地鳴りと衝撃を起こしながら巨亀は転倒し、じたばたと暴れながら鎖を外しにかかったが、もはやそんな事に意味は無い。
相手が体勢を整えるより早く距離をつめ、下段に構えた剣を振り上げた。炎の刃は巨亀の首を切り落した。
しかし、それを予想されていたかのように、すぐさま首が繋がった。なるほど、重要な部分はすぐさま回復できるようにしているらしい。
何度切っても結果が同じでは困る。用があるのは首ではなくその奥にある真核なのだから。返す刀で再び首を切り落すと、それを思いっきり蹴り飛ばした。それでも、切り口から肉が盛り上がるようにボコボコと溢れ、すぐに元に戻っていた。
面倒だとは思った。しかし、覚悟の上だ。何度でも同じことをするつもりである。
最初は力に任せて切り落とすだけだった。しかし、それでは速度が足りないと気づいた。回復するよりも早く、もう一度切らねばならないのだ。ならば、当然ながら速度を補う方法が必要だ。
俺は体中の目に集中し、ほんの少しの爆発を起こす事で体の動きを補助してみた。それは思うがままに爆発させていたのと比べると、かなりコントロールが難しかったが、それでも何十と繰り返せば慣れもしてくる。
少しずつ少しずつ、試すように速度を上げていく。そうしている内、いつの間にか自分でも想像していなかったほどに速く体が動いているのに気付いた。
剣を振る音は轟音からどんどんと鋭い音へと変わり、体のどこかしらで起こる小規模な爆発は打楽器でも扱っているかのような音を立てる。
肉を切り、甲羅を叩き割る。強大な岩山を削るように切り刻み、流れる血を踏みながら前進していく。体の半分を削ぎきった時、目の前に大樽ほどの大きさはある巨大なルビーが現れた。
勝利を確信し、それへ向け手を伸ばした時、その手が横から掴まれた。見れば、ルビーの周囲に残った肉から人の腕が生えていたのだ。いや、腕だけではない。徐々に徐々にそれは盛り上がると、人の形へと変わっていった。
その顔にはよく見覚えがある。
「ノーラ……」
気づけば、その人形を真っ二つに切り落していた。自分の中にある何かを、ひどく汚されたような気がしたのだ。
俺がその事に割いた数秒間、相手は時間を手にした。それが恐らく最後の抵抗の為の時間なのだろう。
見れば、先ほどとは様子が違っていた。ボコボコと沸騰するように肉を増殖させているが、それは元の形へと戻ろうというものではなくなっていた。言うなれば、それは増殖の為の増殖。形などにはこだわってはいないようにだ。
ただの肉の塊にまずは鱗のような外殻が生まれた。そして、大量の針を生やすと、今度は赤黒い液体をあたりに吹き出しはじめた。その液体は周囲の物に触れると、空気が抜けるような音を立てながら半液体へと溶かしていった。
恐らく、防衛本能に突き動かされながら、思いつく限りのものを作っているのかもしれない。それは、先ほどまでの絶対的な捕食者のソレとは思えないほどに惨めでありながら、それでいて形振り構わない生物としての恐ろしさを感じさせた。
ソイツは急速に膨張しながら、様々なものを生やし始めた。巨大な刃物をつけた腕、いびつに歪んだ触手のような足、手当たり次第という言葉通り、様々な種類の手足が蠢くように生まれていた。頭など、すでに三つもある。それぞれが虫や獣を混ぜたようなグロテスクなもので、見ているだけで吐き気がしそうだ。
生き残る為の執念とでもいうのだろうか、その凄まじさはかなりのものだ。今度は近づいただけでかなりの抵抗を被る事になるだろう。
先ほどの一瞬に決めきれなかった事が本当に悔やまれる。今更言ったところでどうしようもないというのはわかるが、本当にしてやられたという気持ちが強かった。
しかし、こちらも退くわけにはいかない。必ず殺さねばならないのだ、そう例えそれがどんな相手であろうと。
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