第24話 微睡みの槌 24

「今のって……」

「もうすでに夢と現実が混ざりかけてるから、こういう事もできる。まだこの夢の主導権を一部握れている内は、好きな場所に一瞬で移動する事だってできるのよ」

「すごいな。でも、何でクラッススは外したんだ?」

「…………。デリスも気づいてるでしょう? あの人はあの人の都合で動いてる。協力してくれているように見えて、いつも自分の目的に誘導しようとしてる」

 それは気づいていた事だ。いつも便利で、欲しい物をポンポンと与えてくれるが、その有用さで他の選択肢を切り捨てるようにさせる、そういう事だろう。

「しかし、それでも彼を利用しない手はない。と、思ってるけれどもね。ノーラは……彼が何をしようとしていると思うんだ?」

「彼はアナタを騎士にしようとしている。本当なら、きっと親方さんに目をつけていたんだと思う。けど、それができなくなってデリスに変更したんだわ。あの悪夢に誘導したのだってそう」

「でも、上手くはいかなかった。ネロはあまりヤル気が無かったからな」

「きっと誤算だったと思う。そして、あの巨大な母塊は役目を終えて消えてしまった。もう次の機会を待つ事もできなくなった以上、この一件で何かをしてくる可能性は十分にあるの」

「なるほどね。でも、騎士になるってそんなに悪い事なのかな。むしろ、俺がそっちを担当すれば親方は本業に専念できるし、町も破滅根に怯える事も無くなる。俺も使い勝手のいい力が手に入るんだし、デメリットは無さそうだけどな」

「そんなに甘いものじゃないのッ!」

 突然の怒鳴り声に、少し体がすくむ。今まで見た事も無いほどに真剣な表情をしたノーラがそこにいた。

「……騎士になるっていう事はね、デリス自身が真核になるって事なの」

「…………」

「欠損した体の一部を夢魔と混ざる事で補い、自分の命を糧にして力を発揮する事ができる人間の形をした真核になる。それが騎士というものなの。当然、力を使えば使うほど寿命は縮むし、真っ当な生き方なんてできなくなる。騎士なんて、言葉だけ。自己犠牲の為に死ぬ人間にせめて名誉を与える為の方便でしかないのよ」

 なるほど、な。ここにきて、ようやくネロの言っていた事の意味がよくわかった。そして、乗り気じゃなかった理由も。

「ノーラはどうして、そんな事を知ってるんだ? 誰から聞いた?」

「それは……説明できない。誰がどこで教えたのかわからない。でも、私はそういう事をする為に作られたの。だから、これは注意書きみたいなもの」

「作られたって?」

「そう。普通では手に負えないほどの強い破滅根が世に出た時、その根を絶やすべく力を与える為、誰かがね」

「つまりそれが、君が外に出てやらなければならない事だったのか……」

「…………。いえ、それは……少し違うの」

 ノーラはどこか歯切れ悪そうに言った。恐らく、何らかの事情があるのであろう事は察しがつくが……。

「少し場所を変えましょう」

 そう言うと、彼女は俺の腕を取り、引いた。すると、奇妙な事が起きた。まるで舞台の背景がぐるりと回るように世界が回転したのがわかった。

気づけば、俺達は先ほどとはまるで違う場所にいた。そこはどこかの庭園であるらしい事だけがわかる。というのも、今はほとんどが破壊され尽くし、かつて美しかったであろう面影は失われてしまっていた。

「こっちよ」

 言われるままについていくと、そこには大きな屋敷があった。

「ここは……」

「私の家。といっても、生前のだけど」

「生……前……? それはつまり、君は死んでるっていうのか? そんなバカな」

「夢の主がそう望んだからでしょうね。恐らく、心の奥底にあるブレーキが私という姿を作ったんだと思う。……今から、何があっても驚かないでね」

 どういう事か、と聞く前に彼女は屋敷の扉に手をかけると、それを一気に押し開いた。と、同時に夢から現実へと戻っていた。

 最初、エントランスには数人の使用人たちがいた。そして、その全てが来訪者を見るや、青ざめて言葉を失っていた。そんな中、最も年齢が高いであろう白髪の老人がよろよろと近づいてくると、彼女に声をかけた。

