第30話 微睡みの槌 30
「――――君は無茶をする。そういう所を引き継いでしまうのは、コーラルスパニングのよくない所だよ」
気づけば、足元に水たまりができていた。そして、自分と鏡写しになるように、向こう側でネロがこちらを見ていた。
すぐ側に巨大な敵がいるというのに、脅威は感じなかった。それよりも、向こうにいるネロの方にばかり関心が向かってしまう。
「……また会えると思わなかった」
「まったくだよ。しかし、こうなってしまったのは仕方ないのだろうね。それにしても、いい出来栄えじゃないか、君の姿。いい真核に仕上がっている」
「ありがとう。そう言って貰えると嬉しい」
「立派な作品なんだ。名前はつけるんだろう?」
「そうだな、考えていたものがあるんだ」
「聞かせてくれ」
「『百目鬼』とつけようと思う」
「シンプルで悪くない響きだ。でも、それは正しく君自身を表してはいないように思う。あの本はあくまで基本でしかないだろう? 名は体を表すものだ。なら、正しくあるべきだよ」
「それなら、『
「美しい名だ。君のこれからに幸あらん事を祈っているよ。最後に一つだけ、剣を呼びたまえ。餞別だよ。こうなっては、君が使うのが一番いいんだろう」
それはどういう事かと問う前に、自分は後方へと吹き飛ばされていた。前方から速度のついた塊がぶつかったのだ。どうやら、例の砲弾を食らったらしい。
せっかくのネロとのお別れがおざなりになってしまった。とても残念だ。彼とはもう二度と会えないだろうか。どうなのだろう。いや、会えるかもしれない。夢の中でなら、もう一度。
背中から瓦礫に突っ込み、積もっていた一部を吹き飛ばしたようだったが、体は怪我どころか、かすり傷一つなかった。
俺はネロの言葉に従い、手を上げた。
「来い―――――」
呟いただけで、何かが自分と繋がるような不思議な感覚を感じ、すぐにどこからか、その正体は近づいてきていた。
それは真っ直ぐに飛来してくると、ほとんど速度を落とす事なく、手の中へと収まった。
「これは、選定の剣……?」
カイエロンが持っていたはずのものが、まさか自分でここに来たというのだろうか。
「町の危機に駆けつけてくれたのか。ありがたい。それじゃあ、是非とも力を貸してくれ」
そう剣に言葉をかけると、鞘の上部にあった紋章が真っ二つに割れ開き、中から黒と紫のまだら模様の真核が現れた。と、同時に鞘の至る所に亀裂が走り、まるでパズルを解くようにパーツが分かれ、変形し始めた。剣は本来の大きさを超え、気づけば元々の形とはまるで違う異形の姿へと変化した。
「そうか……これが、選定の剣の正しい使用方法か」
刀身は大きく反り、柄は獣の顎を捻じ曲げたような奇妙な形になり、中心には目玉の彫刻が施されていた。
完成かと思った次の瞬間、鍔の下から棘の生えた鎖が二本飛び出し、螺旋状に腕に絡みつくと、肉を穿ちながら食いついた。
何故だろうか、その意味はすぐに理解できた。この剣は、使用者に合わせた姿に変化するものなのだ。禍々しいものには禍々しく。美しいものには美しく姿を変える。しかし、それでも本質だけは変化しない。それは、敵を屠るまでは鞘に戻る事はないという表示なのだ。仮に使用者が死んだとしても、今度は剣の意志が死体を操り、戦うのだろう。
それは英雄に勝利を約束する聖剣であり、悪鬼に殺戮を強要する魔剣でもあるという事。
作った人間は恐らく、いつか町に訪れる危機を打倒する最後の手段としてこれを用意したのではないだろうか。
一体、この町はいくつ脅威への対策を用意されているのかと思う。何となく、先ほどのネロの発言から、もしかしたらこれはいつかのコーラルスパニングの主が作ったものなのではないか、などと考えてしまう。
見た事の無いかつての職人たちについて思いを馳せていた間は、心が落ち着いていた。しかし、それをやめ、敵に目を向けた時、先ほどのように体の底から熱いものがせり上がり、全身に怒りが満ちてきた。一度抜き放てば、収まりがつかないのは自分も同じだ。
瓦礫を跳ねのけ、ゆっくり一歩ずつ瓦礫を踏みしめる。
「仮初の不死身か。なら、何回死ねば生き返るのに飽きるか試してやる」
体中に熱が充満し、ゆらゆらと熱気が上り出す。
地面を蹴り、敵に向かって一直線に駆けだした。
体内で暴れ回る熱が体中の目玉から炎となって吹き出し、自身を不自然に高揚させていく。奇妙な感覚だった。
相手の間合いに入ると、向こうはしっかりと敵意を向けて来た。修復された尻尾を振り回し、薙ぎ払わんとしてくる。だが、もうそんな攻撃は脅威ではなくなっている。牽制にさえなりはしない。
尾と激突する刹那、背中の目玉から炎を吹かせ、それを推進力に一気に肩から突っ込んだ。巨大な歯車の群れが噛みついて来るが、少しの肉さえ千切る事もできないまま、ひしゃげて吹き飛ばされていた。
もう一度切り落としてやろうと剣を振り上げた時、驚いた事に剣自体がそれに反応し、刀身に炎をまとわりつかせた。炎は一気に膨張すると、巨大な刃となった。
その様を見、大地をも割る勢いで力いっぱい振り下ろした。強烈な熱と金属を焼く臭いを振りまきながら尾は真っ二つになり、ほどなくバラバラに崩壊した。
自慢の武器をいとも簡単に破壊された巨亀は明らかに恐怖していた。しかし、それでも決定的に精神を叩き折っていない事もわかる。何しろ、相手は表面上だけとはいえ不死身なのだ。持久戦にさえ持ち込めれば負ける理由は無いとも言える。
無論、そんな事をさせるつもりも無い。
一気に距離をつめに行く。が、しかし、相手もその事は百も承知だった。全力で、逃げに徹してきたのだ。
巨体の有利を生かし、巨亀は町を踏み潰しながら駆けだした。
「待てよ、この野郎……! 今更焦らすなよ。手間取らせるなよ。まだ一回もお前を切り殺してないぞ!」
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