第23話 微睡みの槌 23
驚き、飛びのきながら振り返ると、そこに見慣れた仮面の男がいた。
「クラッスス! 何でここに……。いや、それはいい。良かった、手間が省けた。お前を探していたんだ」
「それはこちらの台詞ですよ。自宅にいてくれれば良かったというのに、あちこち回るものですから探しましたよ」
「お前と連絡が取れないんだから仕方ないだろう。それよりも、お前に確かめないといけない事があったんだ。あの破滅根持ちの事だよ」
「ほう」
俺は自分が気づいた事、これから起こるであろう事を急いで話した。
「なるほど、それでここへ来たというわけですか。いやはや、しかし中々に素晴らしい。攻略を終えたと満足せず、危機を察知する嗅覚、なかなかできる事ではありませんよ」
「無駄な話はよせよ。それで、どうなんだ?」
「ええ、あなたの考えはほとんど正解ですよ」
あまりにも呆気なく、アッサリと答えられ、一瞬気が抜ける。しかし、すぐに胸の内で焦燥感が燃え上がるように膨らんだ。
「お前……」
「勘違いしないで頂きたいのですが、私にとっても計算外の事なのですよ。まさか生まれた時から保険として分裂するなどという事をする母塊があるなんて思いもしませんでした。ですが、結果的にこの真核の違和感を追って正解だったというわけですよ」
そう言うと、彼は懐からハンカチに包まれた真核を取り出し、こちらに差しだして来た。
「……どうしろっていうんだ?」
「受け取って下さい。アナタには必要なものですよ。母塊を再び完全な形に戻し、そしてまた攻略するしかないのです」
「待てよ、今は悪夢も使い切って対抗する手段が何も無いんだぞ。しかも、今度は完全な形って……。できると思ってるのか?」
「いえいえ、まるっきり希望が無いというわけではありませんよ。母塊が完全な形になれば、アナタの胸元にいらっしゃる方も完全な形になるという事ですから、間違いなく何かしらの恩恵はあるのでは?」
今更、彼がノーラの事を知っていても驚きはしない。しかし、気づかないフリをしていたとしたら、いい性格をしている……。
「まあ、それはいいさ。それで、残りの母塊はどこに、いくつある?」
「幸いにも、他には一つだけ。そして更に更に幸運にも、すぐ近くにありますよ」
そう言うと、クラッススは店の奥、恐らくは工房があるであろう方へと歩き出した。
「まさか……」
「そう、そのまさかです。とりあえず、最初からお話しましょうか。この母塊を生み出した人間は、誰にも存在を報せず町のド真ん中で発動させ、何もかも全て吹き飛ばしたいと考えたのですよ」
「…………」
「まさに絶句ものですね。まあ、しかしながら私に存在を見つかってしまい、それを手放さざるを得なかった。ですが、驚くべき事に母塊は主の意思を汲み取ったのか、二つに分裂した。そして、まんまと片方を手元に残す事に成功したというわけです」
「それが何でまた、カイエロンの所に渡ったんだ?」
「まあ、ひょんな事から別の人間が見つけてしまったのですよ。そして、その話を偶然にも耳に挟んだ彼が攻略の為に持ち出した、と」
「信じられないな。そんな事がバレたら吊るし上げに遭うだろう? そんな危険な事をするヤツじゃないはずだが……」
「まあ、大方腕試しといった所でしょう。例の剣を使ういい機会だと思ったのでは? 攻略が上手くいけばゼードルさんに恩を売れるし、格付けもできる。万が一、無理と判断したなら元の母塊とまとめて町はずれで処理すれば証拠も残らない、という所でしょう」
「……そう聞けば、なるほど納得だな。アイツらしい考えだ」
攻略してやるなどと言っていたくせに、腹の中では無理矢理に恩を売って、保険までかけようって気だったのか。
「ところが、世の中そう上手くはいかないもので、いくら腕に自信があっても人間には限界があるのですよ。そう、例えば見えないモノは切れない、という具合に」