「アイノーラお嬢様……?」

「じい、まだ健在で何よりです」

 呼ばれた老人は戦慄いた手で彼女に触れ、感触がある事を知ると、優しく握った。

「まさか……まさか……まだ生きている内に再びお嬢様とお会いできるとは……。こんな奇跡が起こるとは……」

「いずれはあちらで会うはずでしたが、訳あって化けて帰って来ました。事情はもう、わかっていますね? 妹と――――ジアーラと会います」

「はい……勿論でございます。ところで、そちらの方は……?」

「彼はデリス。今回の一件を解決する為に骨を折って下さっています。もちろん、彼も一緒に」

「左様でございましたか。それはそれは、大変なご迷惑をおかけして……」

「じい、そういう話は後で。すぐに案内して」

「はい、お嬢様」

 そう言うと、老人はシャキリと背筋を正し、先導し始めた。

 ここまで、終始何も言えないままに来てしまったが、言いたい事は山ほどある。だが、それを今ここで持ち出して良いものか。

 迷っていると、彼女の方が察して話し始めてくれた。

「手短にだけど、妹に会う前に事情を話しておかないとね。この家は、見ての通りそこそこ良いトコの家柄なの。でも、両親の代では跡継ぎの男児に恵まれず、姉妹二人だけだった。最初は私が婿を取ってお終いという話だったのだけど、十二の時に病で体を壊してから、とても体が弱くなってしまった。その結果、両親の期待は妹へと向けられ、元々厳しい方ではあったけれども、失敗が許されないという強迫観念も相まって、過剰な教育を施すようになってしまった。正直、あの頃の両親の様はとても見ていられるものじゃなかったわ」

 彼女は悲しそうな目をしていた。

「私は妹に押し付ける形になってしまった負い目もあって、両親から守る事に執心したわ。あの子が少しでも楽になるならと、色んな事をした。勿論、抗議だって何度も何度もした。けれども、体が言う事を聞いてくれなかったせいで、いつでも守ってやるというわけにはいかなかった……」

「……………」

「私が動けない時も、妹は耐えきれなくなると逃げ出し、屋敷のどこかに隠れる事があったわ。キッチンや衣装棚、私のベッドに潜りこんで来たり。あの日もそうだった、窓から庭園を走る妹の後ろ姿が見えた。庭の奥には物置小屋があるので、そこに隠れに行ったんだとわかったわ。私は何も見なかった事にして、ベッドに入っていたけれど、しばらくして微かに焦げるような臭いがして、飛び起きた。外を見たら、嫌な予感は的中していたわ。物置小屋から煙が上がっていたの。私は妹がヤケを起こしたのだと思って、急いで小屋に向かった。けれど、そうではなかった。何故なら、燃える小屋の中から泣いて助けを呼ぶ妹の声が聞こえていたから。私は夢中で中に飛び込み、妹を見つけ出した。けれど、周りは火の海で二人が無事に助からないと思った。だからせめて妹だけでもと着ていたものでくるんでやり、そのまま抱えて外へと飛び出した。結局、私は全身に火傷を負って、外に出るとすぐに気を失い、多分そのまま亡くなった」

 彼女がそこまで言うと、先導していた老人は震える声で言った。

「……はい、おっしゃる通りです。できる限りの処置をしましたが、アイノーラお嬢様は息を引き取りました。そして、それからご両親の教育は更に苛烈さを増していきました。しかし、妹のジアーラお嬢様はあの事故以降、逃げる事をやめてしまい、為されるがままにそれを受けておられました。恐らく、それがお嬢様なりの……」

 言う事をはばかられたのか、老人はそれ以上を言葉にはしなかった。

 なるほど、大分と事情が読み取れて来た。しかし、それがどうして町を破壊するという結論に至ったのだろうか。

 ほどなくして、館の二階奥へと案内されて来た。どうも、ここがノーラの妹の部屋であるらしい。

「アイノーラお嬢様……」

「問題ないわ。じいは下がっていて。あとは二人で何とかするから」

「はい……。ジアーラお嬢様のこと、どうかよろしくお願い致します」

 老人は深く頭を下げると、廊下を戻って行った。

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