そう言いながら、クラッススはおもむろに一つの扉を開け、中へと入った。続いて入ってみると、そこには体中に傷を負ったカイエロンが壁にもたれながら座っていた。
彼はこちらをキッと睨みながら、掠れた声で言った。
「何で……お前がここにいる……」
「そっちの母塊に用があるんです。見た所、攻略には失敗したみたいで。剣は使いこなせなかったんですか?」
「うるせぇよ。いいか、俺は少なくとも、自力で帰還してんだ。ゼードルのヤツよりはまだマシなんだよ」
「それだけ言えれば死にそうにはないですね。早めに医者に診て貰った方が良さそうだ」
「いらねぇよ……」
「遠慮なさらず。それじゃあ、クラッスス。よろしく」
お任せ下さい、と返事した彼はいとも簡単にカイエロンを担ぎ上げると、そのまま素早く部屋を出て行った。後ろから恨み言のような罵倒のような声が聞こえた気がするが、よく聞き取れなかったので無視する。
俺はクラッススに渡された件の真核を取り出した。すると、それはいつの間にか淡い光を帯びていた。よく観察しようとした時、突然それはぐにゃりと形を歪めたかと思うと、吸い寄せられるように片割れへとひっついてしまった。そして、二つの瓶は互いに口を合わせて対称の形になると、周囲を赤銅色の格子を纏わせ、中を砂で満たした。
「これは……砂時計……か?」
どうやらこちらが本来の姿であるらしい。
それはゆっくりと傾き始め、ぐるりと回って逆さに着地すると、下に貯まっていた砂が上へと流れ出した。
考えるより先に、異変は起こる。目前の光景が瞬時に切り替わり、嵐が過ぎた後の室内のように、半ば廃墟と化した姿が見えていた。
それが、昨晩入った母塊の中の雰囲気と酷似していた事はすぐに理解できた。ほどなく、何事も無かったかのように再び景色は元に戻った。
「今のは一体……」
「この破滅根が発動したらどうなるか、という事よ」
いつの間に出て来ていたのか、ノーラが砂時計の側に佇んでいる。彼女もまたぼんやりと光を帯びていた。憂いのある表情もあってか、今まで感じていたよりもずっと大人びて見えた気がした。
「その砂が上がり切った時がリミットって事か? なら、早く町から持ち出さないと。森の奥にある窯まで持って行ってすぐに攻略しよう」
「残念だけど、それは無駄になると思う。この夢はそれを見越していたみたいだから。町の人たちが見た夢に出てきたっていう焚火を覚えてる? アレはね、どれだけ離れていようとも発動した際にはこの町に被害が出るよう印をつけていたのよ。それも、細かく根を張るように執念深くいくつもね」
「……別の場所から? そんな事できるものなのか」
「破滅根というのは、ソレ自体が強烈に爆発したりという事はしないの。行うのは、現実の塗り替え。夢が現実に合わさって、結果だけが生まれる。ほとんどのモノは場所まではこだわらないものだけど、これは特別。結果よりも場所に意味があるから」
あまりにも事情を理解したような説明だ。
「ノーラ、もしかして記憶が戻ったのか? 母塊が完全になって、君も」
「そうみたい。だから、今は分かるの。私が外に出て何をしなければならないのか。その為には全てを説明する必要がある。だから、デリスには一緒に来て欲しい、この夢の主の所へ」
「君は一体……」
「ハーイ、そういう事でしたら私におまかせ下さい」
会話を遮るように、手を叩きながらクラッススが割って入ってきた。
「結構よ」
しかし、ノーラはそれを短い言葉で拒否すると、件の母塊を一撫でした。そうすると、気づけばまた景色は変わり、先ほど見た廃墟に早変わりした。部屋の中には俺と彼女の二人だけである。
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